強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百六話「所謂ひとつの『夜会話』」

「入れ、鍵はかけてない」

 

 呼びかけに応えはするが敢えて出迎えには行かない。変に気遣っては水袋の時のようなことになるかも知れないし、ドアからこちらに来るまでの短い間とは言えシャルロットの様子を観察出来る時間が産まれるからだ。

 

(一応シャルロットの接し方を色々考えては見たけど、全部こっちの『想定』つまり想像だからなぁ)

 

 ドアが開いたら俺の想像を超えた事態が待っていたという可能性だってあり得る。

 

「失礼します」

 

「あ……あ?」

 

 ただ、開いたドアの向こうにスケスケのネグリジェっぽいものを着たシャルロットが枕を抱えて立っていたというのは流石に想定外だった。

 

(えーと)

 

 何がどうなれば、こういう展開にたどり着くのか。

 

(がーたーべると……はないな。没収した気がするし、シャルロットが自分から付けるとは思えない)

 

 では、誰かに何かを吹き込まれたのか。

 

(おろちか? おろちの仕業か?)

 

 元バニーさんや魔法使いのお姉さん、元僧侶のオッサンが犯人とは思えない。となると、一番怪しいのはおろちが過去に何か吹き込んでいた可能性だ。

 

(そう言えば自分から身体を差し出してきたよなぁ、あの駄蛇)

 

 最大に効果のある謝罪方法なのじゃとかシャルロットに吹き込んでいたのだとしたら、この展開にも説明はつく。

 

(って、推理してる場合じゃない)

 

 ここまで誰にも出会っていないなら良いが、他の宿泊客と遭遇する可能性もある廊下にあんな格好のシャルロットを立たせておける筈がない。

 

「お師匠様?」

 

「何でもない、とにかく入れ」

 

「あ、はい」

 

 訝しむシャルロットに頭を振って促せば、部屋に足を踏み入れドアを閉めたネグリジェ姿のシャルロットと二人きり。

 

(あるぇ? なんだか、このせかい に きて じゅっぽん の ゆび に はいる ピンチ だったり しませんか、これ?)

 

 意識すると思わず顔が引きつりそうになる。

 

(いや、落ち着け、俺。まだ、セーフだ。話の持って行きようでは何とかなるレベルだ)

 

 そうだ、俺はただシャルロットを部屋に招き入れただけ。いろんな意味でセーフなのだ。

 

「さて……」

 

 出来るだけ冷静な表情と声を作って言葉を探す。

 

(単刀直入に聞くべきか、湾曲表現を使うべきか)

 

 このまま向き合って居ても仕方がない。

 

「とりあえず、座ると良い」

 

 ただ、シャルロットを立ちっぱなしにさせておくのは気が咎め、ベッドから立ち上がった俺は横に移動してシャルロットの座るスペースを作る。

 

「木の椅子では冷たかろう」

 

 最初は椅子でも引こうかと思ったのだが、内が透けるネグリジェとその下に下着のみのシャルロットを座らせるのは、いろんな意味で拙い。

 

(冷たいってのもあるけど木製の椅子の何処かがもし毛羽立ってでも居たら、引っかけてあのピラピラが破れかねないし)

 

 破れたネグリジェを着て俺の部屋から出てくるシャルロットを誰かに見られでもしたら、俺が社会的に終了してしまう。

 

「あ……あ、ありがとうございまつ」

 

「あ、あぁ」

 

 顔を真っ赤にしつつシャルロットがちょこんと隣に座ったこの状況を目撃されても洒落で済まされないぐらい拙いと思うが、ようは美味く話を纏めて女性用の二人部屋にお戻り頂ければ、問題は解決するはずなのだ。

 

(うん、隣はかえって拙いかとも思ったけど、多分まだマシな選択肢だった筈)

 

 ネグリジェが破れる展開と比べれば、これぐらいどうと言うことはない。

 

(ん? この香りは……あ、しまった)

 

 ただ、隣から漂ってくる良い匂いに、まだ風呂へ入っていなかったという失敗に気づかされたぐらいだ。

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「いや、風呂に……な」

 

「えっ」

 

「あ」

 

 ただ、考え事をしていたとは言っても、迂闊だった。迂闊すぎた。

 

(ちょっ、何てタイミングでどーいうこと言ってんだ、俺ぇぇぇぇっ?!)

 

 よく考えてみれば、風呂に入ってからシャルロットを待っていたというのも何か色々拙かった様な気がする。そう言う意味で、風呂に入らなかったのはかえって正解だったのだ。

 

(せいかい だった のに、うかつ な はつげん の せい で だいなし と いうか だいぴんち ですよ?)

 

 どうすればいい、どうすれば直前の失言は誤魔化せる。

 

(「風呂にな、フロッガーが出たぁ……なんちゃって」……駄目だ、即席で思いついたギャグはあり得ない)

 

 だが、救いなのは、口から漏れたのが「風呂に」という単語のみであることだ。

 

(うーん、何か風呂にちなんだエピソードとかを思い出せれば、うんちくで誤魔化せるかも)

 

 俺は考えた。だが、こういう時に限って出てこない。

 

「お師匠様?」

 

 そして、突き刺さる隣にいるシャルロットの視線。

 

「その、何だ……」

 

 まず間違いなく、俺は追い込まれていた。

 

「以前、忘れ物をしたことがあってな」

 

 そう口をついて出たのは、奇跡だったと思う。何故なら、苦し紛れの発言ではあったが、実際忘れ物をしたことがあったのだから。

 

「えっ」

 

「ん?」

 

 けど なぜ そこ で おどろくんですか しゃるろっと さん。

 

「まあいい、本題に入ろう」

 

 深く追求するのが怖くなった俺はとりあえず忘れ物の話をその辺へ適当に投げ捨てると、再び真剣な顔を作ったのだった。

 

 





次回、第三百七話「続・夜会話」

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