「ルーラっ」
シャルロットの呪文によってそれへと舞い上がったのは、三人の人間と一匹のスノードラゴンだった。むろん、これに俺も含まれる。
(けど、飛びながらの朝食とか新しいよなぁ)
いかに空を飛翔する呪文と言えど、移動時間はかかる訳で、目的地に到達した後では朝食の時間を逃してしまう。
「はむっ」
「ふむ、考えてはあるようだな。さて」
パンに具材を挟んだ、朝ご飯へかぶりつくシャルロットの姿を横目で見てこれに倣う。
「んぅ」
美味い。口の中に広がるものに感嘆の声を漏らすと同時に少しだけデジャヴを感じた。
(そう言えば、前の時もパンをくわえて走ることになったっけ)
疾走が飛翔にランクアップしてはいるが、俺としてもまさかモノを食べながら空を飛ぶなんてシュールな経験をすることになるとは、つい先日まで予想さえしていなかった。
(けど、時間が経過すればお腹は減るからなぁ)
先日までとしたのは、移動中に何度かお腹の減ることがあったからだ。ちなみに同行しているスノードラゴンは飼育係の人の好意で出発前に食事は済ませている。
「お師匠様、前の時もでしたけれど、このパン美味しいですね」
「ああ、確かにな。この雄大な景色を見ながらと言うのも一役買っているのかも知れないが」
シャルロットに答えつつ眼下に広がる一大パノラマを眺め、俺は荷物から水袋を取り出して蓋を開けた。
「ふぅ」
喉を潤し、封をした水袋の中身は当然水だ。保存の都合上、水と酒の二択となれば、酔っぱらっての失言を恐れる俺にとって水以外の選択肢が無かった。
(バハラタに着いたら、情報収集ついでに何処かの店にでも寄るか)
旅する身としてはジュースなど望むべくもないが、町や村に滞在している時は話が異なる。逆に言えば、滞在中以外は粗食に耐えないといけない訳でもあり。
(地球のへそまで行くのに最寄りなのはバハラタかアリアハンのどっちだろ。どっちだったとしてもかなり長い船旅になるよな)
脳内の世界地図にげんなりした時だった。
「あ、お師匠様。ボクにもお水下さい」
シャルロットが声をかけてきたのは。
「ん? お前の水袋はどうした?」
「えっ? ええと、お水組み忘れちゃって……」
問い返すと挙動不審になったが、小さなミスが気まずかったのだろう。
(ま、それは良いとして……問題はこっちか)
視線を落とした先は、先程直に口を付けていた水袋。
(まぁ、流石にこのまま渡すのは拙いよね)
俺は少し待てとシャルロットに言い、荷物から取り出した布で水袋の口を拭い。
「あーっ!」
「っ」
直後に隣であがった悲鳴に思わず竦む。
「……どうした、いきなり?」
「あ、えっ、その……」
「……そうか」
反射的にそのまま問い返してしまったが、答えに困るシャルロットを見て、俺はその理由に思い至った。
(師匠に気を遣わせちゃったって、後で気づいたのか)
シャルロットの立場からすれば気まずいだろう。
「すまんな、俺が考えなしだった」
潔癖性だから飲んだ後は必ず拭くとか言っておけば、弟子に要らぬ気遣いなどさせなかったというのに。
「い、いえ……そんな」
そうシャルロットは頭を振ってくれたが、これは要反省だろう。
「あ、あの……お二人とも、そろそろ目的地が見えてきたみたいですよ?」
「ん? あ、あぁ、そうか」
多分、エリザが声をかけてくれなければ、居たたまれない時間がもう少し続いていたかもしれない。
(今度から水袋は二つ用意しておこう)
もう、二度と同じ過ちはすまい。
「さて、そろそろ着地の準備をし……あれは」
心に決め、やはり思うところあったらしいシャルロットへ呼びかけようとした俺は、町を歩く一人の青年へ目を留めた。
「どうしました?」
「いや、今は着地が先だ」
訝しむエリザに頭を振ってみせると、足元を見る。
(今のは賢者、間違いなく賢者だった……それに)
着地に備えつつ脳裏に浮かべた先程の青年は、僧侶のオッサンが身につけていた品と同じものを幾つか装備していた。
(あれが僧侶の……オッサン?)
一体どんな邪法を使った、と絶叫したくなるのを抑えたくなる程の変わりッぷりだったが、髪の色は黒。元々のオッサンの色だった。
(いや、落ち着け。多分男僧侶のトレードマークっぽかった髭を剃ったから遠目には若返って見えただけなんだ)
自分に言い聞かせつつも、まずすべきは着地。
(シャルロットの前でずっこけるとか、あり得ない)
さっき小さな失敗をしでかしたばかりなのだ。シャルロットも先程の一件を気にしている可能性だってある。
(今だっ!)
求めたのは、ごく普通に、さっきの微妙な空気なんて全く影響していませんよと全力で主張する程、完璧な着地。俺の足は、確実に地面を踏みしめ。
「あっ」
「え」
小さな声に気づいた時には、もう遅かった。小さな声を上げた瞬間、何かが倒れ込んできて。
「にゃあああっ」
「シャ」
相手が鎧を着込んでいなかったら、役得だったなどとは微塵も思っていない。
(と言うか、これは想定が……いっ)
時間の流れがやけに遅く感じた。倒れ込んでくるシャルロット、とっさに反応し、支えようと動く身体。
「ご主人様ぁぁぁぁっ」
シャルロットでほぼ一杯になった視覚の外から聞こえてくる、聞き覚えのある声。
(そうか、バニーさん……ってことは、さっきのはやっぱり)
元僧侶のオッサンだったのかと心の中の冷静な部分が受け止めた直後。
「ぁぁぁっ」
迫ってきたシャルロットの顔が、唇が。
「んぷっ」
事件を起こした。
シャルロット間接キスに失敗。
って、あれ? これはひょっとし……て?
僧侶のオッサン、イケメン化&若返り……か?
次回、第三百二話「転職したら呼称もやっぱり変えるべきなんでしょうかね? うん」
シャルロットの起こした事件とは、待て次回ッ!