強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百三話「でっかい風船ってことにはならないですよね?」

 

「むぅ」

 

 おそらく町の外で待っていて貰っても、この辺りの魔物ならあのドラゴンの相手にはならないと思う。

 

(そのかわり、たびびと とか が こわがって まち へ はいって こられない なんて おち に なるわけですね。わかります)

 

 誰がどう見ても大迷惑である。

 

(これが不死鳥ラーミアだったら、害はないと言えば納得して貰えるかも知れないんだけどなぁ)

 

 明らかにモンスターではそうもいかない。

 

(となると、誰かがドラゴンへついているか、バハラタの滞在を諦めてダーマに向かうかの二択かな)

 

 前者なら俺がドラゴンの番しつつ別行動することで一足先にダーマへ向かったカナメさん達が接触しやすい状況を作り出すことも出来るのだが。

 

(問題は……シャルロットだよね)

 

 ちらりと視線をやった先、今はまだ放心から立ち直っていない弟子への精神的なケアという問題が残っている。

 

(シャルロットも連れて行くとなると、カナメさん達との接触は諦めざるを得ないし、せっかく誤解が解けたというのにまたシャルロットだけ連れ出す何て流れになったらどんな誤解を招くことやら)

 

 先程勘違いしかけた元バニーさんだけでなく、この町には元僧侶のオッサンも居るのだポルトガでのお忍びバケーションの二の舞になるのはゴメンだった。

 

(いや、まぁそれ以前に、シャルロットが我に返った後の行動が予想出来なくてそれが一番の脅威なんだけど)

 

 口に鼻を突っ込まれたとか、事故であってもショックだと思う。ましてシャルロットは女の子なのだ。

 

(良い子だし、水袋の時との合わせて自責の念に駆られることもあるかもしれない)

 

 泣かれる、謝られる、取り乱される、どれで来られてもアウトだ。何とか取り繕ったと思うが、全てパァになる。

 

(ああ、やっぱり「弟子に無理矢理鼻をしゃぶらせた罪」で捕まって牢獄に――)

 

 いや、そんな罪状がないのは解っている。

 

(けど、シャルロットが何かする前に手を打たないとやっぱり拙い)

 

 だが、ならば俺はどうすればいいのだろう。

 

(うーん)

 

 表には出さず唸ってみるが、良案はなかなか出てこない。

 

(耳元で囁いてみる、とかかなぁ「この件については後で」とか、そんな感じで)

 

 先程の不幸な事故は人前で話せるようなモノではないし、誰かに聞かれればロクでもない展開になるであろうことは俺にも想像出来る。

 

(ちゅうとはんぱ に きかれて ゆきだるましき に ごかい が ふくらむんですね)

 

 そして最終的には魔法使いのお姉さんに縛られた上でお説教コースと言うところまではイメージ出来た。

 

(とは言え、人前で滅多なことは言えないし)

 

 先延ばしもやむなしだろう。こういう時、素早く動ける身体は、非常にありがたい。

 

「シャルロット……」

 

「あ、お師匠さ……」

 

「皆の前だ。後で俺のところに来い」

 

 俺の声で我に返ったらしいシャルロットの耳元でそれだけ囁くと、元バニーさんやシャルロットへ背を向けた。

 

(もう袖で良いや)

 

 とりあえず、鼻を拭わないとまともに話が出来ないし、鼻を打ったと勘違いされ「手当てしますから鼻を見せて下さい」と言われても困る。

 

(ふぅ、これで良し)

 

 拭った袖については、服ごと洗濯すれば良いだけの話。

 

(残された問題は、ドラゴンをどうするかだよな)

 

 ジパングにもイシスにも帰す訳にはいかず、宿屋に連れ込んだらお断りされることは請け合いだ。ただ、悩んでいたことは、見透かされていたのかも知れない。

 

「あ、あの……あたしで良かったら、このドラゴンの面倒見ますけど」

 

「な」

 

 かけられた声に振り返ると、エリザの姿があった。

 

「イシスまでの行軍でも野宿は当たり前でしたし、魔物と一緒でも大丈夫ですから」

 

「い、いや、気持ちはありがたいが……」

 

「シャルロットさんのこと、考えてあげて下さい」

 

「っ」

 

 女性に一人だけ野宿させることなんて出来ないと続けようとした言葉は、エリザが耳元で続けた言葉に押し込められ。

 

「それに、この時間ならまだ宿を取る必要もありませんよね? あたしはこのまま一足先にダーマを目指そうと思います。スミレさん達がダーマの方に居る可能性だってあると思いますし、先触れは居た方が良いと思うんです」

 

「すまん」

 

 情けないことに、重ねられた申し出を俺は断ることが出来なかった。

 

「気にしないで下さい。そもそも、あたし皆さんと違ってあのおばあさん達に教えて貰っただけで正式な職業に就いてる訳じゃありませんし……ダーマ神殿のお話しを聞いて、いつか機会があったら転職したいって思っていたんです。だけど、シャルロットさん達はあたしが何をしていたかは知らないはずですから、こっそり転職出来るのは都合が良いんです」

 

「……すまん」

 

 最もらしくエリザの語る先行の理由に矛盾はなくとも、このタイミングで言い出したことが俺の為であることは明らかで、頭を下げるのを堪えつつもう一度詫びる。

 

「……一つだけ、この町から見て北東にある洞窟とその周辺にだけは気をつけてくれ。以前、強力な魔物が出没していた。ミリー達が戻ってこられていると言うことは、もう大丈夫だとは思うが」

 

 そんな忠告をしたのは、エリザが俺を納得させる為ではあると思うが珍しく雄弁だったから。何故か、胸騒ぎがしたのだ。

 

「わかりました、忠告ありがとうございます」

 

「ああ、もし蝙蝠の翼を持ったシルエットのような魔物と遭遇したならすぐ逃げろ。奴らはそう言う姿をとっていた」

 

 心配のしすぎかも知れないとは思った。けど、万が一のことだってある。

 

「では、あたしはこれで」

 

「気をつけてな」

 

 別れの言葉を交わし、エリザを見送り。

 

「ご主人様、あの方は?」

 

「ああ、寄るところがあるそうでな。一足先に出発することにしたらしい」

 

 一応ダーマで再合流する見込みであることも補足すると、俺はそれよりもと言い話題を変える。

 

「転職は出来たようだが、ダーマのことについて教えて貰えるか?」

 

 エリザの心遣いを無駄には出来ない。談笑しつつ、俺は密かに誓った、シャルロットのアフターケアは完璧にこなしてみせると。

 




あからさまなフラグを立てて離脱したエリザ。

主人公はそんなエリザの為にも全力でシャルロットのケアに臨むことを決める。

次回、第三百四話「まさか、胸騒ぎの正体は――」

何というか、この時点で嫌な予感しかしない。

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