「ここはバラモスの軍勢が再び襲撃をかけてきてもおかしくない。まず、安全な場所に移そうと俺は考えたのだが――」
承諾を得るなり、俺はすぐさま子ドラゴンの説得へ移った。
(とりあえず、これで納得してくれると良いんだけれど)
エリザへ言った時間がかかりすぎるとシャルロットが様子を見に来るかも知れないというのは、ただの口実ではないのだ。
(とは言え、初っぱなから洗いざらいぶちまけると言うか、思いつきの内容を丸ごと説明する訳にもいかないからなぁ)
親ドラゴンの蘇生に失敗した理由をシャルロットに知られるのも拙いが、それを俺がこっそりリカバーしようとしたことがバレるのも宜しくない。
「フシュア?」
「エリザ」
だから、心情的には急いで話を付けてしまいたいのだが、子ドラゴンが何らかの意思を伝えようとするたび、こうしてエリザの名を呼んで通訳をお願いする必要があり。
(うあああっ、まどろっこしいっ)
通訳が居るだけ恵まれているのだとは、解っている。癇癪を起こしている場合でないと言うことも。
「『聖女様はどうするの?』だそうです」
「ああ、シャルロットか。俺達は人間の街にも用があってな、そちらへ行って貰おうと思っている」
ただし、そちらにお前達がついて行くと騒ぎになるのだと俺は補足説明をし。
「そこで、魔物と人が暮らす別の国へお前は俺達と行って貰うことになる」
地面に横たわらせておくよりも魔物が暮らしているところへ運んだ方が親ドラゴンにも良かろうと畳みかけた。
「フシュオゥ」
「『わかった』と」
流石にこちらの言うことは正しいと理解したのだろう。
「そうか」
今回の返答については、エリザには悪いが訳して貰うまでもなかった。子ドラゴンは首を縦に振っても居たのだから。
「ならば行動は早い方が良い。エリザ、シャルロットへの伝言を頼めるか。それから、戻ってくる時あちらにいるはぐれメタル以外の魔物達を連れてきて欲しい」
「あ……はいっ」
話がついてしまえば、もうシャルロットが来るのではないかと気を揉む必要もほぼなかった。
(伝言を頼んで送り出してしまえば、エリザが途中でシャルロットと鉢合わせたとしても「イシスに飛ぶ様に」って俺の指示を伝えられたら、引き返して発泡型潰れ灰色生き物と一緒にルーラでイシスへ飛ぶだろうし)
後は戻ってきたエリザ及び今回のバラモス城訪問未遂で仲間になった魔物の皆さんと合流して、こちらもジパングへ飛べばいいのだ。
(シャルロットへの指示だけなら俺が直接出向いた方が良い気もするけど、それだとジパングへ連れて行く魔物達との意思疎通が一方通行だもんな)
魔物の言いたいことが理解出来ないことがこんなにも不便になるとは思っても居なかった。
(これは、機会を見つけて教えて貰うべきかもなぁ)
元バラモス親衛隊の面々や氷塊の魔物など、魔物がシャルロットではなく俺の仲間になるケースが発生している以上、魔物会話の習得は避けて通れぬ道と思った方が良いのだろう。
(けど、何故だろうな……魔物の言いたいことが理解できるようになったら、気苦労がかえって増すんじゃないかって気がするのは)
「では、行ってきますね」
「ああ、頼む」
気のせいであってくれることを祈りつつ俺は伝言を託したエリザを送り出し。
「フシュアォ」
「ん? ……あ」
服の端を引かれ、振り返て子ドラゴンと目が合い、気づく。エリザが居なくなった為、こちらが会話の一方通行状態になってしまったことに。
「すまん、何が言いたいのか解らん」
「フシュゥゥ……」
知ったかぶりは危険だと正直に話して謝ったら落胆させてしまったが、どうしようもなかったのだと自己弁護したい。
(うん。ジパングについて、時間に余裕があれば教えて貰おう)
その後、ジェスチャーや身振り手振りまで駆使して貰って、ようやく子ドラゴンの言いたかったことを半分くらいまで理解できた俺は、エリザが戻ってくるのを待ちつつ、心に決め。
「すみませんっ、遅くなりました」
「クエー」
「その様子だとシャルロットには用件を伝えられた様だな」
猛禽類と共に戻ってきたエリザの後方をこちらに向かってくる一団や棺桶と一緒に空へ浮かび上がって行く人影を見て、状況を察す。
「では、こちらも行くとするか。あまりもたついていては追っ手がかかるやもしれん」
迎撃の魔物を撤退に追い込んだ主戦力が健在の今、再び魔物を嗾けてくるとは考えにくいが、シャルロットが離脱したのは城からも見えている筈だ。
(こっちも何処かに撤退すると見たなら「出来うる限り戦力を削っておこう」とか「ここで逃がしたら沽券に関わる」何て理由で襲いかかってくることは充分に考えられるし)
エリザの後からやって来る魔物の身内が追撃してくる魔物の中に居ようものなら、また面倒なことになる。
「キメラの翼を使う。俺の近くに集まれ」
「「ゴオッ」」
「「フシャアアッ」」
バラモス城の前でルーラを使う気にはなれない。鞄から取り出したキメラの翼をよく見える様掲げつつ呼びかければ、すぐさま魔物達も応え。
「さてと」
片膝をつきもう一方の手で、横たわった親ドラゴンの首元に腕を回すとそのまま頭を抱えて持ち上げる。
「フシュア」
「念の為、だ。悪く思うな」
ちょっと荷物の様な扱いになってしまうが、魂が不在の肉体がルーラで移動する仲間として通用するか気がかりだったからこその行動だと子ドラゴンには説明し。
「ジパングへ」
俺がキメラの翼を空高く放り投げれば、抱えた親ドラゴンごと俺の身体は浮き上がる。
「……何とか無事に脱出出来たな」
迎撃で出た被害に尻込みしたのか、去る者に構っていられる余裕がないのか、ジパング方面へ飛んで行く俺達へバラモス城からの反応は何もなく。
「ところで……その、思いつきって何をするんですか? 向こうに着いたら、あたしは何を?」
「ふむ、そうだな……」
安全が確保され質問する余裕が出来たらしいエリザへ、一つ唸って見せてから答える。
「ちょっと足し算をな。お前にはやはり通訳と魔物達の意思を察す方法の伝授を願いたい」
「足し算、ですか?」
「ああ、足し算だ。この展開は俺も気に食わんからな。せいぜい悪あがきをさせて貰う」
成功する保証はない。だが、失敗すると決まった訳でもない。
(問題はおろちに気取られずに、行動に移せるかだけど)
そちらは大丈夫だと言う確信がある。
(秘策は我にあり、ってね)
東へ東へと運ばれて行く眼下を景色が後ろへ飛んで行くが、前方にジパングの姿はまだなかった。
うーむ、何というか、これだけヒントを出したら、何するつもりか解っちゃうかなぁ。
次回、第二百九十二話「算数」
主人公のパーフェクト算数教室はきっと始まりません。