強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百九十八話「工夫の結果」

 

「さてと……」

 

 もしマリクが何かとんでもないことを言ったとしても、これでシャルロットに聞かれてしまうことはない。

 

「シャルロットの発案、試してみることにするか……ところで」

 

「はい?」

 

 だからこそ、ここで聞いておくべきだと思ったのだ。

 

「先程、スノードラゴンと対面した時、何を言いかけた?」

 

「あ、あぁ。あのことですか」

 

「ああ、あの時ははぐれメタルとスノードラゴンが対面せぬようにすることが最優先だったからな」

 

 出来るだけ自然に、ちょっと気になった程度の態を装い、マリクに問う。

 

(腹芸って言うんだっけ、こういうの得意じゃ無いんだけど)

 

 マリクが何処まで気づいているか次第では、墓穴になりかねない発言だけにじとっと嫌な汗を背中にかきつつも、顔は平静さを崩さず。

 

「いえ、ああいう竜も居るんだな、と」

 

「ああいう竜?」

 

 もたらされた答えが微妙に要領を得ず、オウム返しに聞けば、マリクは言った。

 

「何て言ったらいいのか……心と体の性別が違う人がごく希に居るんですよ」

 

「えっ」

 

 この時、うっかり素が出てしまったとしても仕方ないんじゃないかと思う。

 

(せい……べつ?)

 

 この口ぶりからすると、マリクは水色東洋ドラゴンの身体へ魂代わりにホロゴーストへ入って貰ったと気づいた訳ではないのだろう。

 

(と いう か、これって おれ が ホロゴースト と おや ドラゴン の せいべつ を かくにんせず に ひょうい おねがい しちゃった せい ですか?)

 

 つまり、マリクから見ると俺が連れていたドラゴンはニューハーフとかそっち系のドラゴンに見えていたということか。

 

(うわぁ)

 

 子ドラゴンと対面させなくて、本当に良かったと思う。マリクに話を聞く前に子ドラゴンと会わせてたらどうなっていたことか。

 

(って、あれ? じゃあ、一度言葉を交わしたシャルロットはどうして……あ)

 

 親ドラゴンの変わりッぷりに気が付かなかったのかと思ったが、疑問はすぐに氷解した。

 

(そっか、シャルロットとはバラモス城で別れてるから……)

 

 連れてきたスノードラゴンを別の竜だと思っているのだろう。

 

(まぁ、中身が完全に変わっちゃった訳だもんなぁ、別竜と見てくれたなら、結果オーライか)

 

 後で件のスノードラゴンと口裏合わせをしておく必要はあるとは思うけれど。

 

(ただ……元に戻るまでジパングには返せなくなったな、あのドラゴン)

 

 親があんな状態だと知ったら子ドラゴンがグレかねない。

 

(とは言うものの、単体でかつあのドラゴンと同性のホロゴーストをシャルロットの協力無しで仲間にするのは難易度高すぎだよなぁ)

 

 親衛隊のホロゴーストはセットだったから上手く取り込めたが、そもそもホロゴーストは俺が知りうる限り、人語を話さない。

 

(まず通訳が居る上、複数を対象にする即死呪文を使ってくるとか)

 

 エリザについてきて貰うとしても即死呪文対策が居る。そこまでしてもまだ俺に魔物使いの心得がないという問題が残っているのだ。

 

(これだけ手間をかけるならジパングから条件に見合ったホロゴーストを呼ぶ方が早い訳だけど)

 

 ルーラなりキメラの翼で呼び出せる場所の心当たりは、バラモス城しかない。

 

(バラモス を たおして しろ を せいあつ でも しないかぎり、また おでむかえ が あるわけ ですね、わかります)

 

 ここまでやっても、出来るのは、せいぜい肉体と魂の性別を合わせることぐらいだ。

 

(バラモスを倒さなきゃ行けない理由がまた一つ、かぁ)

 

 後者を選ぶなら避けて通るのは難しいし、何よりバラモスの動きを警戒している現状でおろちの婿育成以外の案件に関わっていられるような余裕がない。

 

(前途多難だけど、まずは出来ることから……かな)

 

 とりあえずは、シャルロットの考えた工夫に効果があるかを確認しようと思う。

 

(問題は、ゲームと違って効果があったとしても、目に見えて大きなモノでないと実感しづらいことだけど)

 

 こればっかりはどうしようもない。

 

「すまんな、つまらんことを聞いた。では、始めるぞ?」

 

 俺はマリクに頭を下げると天井からぶら下がっている鍋を掴んで手元に引き寄せる。マリクが模擬戦を始め暫くしたところで鍋から手を放すことで、マリクの上半身目掛けてこれが向かって行く訳だ。

 

(まぁ、魔法使いの修行と言うよりも剣士とか武闘家の修業っぽい気はするけど、そもそも呪文の効かないはぐれメタルとの模擬戦って時点で呪文の出番は殆どない訳だし)

 

 これが実戦なら、急所を刺せば一撃で仕留められるどくばりを持たせての白兵戦か、メダパニの呪文で混乱させた他の魔物からの不意打ちを食らわせるなど魔法使いとしての戦い方もあるのだが、相手ははぐれメタル単体。

 

「行きますよ!」

 

「ピキィィィッ」

 

 模擬戦なので殺傷不可となると、マリクに出来るのはただ物理攻撃を繰り出すことのみ。俺の視界の中で、マリクの声へ発泡型潰れ灰色生き物が応じた。

 

「たあっ」

 

「ピッ」

 

 横に薙ぐ腕から銀色が横へ一閃し、はぐれメタルは床を滑るようにしてマリクのナイフをかわした。

 

「……ほう、聖なるナイフあたりか」

 

「はいっ、まどうしのつえは折ってしまいそうですし、この軽いナイフの方が――」

 

「対応しやすいと言うことか」

 

 おそらくそれはマリクが何度も模擬戦を繰り返して見つけた答えなのだろう。

 

「……ふむ、しかしその動き」

 

「解りますか? 刃物の扱い方に関してはシャルロットさんにご教授願いました」

 

「成る程」

 

 そう言えば聖なるナイフは勇者でも扱える武器だったはずだ。

 

(何というか、話を聞く限り俺よりシャルロットの方が余程師匠っぽいことしてるような気が……)

 

 ここはその師匠として俺も何か伝授しておくべきなのかも知れない。

 

「ならば、俺からも後で一つ詰まらん技を見せてやろう」

 

「えっ」

 

 聖なるナイフなら盗賊の俺でも扱える。マリクが強くなっておろちが惚れてくれれば万々歳だ。

「もっとも、その前にはぐれメタルを倒して見せろ。何らかの報酬があった方がお前もやりやすかろう」

 

「は、はいっ」

 

 俺の言葉が発奮させたのかは解らない。ただ、この後、マリクは俺が予想していたよりも早く発泡型潰れ灰色生物をKOすることに成功したのだった。

 

「しかし、何というか……」

 

「いえ、効果はありましたよ? 効果はあると思うのですが」

 

 ただ、シャルロットの工夫に関しては、目に見える程効果はないものの一応効果有りという地味にコメントへ困る結果が出たことを付け加えておく。

 

 うん、戻ってきたシャルロットへ何て言おう。

 




ホロゴーストにも性別はあるんだよな。

次回、第二百九十九話「最近、気合い伝授が大成功しなくて」

それはお前のモンパレの近況だろと言うツッコミ待ちだったりするのかも知れません。

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