「んぅ……あれ?」
気がついたらお師匠様のベッドの上だった。
(そっか、ボクお師匠様の部屋で寝ちゃったんだ)
窓から見える空は白み始めていて、夜明けが近いのが解る。
(ど、どうしよう……ちゃんと戻るつもりだったのに)
サラさんやミリーは心配してるんじゃないかな、なんて思う。
(ボクが部屋を出てきた時には、サラさんがミリーをロープで縛ってお仕置きしててとても寝られそうな空気じゃなかったけど……そう言う問題じゃないし)
どうやって言い訳をしよう、そんなことを考えていた時だった。
「シャルロット?」
「ふゃい?! あ、お師匠様――」
突然かけられた声に、漂う潮のにおい。びっくりして振り返ると、隣にお師匠様がいて、ボクは固まる。
(えっ? あれ? ええっ?)
けんじゃのいしって言う凄いアイテムのことで人に話してはいけないと言われたところまでは覚えてる。重要そうだったから、深く胸に刻み込んだ。
(その後、どうし)
「す、すまん」
混乱していたら、何故か謝られた。謝る必要なんて無いのに。そもそも、ここはお師匠様の部屋なのだ。
「いえ、お師匠様の部屋に来たのはボクの方ですし」
お師匠様は、何処か眠そうだった。ボクが寝てからも何かしていたのかも知れない。お師匠様からは、魚やイカみたいな臭いだってしたのだから。
「そう言う訳にもいかんだろう、迂闊だった」
「いえ、本当に大丈夫ですから。……それよりお師匠様は、海に?」
「あ、あぁ」
何だか謝り合いになりそうな気がして話題を変えると、やっぱり海に行っていたらしい。
「そうか、臭いが残っていたか。風呂には入ったんだが、となると服だな……」
「服?」
「濡れないように脱いで鞄に入れていたんだが、それでも海水が染みたらしい。拾った宝箱を一緒にしてたからかもしれんが……」
ブツブツ呟くお師匠様の背中を見てボクに理解出来たのは、お師匠様が海に行っていたことと、そこで魔物と戦ったこと、それから――。
(ぼ、ボクお師匠様と……)
一緒に寝てしまったこと。疲れて帰ってきたお師匠様は、ボクが居ることを忘れてベッドに潜り込み、そのまま寝てしまったのだそうだ。
(ああっ、ボクの馬鹿っ)
せっかくお師匠様と一緒に寝られたのに何も覚えてないなんて。
「はぁ……」
「す、すまん」
「あ、いえ……お師匠様のせいじゃありません、じゃなくて今のは別の、別のため息ですから」
どうもお師匠様はボクの隣で寝たことを気にしてる様だというのに、ため息を洩らしちゃうなんて、本当にボクの馬鹿。
「じゃ、じゃあボクは自分の部屋に」
いたたまれなくて、ベッドから起きあがったボクはそのまま部屋を出ようとし。
「待て、シャルロット」
お師匠様に呼び止められた。
「今日は少し予定を変更しようと思う、勇者だと解らない普通の服に着替えて来い」
「普通の服?」
「ああ、連れて行きたいところがある」
首を傾げたボクは、お師匠様の言葉を理解するのにかなりの時間を要した。
(え、まさか……デート、とか?)
はっきり言って、浮かれていたのだと思う。後になって考えれば考えが飛躍しすぎていたとも。
「どうしましたの、勇者様?」
「うぇっ?!」
何時の間にかサラさん達の元に戻ってきていたボクは、気が付くと心配そうな顔をしたサラさんに顔を覗き込まれていたのだから。
「あ、うん。昨晩、お師匠様とちょっと……」
正直に全部打ち明けていいのか、迷ってしまったボクは悪い子だろうか。お師匠様の所に行けばいいと薦めてくれたのは、サラさんだって言うのに、何も覚えていないなんて言うのは、恥ずかしいというか、情けなくて。
「そ、そう言えば帰ってきませんでしたものね。あ、あれからどうしましたの?」
「わっ」
ガバッと身を乗り出してきたサラさんの勢いにボクは思わず仰け反る。
「ちょっ、サラさん近いよ」
「そんなこと、どうでもいいことですわ! それよりも何が」
「う、うん。えっと……」
迫力に逆らえず、つっかえつっかえになりながら一緒に寝たとかイカの臭いがしたとかサラさんに言ったら、何故か顔を赤くしたり青くしたりと暫く百面相したあと、男の人はそう言うモノなのですわ、と教えてくれた。
ただ、耳年増なだけなので詳しくは知らないともいっていたのだけど。
(男の人って凄いな)
お師匠様は海でイカの魔物と戦ったって仰ってたけれど、ボクは見たことさえない。お父さんはともかく、町の人も朝早くから海に出て魔物と戦っていたりするってことなんだろうけど。
(ひょっとして、あれが目的とか?)
お師匠様からお土産に貰った木の実は、フジツボのビッシリ付いた宝箱に入っていてイカの魔物から奪い取ったって聞いている。食べると体力がつくという、貴重な木の実。
「そ、それで……身体の方は大丈夫ですの?」
「ん……うん、大丈夫。むしろ、ちょっと元気が出た、かなぁ? ちょっと口の中からイカみたいな臭いしそうだけど」
お師匠様は魔物の持っていたモノだから無理して食べることは無いって言って下さったけれど、無駄にできない。
「そ、そう」
けど、サラさんが顔を赤くして顔を背けていた理由は結局わからなくて。
「ああ、勇者……私……いで、大人……段を……」
蹲って何かボソボソ言っている間にボクは休暇用の服に着替えると、宝玉のはまったサークレットを外して髪型を変えてみる。
(ポルトガかぁ、どんな所なんだろ)
お師匠様によると目的地はそんな名前の国らしい。
「服装は、これで良し。お化粧とかもして行った方がいいかな? うーん」
独り言を口にしながら鏡と睨めっこしているボクはこの時まだ知らなかったことがある、それは――。
「えっ、サラさん? ミリーに……お師匠様?」
スキップしたい気持ちを抑えて宿の入り口に向かったボクの前にいつもと違う格好のみんなが居て、お師匠様が言う。
「全員そろったようだな?」
そう、二人っきりのデートじゃ無かったんだ。
「キメラの翼を使う、俺の周りに集まっておけ」
「あ、はい……」
ボクは少し憮然としたままお師匠様の言葉に従って。
「行くぞ」
「え、っきゃぁぁぁぁ」
気がつけば空高く舞い上がっていた。
風評被害再び?
全てはイカのせい。
経緯部分だけでバケーションまでいけなくてごめんなさい。
次回、番外編3「O・SI・NO・BI・ばけーしょん<後編>(勇者視点)」に続きます。