強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百九十七話「逃亡者の帰還」

「あ、お師匠様お帰りなさい」

 

 ドアノブを回せば音がする。だからこそだろう、離席の段を詫びるより早く言葉をかけられたのは。

 

「……ああ。待たせたか?」

 

「いいえ、そんなこと……そうそう、お師匠様が居ない間に道具の使い方を考えてみたんですけど」

 

「ほぅ……」

 

 頷きつつ応じた俺は、シャルロットの声でこの場にいるもう一人へと視線をやり。

 

「ん?」

 

 何の変化もないマリクの姿に思わず声を上げていた。

 

「シャルロット、マリクに変わりはないようだが?」

 

「えっ? あ、あぁ……違いますよお師匠様。マリクさんに何かした訳じゃなくて、あれです」

 

 振り返って尋ねてみるとシャルロットはハタハタ手を振って、部屋の奥を指さし。

 

「あれ? ……成る程、こう来たか」

 

 マリクの向こうにあったのは、天井からロープで吊された鍋や桶。

 

「はい、これを使ってコーチ役の人やボクが時々妨害することで修行に変化をくわえられるんじゃないかって」

 

「この高さだと振り子のように揺らしても当たるのはマリクにだけ、と言う訳か」

 

 妨害を入れることで模擬戦の難易度を増す、なかなか考えられていると思う。

 

(問題は、くわえられた変化に対してこの世界が効果有りと見なすかだよなぁ)

 

 ゲームであれば、戦闘中に味方から殴られたとしても取得経験値は増えなかった。呪文の使えないピラミッドの地下で戦うと言うハンデの元でも戦闘で得た経験値に変化はなかった。

 

(経験値の増減があったのは、戦闘に参加するメンバーの人数だけ……まぁ、いちいち状況に合わせて経験値が増減する仕組みを作る余裕が無かっただけという可能性もあるから、無意味とは断言出来ないけど)

 

 効果があるかと問われたとしても俺は首を横に振って解らないと答えると思う。

 

(こればっかりはなぁ、試してみるしか……いや、逆に考えるべきかな、解らないなら確認してみる良い機会だと)

 

 試してみて、もし効果があるならば、このシャルロット発案の修行法の恩恵は計り知れない。

 

「面白い、試してみる価値はあるな。よく思いついたものだ」

 

「えへへ。ありがとうございまつ」

 

 賞賛の言葉へいつものようにシャルロットは噛むが、敢えて気づかないふりをする。

 

「もし模擬戦訓練の効果が上昇するようなら、転職したアラン達が修行する時にも流用できるわけだからな」

 

 バラモスに時間は与えたくないが、僧侶のオッサンやバニーさんが転職するとなれば、新しい職業に馴染み他の面々と肩を並べ遜色なく戦えるようになるまで訓練する時間は確実に必要だった。

 

「戦線復帰までの時間が短縮されるのは大きい」

 

 もっとも、これは捕らぬ狸の皮算用であり、全ては結果を見てからの話になる訳だけれど。

 

「ともあれ、準備まで終えたならすぐにでも試してみるべきだろうな。さて、それはそれとして……腕を上げたと聞くが」

 

「ええ。幾つも使える呪文が増えて、最後に覚えたのは、メダパニという敵を混乱させる呪文ですね。全ては、お二人とそこのはぐりん、そしてメタリンのお陰です」

 

「ほぅ」

 

 つまり、ゲームで言えばレベル27前後と言うことか。

 

(はぐれメタル狩りに使えるから覚えちゃったんだよな、習得レベル)

 

 混乱したモンスターによる同士討ちのダメージは発泡型潰れ灰色生き物の驚異的な防御力を無視する為、運が良ければ一撃で倒してくれたのだ。

 

(出現したはぐれメタルの数が少ない時は本当にお世話になったっけ)

 

 懐かしさに浸ったのは、ホンの僅かな時間だったと思う。

 

「では、修行の効果はそれなりにあったと言うことだな」

 

「そうですね。……ですが、まだドラゴラムは遠そうです」

 

「焦ることはない」

 

 表情へ陰りを見せたマリクへ俺は首を横に振って見せた。

 

「時間を無駄にしても構わんと言う気はないが、焦るとかえって上手くいかんこともある。それがダメージの与えにくいはぐれメタルとの模擬戦ともなれば、尚のこと。まして、そこに桶やら鍋での妨害が加わるかもしれんのだからな」

 

 時間は惜しいが、焦ったあげく訓練のしすぎで体調を崩しただとか、大怪我をした何てことになっては目も当てられない。

 

「模擬とはいえ戦いだ、怪我をする可能性もある。肉体や精神も疲弊する。無理はせんようにな」

 

 おろちの婿になってやる訳にはいかない以上、竜の女王の願いを叶えられるのは、このマリクだけなのだ。

 

「出来れば修行を見ていてやりたいところだが、それも出来ん。俺にもシャルロットにもまだやるべきことを残している」

 

 僧侶のオッサン達との合流に、地球のへその攻略。

 

(合流したオッサンとバニーさんはここに連れてきて一緒に修行して貰うと言う手もあるけど)

 

 それには修行相手となる発泡型潰れ灰色生き物の数が心許ない。

 

(死体はシャルロットが棺桶に詰めてたはずだし、世界樹へ葉っぱ狩りツアーに行けばはぐれメタルの数は何とかなるかな)

 

 葉を確保するのに人手と若干の手間は要るが、マリクの成長ぶりを見る限り、僧侶のオッサン達を短期間でレベルアップさせられると思えばかけた手間でおつりが来る。

 

「修行相手は確保した。修行方法の改良はこれから試してみる。シャルロットの創意工夫が実を結べば、もはや俺達が滞在せずともおろちが求める強者の域に達すことは出来よう。俺達は明日にでもこのイシスを発つ」

 

 ホロゴースト入りスノードラゴンとの対面で見せた反応が少し気にかかるが、シャルロットの前で問うわけにはいかない。

 

「シャルロット」

 

「は、はいっ」

 

「マリクに言ったとおり、明日にはここを発つ。出発の準備を頼めるか?」

 

 マリクの方はこちらで見ておくと続け、俺はまず口実を作った。シャルロットへ席を外させる為の。

 

(探りを入れるなら、その後だな)

 

 シャルロット発案の工夫を試す流れを崩し、藪を突いて蛇を出すような真似をする必要は何処にもない。

 

「わかりました。ええと、そう言えばエリザさんは?」

 

「ああ、エリザならマリクの屋敷だろう。お前が何処に居るか解らなかったからな、二手に分かれて当たっていたと言う訳だ」

 

 疑問に答えつつ、ひょっとしたらこちらへ向かっているところかもなと推測を述べ。

 

「じゃあ、準備ついでにお屋敷の方にも行ってみますね」

 

「頼むぞ」

 

 退出するシャルロットの背に俺は声を投げたのだった。

 




次回、第二百九十八話「工夫の結果」

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