強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第三百話「バハラタの町へ」

「ん? シャルロットと一緒じゃないのか? 出発の準備を頼んでつい先程ここを出ていったんだが」

 

 この状況下で顔を出したタイミングに触れたり弁解すれば返って藪蛇になる。俺はさも何も無かったかのようにエリザへ問い、続けて補足説明をする。

 

「それじゃあ、きっと入れ違いですね」

 

「そうか。……とは言え、探しに出かけてまたすれ違っては笑えん。この場で留守番を頼む」

 

 マリクは性別のズレに違和感を覚えただけだったようだが、預けた親ドラゴンをこのままマリクがトレーニングしているこの格闘場に預けておく訳にはいかない。

 

(足代わりという意味でも空を飛べるドラゴンは有用だからなぁ)

 

 世話係に話を通しておく必要があるだろう。

 

「預けるのは明日の朝までになった」

 

 と。

 

「おそらくはシャルロットのルーラかキメラの翼での出立にはなるが、空の旅が可能ならその後の行動範囲が広くなるからな。なに、この格闘場から出る訳でもない、すぐ戻る」

 

 そう続け、平静さを装いつつ退室することで、俺は先程の一件を有耶無耶にする。

 

(完璧だ。時間が経てば俺もクールダウン出来る。後でさっきのことを聞かれたって、落ち着いて答えられるはず)

 

 不自然でない程度に早足で部屋を出て、自画自賛しつつ向かう先は先程ドラゴンを預けた檻。

 

「度々済まん。実は明日の朝、ここを出発することになってな。預けるのは朝までと言うことにしたいのだが」

 

「明日の朝、ですか。承知致しました」

 

 マリクやシャルロットに告げた出立の予定は舌禍から逃げ出す口実と言うだけではない。

 

(下手したらバニーさん達もこっちとの合流を待ってるだろうし、ダーマは一度訪れておかないといけないと思ってたからなぁ)

 

 俺自身は転職する気などないものの、ルーラで行ける場所の候補が増やすことには意味がある。

 

(転職する為に足を運んでいる人は結構居るだろうからなぁ、交易網に組み込むことが出来ればたぶん利益は出るだろうし)

 

 先にダーマへ向かったカナメさん達の中の転職希望者が新たな人生を歩めたかも気になるところ。

 

(そもそも、魔物も転職出来るのかは原作じゃ確かめようがなかった問題だし)

 

 怒られそうな気もするが、ダーマに行ったら確認しておきたいことがある。

 

(まず、レタイト達人型の魔物が転職可能であった場合前提だけど――)

 

 知りたいのは「人型以外の魔物も転職出来るのか」という疑問の答え。

 

(それと、転職の自由度かなぁ)

 

 ゲームでは特定の職業しか選べなかった転職だが、当然ながらこの世界にはゲームで選べた選択肢以外の職業に就いている人達が存在する。

 

(八百屋とか宿屋は商人、兵士は戦士みたいに何かへ割り当てることもある程度は出来るけれど)

 

 世の中には甲冑に身を包んで回復呪文のベホイミを使う人攫いなども存在するのだ。

 

(戦闘能力を鑑みると僧侶から転職したとは思えない。そも、僧侶が前職なら一部の呪文しか使えないのもおかしいし)

 

 何処かの集落にはトーカ君と言う弓使いというか狩人も居たはずだ。

 

(魔王討伐に同行出来る程戦闘に向いていないからと言う理由で候補から勝手に除外されていたりしたまだ知らぬ職業が存在する可能性だって――)

 

 あると思う。

 

(たとえば、魔物を仲間に出来る魔物使い……とか)

 

 既に魔物使いと会ったことがある俺としては、職業としての魔物使いが存在することは疑っていない。

 

(案外「こんなのまであるの?!」とか叫んじゃいそうなのもあったりして……ピチピチギャル、はないか。うん、あったら困るな)

 

 一瞬、色っぽいお姉さんになったばくだんいわやらひょうがまじんやらのイメージが脳裏を過ぎったが、流石に種族を変えてしまうような転職は無いと思いたい。

 

(だいたい、まっさき に あげる こうほ が なんで ぴちぴちぎゃる なんですか?)

 

 無意識のうちにお姉さんに囲まれたいとでも思ってしまったのだろうか。

 

(まぁ、それはないな)

 

 ただでさえ、せくしーぎゃるの件などで散々振り回されたりしたのだ。

 

(百歩譲ってこの身体が自分の身体だったらともかく、借り物じゃなぁ)

 

 責任がとれない以上、ただの苦行にしかならない。

 

(って、いけないいけない……また思考が脱線してる)

 

 まだやることは残っているというのに。

 

「今戻った。シャルロットは戻ってきているか?」

 

 考え事をしている内にマリク達の居た部屋の前まで戻ってきていた俺はドアをノックするなり、中へ問いかけ。

 

「あ、お帰りなさいお師匠様。次はさっちゃん達との合流でしたよね?」

 

「ああ。しかし、戻っていたか」

 

「はい。行き先も町なら買い込んでおく品もあまり無いですし。あ、ただ朝ご飯の手配だけはしておきました」

 

「そうか。食事のことは失念していたな。よく気づいた」

 

「はい」

 

 出迎えてくれたシャルロットは、俺が褒めれば嬉しそうにえへへと笑う。

 

(やっぱり良い子だよな、シャルロット)

 

 何というか、至れり尽くせりだ。後はシャルロットの手配してくれた宿に今日は泊まり、明朝出発するだけなのだから。

 

「さて、では俺達はこれで失礼す……ん?」

 

 ただ。

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「いや、少しな……」

 

 その場を後にしようとしたところで、何かを失念してる気がした俺は首を捻るも引っかかったのが何なのか思い出せず。

 

「お帰りなさいませ」

 

「あ」

 

 俺が致命的なミスに気づいたのは、宿の主人の顔を見た後のこと。

 

(ちょ、まさか)

 

 見覚えのある顔とカウンターに思わず固まる俺の前で、シャルロットは言ってのけた。

 

「この前と同じお部屋でしたよね?」

 

 と。

 

(何故だろう、よりによってこんなオチとか)

 

 次の日の朝、寝不足だったのは言うまでもない。隣の部屋は別のカップルか新婚夫婦だったようですが、お楽しみだったようですよ、ちくしょうめ。

 

「ふあ、っ」

 

「これが朝食になります」

 

「あ、ありがとうござまつ」

 

 あくびを噛み殺し、前を見ればお弁当を受け取っているシャルロットが居て。うん、噛んでいたことは敢えて触れまい。

 

「お、おはようございます……」

 

「おはようございます」

 

「ああ」

 

 目を擦りつつ階段を下りてきたエリザに挨拶すると、これで揃ったなと小さく呟く。

 

「では、行くとするか、バハラタへ」

 

「はいっ」

 

 俺が声をかければ、シャルロットは嬉しそうな笑顔で答えた

 

 




ちなみに、エリザさんにはシャルロットが別に個室をとっていた模様。

次回、第三百一話「バハラタでの再会」

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