「これが世界樹の葉だ。すりつぶして与えることで死者を復活させると聞くが……」
実際に使ったことのない俺はちらりとエリザを見る。
「あ、はい。それで間違ってません」
「だ、そうだ。蘇生とは魂をこちらに呼び戻すものでもある。そう言う意味で呼びかけつつ与えるのは、子供のお前が適任だろう。受け取るといい」
エリザの言葉を受ける形で続けると、子ドラゴンへ葉を差し出した。
「フシュオァ……シュ、ア」
緊張しているのだろう。少し躊躇いがちに近寄ってきた水色のやや小さなドラゴンは控えめに口を開けると、葉の端をくわえ、持って行く。
(前足は使わないのか)
きっと指の本数的に、掴むよりは口にくわえた方が良いという判断だと思う。
(そも、あの前足じゃすりつぶすのも難しい、か。だから、口に入れて歯で磨り潰すと)
全ては親を生き返らせる為。
「上手く、行くと良いが……」
「そ、そうですね」
「ああ」
健気さには成功を祈りたくなるものの、どうしても蘇生呪文の失敗が引っかかる。相づちを打つエリザと共に俺はじっと成り行きを見守る。
(ゲームでも戦闘中仲間にアイテムを使うモンスターは居た気がするんだよなぁ)
仲間とこじつけて成功した蘇生呪文のケースもある。だからより仲間という意味で無理のない子ドラゴンへ葉を託したのだ。
「ホハホォ……ホハ」
(ここで下手に手を貸しちゃったら、渡した意味が……ね)
親へ磨り潰した葉を与えようとするものの、上手く行かず、口に葉を磨り潰したモノを入れつつまごつく子ドラゴンにまどろっこしさというか歯がゆさを感じても、ただ、耐えるのみ。
「あ、あとちょっと……ああ、惜しい」
一緒に見守るエリザの口から漏れる声が色々代弁してくれて、こちらが口にすることは何もない。
(問題は、世界樹の葉を使ってからなんだけど)
ザオリクの時の様に効果がないか、それとも。
「あ」
見守り続ける中、エリザが声を上げたのは、子ドラゴンがようやく世界樹の葉を使うのに成功したからだった。
(口移し……いや、まぁ、だいたいそんなモノじゃないかと思っていましたよ、うん)
ひょっとしたら発泡型潰れ灰色生き物がシャルロットの鎧の中に逃げ込む何て真似をしでかしたのは、意識が戻った直後に見たのが、自分を押し潰したスノードラゴンの顔のどアップだったからなのでは無かろうか。
(だとすれば少しぐらいは同情出来るかなぁ)
もちろん、許さないが。
(ま、今はそんなことを考えてる場合じゃない)
重要なのは、成功か失敗か。
「フシュアッ」
(生き返るなら、上半身だけのままの筈がない。肉体の再生が先に起こるはず)
自然と俺の視線は、呼びかける子ドラゴンではなく立ち去る前にかけた布へと向き。
「っ」
布を押し上げて盛り上がり始める様へ目を見張る。
「あ、あれは」
「肉体の再生が始まったらしいな」
奇跡は起こったらしい。
「フシュアアアッ」
(何というか、悪い方に取りすぎていたのかもな)
俺の呼びかけつつ与えると言う指示を守る子ドラゴンをチラ見した俺は密かに胸をなで下ろす。
「……これで、後はシャルロットと合流すればいいな」
もはや城に乗り込む必要もほぼ無い。討伐に来た時に備えて偵察をしておくといった理由ぐらいだが、まだオーブを集めきっていない上、マリクの修行も中途半端、やり残していることが幾つかある。本格的に攻め込むにはまだ後のことになるだろう。
(下手に偵察してそれを気取られ、警備態勢に手を加えられたりするぐらいなら、偵察は攻め込む直前でいい)
バラモスをあまり追いつめすぎても良くない。
「仲間になった魔物を癒して精神力が尽きたから」
と言う理由で撤退したと見せかける。
(シャルロットの精神力が底を尽きそうなのは事実だし)
不自然さはないと思う。
(もっとも、バラモスは裏切った魔物まで戦力にくわえて攻め込んでくると考えるかな)
そうなると、バラモスとの決戦はちょっとめんどくさいことになる。
(ゲームでは少人数で乗り込んだから、時々出てくる敵と戦いつつ奥に進む展開になったんだと思う訳だけど)
端から数で攻めてくると考えていたなら、数を集めてぶつけてくるのが普通だ。
(つまり、軍団対軍団。合戦になる)
それはおそらく、今日の戦いを拡大したようなモノ。
(しかも敵の一部を取り込んだとは言え、取り込めたのは、迎撃に出てきた魔物の二割が良いところだし)
シャルロットが督戦隊に倒された魔物を蘇生呪文で生き返らせれば、もっと増えるとは思うが、やはり圧倒的に数の面では不利だ。
(ってことは、本番ではルーラであの城まで行くのは無理だな)
ゲームの時同様、少人数で潜入するパターンを取らないと、一人あたま数十、いや数百の魔物を相手にしないといけなくなるかもしれない。ならば、城の前に直接飛んで行く様な目立つ到着は無理だ。
(結局、魔物が棲息出来ない高度を飛べる不死鳥ラーミアに乗って行くか、飛べる魔物に乗ってこっそり高山を越えるかの二択かなぁ)
おそらく攻め込む時にはオーブも集まっているだろうし、不死鳥は蘇っていると思う。
(まぁ、どちらの手段をとるかは今決めなくても――)
そんな風に今後の予定に思いを馳せていた俺は、気づかなかった。
「フシュアアアッ」
「ん?」
一際大きく子ドラゴンが鳴くまで、その事態に。
「どうした?」
「そ、それが……親のドラゴンが意識を取り戻さないみたいなんです。肉体は元に戻っているのに」
「何……?」
蘇生については全く効果がない場合と、普通に生き返る場合の二パターンしかないと思っていた。だからこそ、この結果は本当に想定外だった。
まさかの展開。
次回、第二百九十話「奇跡と呼ぶには、皮肉すぎ……」
悲しげな子竜の呼び声は戦場跡に響く。