強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百九十三話「かけ算してる場合じゃないからっ」

「来たようだな」

 

 地面に降り立った後、報告に向かうエリザ達をまず見送り、戻ってきたエリザと入れ替わる形で去って行く魔物達を物陰から見送ってから暫し。伝言は伝えたというエリザから聞いた俺はジパングの外でただ待っていたが、待ちぼうけの時間も終わったらしい。

 

(とりあえず、注文通りかな)

 

 気配に振り返れば、こちらへやって来る魔物が数体。ジパングには元々棲息していないことから、消去法で元バラモス親衛隊の魔物だとわかる。

 

(しっかし、まさかこんな日が来るとはなぁ)

 

 世の中、何がどう転ぶか解らないとつくづく思う。

 

「ええと、それでこれからどうするんですか? あたし、伝言は伝えましたけど……」

 

「ふっ。足りないモノがあるなら、足せばいい。それだけのことだ」

 

 尋ねてくるエリザに口の端をつり上げて告げると、俺は視線を横たわる水色東洋ドラゴンへ向けた。

 

(ここにあるのは、身体だけ。これでは肉体もやがて衰弱して死んでしまう)

 

 この衰弱がとくに厄介だ。

 

(ロディさんだっけ? 成功例があるにはあるけど、あの人はちゃんと魂が帰ってきていたもんな)

 

 おそらく、このスノードラゴンの肉体がこのまま死した場合、もう蘇生は不可能だろう。

 

「足す、ですか?」

 

「ああ。このスノードラゴンには魂が足りない。そこで、ふと思いついた。魂がないなら代わりのモノを入れてやれば良いのではないかとな。ただし」

 

 頷きを返し、付け加えたのは、一つの懸念を否定する為。

 

「死体を魔物に変える仮面かぶりの外道共と一緒にしてくれるなよ? 死霊術ではない、と言い切るのは厳しいかもしれんが、あれよりはよっぽど健全だ」

 

 エリザには両親を動く腐乱死体に殺された過去がある。だからこそ、この思いつきを悪い方に捉えられてしまう可能性があった。

 

「さて……」

 

 断言してから、エリザへの視線を切って俺はその魔物を出迎える。

 

「フォオオオッ」

 

「呼びだしてすまんな。一つ頼みたいことがある。お前達の種族にしかおそらくは出来ん頼み事だ」

 

 頭を下げるなり、即座に本題へ入ったのは、何だかんだで親ドラゴンの身体が、再生からそれなりの時間を経ているから。

 

「お前達の誰かが、このスノードラゴンの身体に入って、魂の代わりをして欲しい」

 

 俺と向き合う形で佇む魔物は、確かホロゴーストと言った気がする。蝙蝠に似た形状の羽根を持つ、俺が記憶する中では唯一ゴーストのついた種族名を持つ魔物。

 

(ゴーストなら憑依出来るんじゃないか、なんて安直な考えだけどさ)

 

 上手く行けば、衰弱を止められる。

 

「そして、肉体へホロゴーストが憑依している間に魂を呼び戻す方法について模索する訳だ。つまりは、この足し算も一時しのぎである訳だが、全く希望がないと言うよりは良かろう」

 

 もちろん、仮定を土台にした思いつきなので、ここでホロゴースト達から無理だと言われたらそこで終わってしまうものではある、ただ。

 

「フオオッ」

 

 返ってきたのは頷き。

 

「あ……ええと、『おそらく可能』だそうです」

 

「そうか。では」

 

「フッ」

 

 ワンテンポ遅れた通訳に続く形で、俺が視線を親ドラゴンの身体にやれば、進み出たホロゴーストの身体が崩れて形を失いながら開きっぱなしのアギトへと入り込み。

 

「……フシュォ」

 

「ほう」

 

 むくりと起きあがった親ドラゴンの姿を見て思わず声を漏らした。

 

「上手くいったようだな。ただ、無茶な身体の使い方はしてくれるなよ」

 

「フシュオォ」

 

 ともあれ、これで第一段階はクリア、と言ったところか。

 

「エリザ」

 

「あ、ご、ごめんなさいっ。『承知した』そうです」

 

 魂の抜けた水色東洋ドラゴンの身体へ別の魔物が憑依するという珍事に目を奪われていたエリザも、こちらの声で我に返り。

 

「ふむ、ならばそのドラゴンの身体は任せる。暫くは身体の動かし方になれる必要もあるし経過を観察する必要もある都合、俺と同行して貰うことになると思うが、よろしくな」

 

 上手くはいったものの、後で何らかの問題が出てくる可能性があるし、このジパングに残すと子ドラゴンとこのホロゴーストIN親ドラゴンが鉢合わせする可能性だってある。

 

(肉体保護の為だって説明すればわかってくれるかも知れないけど、実の親の身体を他者が動かしてるのを見ていい気はしないだろうからなぁ)

 

 他人の身体を使っている俺が言っても噴飯ものかもしれないが。

 

(しかし、ホロゴーストが魂のない肉体へ憑依することが出来ると言うんだったら、モシャスでホロゴーストになって憑依方法を会得出来れば、この身体から抜け出すことも可能に……いや、それは理論が飛躍しすぎかな)

 

 俺の憑依とホロゴーストのそれは全く別物の可能性があるし、身体から抜け出してその後どうするんだという問題がある。

 

(抜け出したら元の世界に戻れる、なんて保証もないもんなぁ)

 

 幽霊と間違えられてニフラムの呪文で光の中へ消し去られる除霊エンドとかは勘弁して欲しい。

 

「さて、これでひとまずジパングですべきことはし終えた訳だ。後はイシスに飛んでシャルロットと合流するか、先にバハラタへ立ち寄ってアラン達が居ないか探してみるかだが」

 

 ダーマ神殿を探すだけであれば、僧侶のオッサン達は任務完了してこっちと合流する為バハラタへ戻っていてもおかしくない。

 

(だから寄り道も悪くは無いんだけど、こっちの指示で一人だけイシスに行かせたシャルロットを待たせるのもなぁ)

 

 シャルロットのお袋さんにシャルロットは自分が守ると言ってしまってるのもある。

 

「ここは素直にイシスへ飛んでおくか」

 

 そして、よくよく考えてみるとシャルロットの側には個人的に許せない発泡型潰れ灰色生き物もいるのだ、バニーさん達との合流を後回しにしてしまったのは、仕方のないことだと思う。

 

「すまんな、お前達にも手間を取らせた、またここで会おう」

 

「「フオォォォ」」

 

「あ、『気にする必要はない、では』だそうです。はい、また会いましょう」

 

 一体では無理な場合を考慮して複数呼んでいたホロゴースト達に詫びついでに別れを告げ、俺達はそのままジパングを発つ。

 

(待ってろよ、発泡型潰れ灰色生き物)

 

 もうあんな事をしないよう、きっちりしつけておかねばと声には出さず呟いて。

 

 




と言う訳で、足し算の正体は、ゴースト系モンスターを使った魂の一時補填でした。

主人公はダイの大冒険を読破していたのだと思われます、うむ。

次回、第二百九十四話「はぐれメタルのしつけかた」

主人公の私憤がはぐれメタルをお仕置きする?

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