「ひょうかさん、この薬草をあっちの子に。そっちの子も手伝って」
倒れ伏した動く石像へベホイミの呪文をかけたボクは振り返ることなくひょうかさんとボクに従うと答えたスノードラゴンへ指示を飛ばす。
「フシュアアアッ」
「ゴオオッ」
足下には袋から引きだしてばらまいた薬草が散らばっていて、ひょうかさん達がそれを拾い、同じようにボクに従うと言ってくれたスノードラゴン達の手当へ奔走する。
(手が、足りない)
魔物達の反応は割れた。当然と言えば当然だ。逆の立場だったらボクだって従っていたかどうか。それでも何匹かのスノードラゴンが従ってくれたから、こうして傷を癒すことが出来る。
「ええと、次はあっちの子に……わっ」
そして、尚指示を出そうとした時だった。マントを引っ張られて蹌踉めいたのは。
「あ、危ないなぁ。な」
ただでさえ忙しい時なのだ、少しイラッとしながら振り向いて「何」と言おうとしたボクは、マントを引いた相手を見て絶句した。
「フ……シュ」
身体を両断され、明らかにもう手の施しようのないスノードラゴンが、緩慢な動きで倒れ伏す一回り小さなスノードラゴンの方を視線で示し、縋る様な目をこちらに向けてきたのだ。そのスノードラゴンの絞り出した様な鳴き声を人の言葉に訳したなら「あの子を」となる。
「うん、解った。助けるから」
「シュ……ア」
頷いてベホイミの詠唱を始めようとすると、マントを掴んでいたドラゴンの腕がずり落ちた。
(これが、戦い……なんだよね)
完成したベホイミの呪文を、幼さの残るそのスノードラゴンへかけるとぎゅっとこぶしを握りしめる。
(もし、あの呪文が使えたら)
お師匠様から聞いたことがあった。勇者にしか扱えない、あのけんじゃのいしの効果さえ凌ぐ回復呪文があると。
(ベホイミじゃ一度に一人しか救えない……)
それでも救える命があったことは事実だ。
「フシャアアッ」
「フシュオオオッ」
「ゴオオッ」
ドラゴン達は上空からかっさらう様に石像は跪いてそっと潰さぬ様に薬草を拾い、同胞を癒す為動いている。
(我が儘かも、偽善かも知れないけど)
いずれ手が届くなら、今、その呪文を使いたいと思った。出来ないならせめて、ここで使ったらバラモスに対策を取られるかも知れないとしてもけんじゃのいしを使うべきではないか、とも。
「何をしている、お前達?」
だが、躊躇してしまったのがボクの失敗だった。
「え?」
聞き覚えのない声に顔を上げ、空に浮かんでいたのは、スカイドラゴンに跨った黄緑のローブを纏う魔物。
「敵に敗れたあげく、情けを受け軍門に降るとはそれでも栄えあるバラモス軍の一員か、やれっ!」
驚きに目を見張るボクには一切構わず、声を発した魔物は周囲の同じローブを着た魔物へ指示を出し。
「「メラミ」」
複数の火の玉が、薬草を持って仲間達の手当をしていた魔物達へ降る。
「シャギャアアッッ」
「ゴッ! ゴアアアッ」
突然、元々仲間だったはずの魔物から攻撃され、動ける程度にはなっていたスノードラゴンがまず燃えながら地面へ墜ち。スノードラゴン達の盾になろうとした動く石像が、数十個近い火の玉を受けて砕け散る。
「ふははははは、裏切り者に、臆病者に死をっ!」
どうして、と動機を問うまでもなく、仲間殺しを指示した魔物は哄笑し、叫ぶ。
「我らはバラモス軍督戦隊っ、灼かれたくなければ誇りあるバラモス軍の兵として戦えっ」
「督戦……」
きっとこれが、スレッジさんについてバラモスの元から去った
「酷すぎる……」
今すぐにでも、止めたい。止めなきゃいけない。けど、あの魔物に効果のある攻撃呪文は範囲呪文じゃない。炎のブーメランを投げてもボクの力じゃ仕留めきれない。
「酷い? これが戦いというものだ。ああ、そうだ人間共。お前達には感謝するぞ。あの出来損ないな女が裏切ったからこそ私はバラモス様の軍師と慣れたのだからな。しかも、新たな策のヒントまでくれるとはな」
「ヒント? それって」
「キメラの翼、というモノがあるだろう。あの死神に撃ち落とされず城の外に出る発想を得られたのは、貴様等がこの城へキメラの翼で飛んでくるのを見せてくれ……くれ、え? あがっ」
得意げに勝ち誇っていた魔物の頭部がずり落ちたのは、その直後。
「ぎゃあっ」
「ぐげっ」
「がふ」
断末魔を上げて黄緑ローブの魔物達はスノードラゴンの上から転げ落ちて行き。
「な、貴様は? い、いつのま゛っ」
仲間達へ訪れた突然の死に呆然としていた生き残りの魔物が振り返ったところで両断され、地面に落ちた者達の後を追う。
「お師匠様……」
二度目だったから、何とか目で捉えられた。魔物を両断したオレンジのシルエットは、炎のブーメラン以外の何者でもなく。
「グシュア……」
「ゴォ……ア」
「あ」
一瞬呆けたボクは周囲からの呻き声で我に返る。
(助けなきゃ、けど、ベホイミじゃ癒しきれないし、そもそも一回一回呪文を唱えていたんじゃ間に合わない)
お師匠様から許可は貰っている、ボクは慌てて道具袋を広げると、その中に手を突っ込もうとし。
(えっ)
その言葉が、呪文が脳裏に浮かび上がるのを感じた。
(何で、こんな時に。この戦いで成長したから? どうし……ううん)
訳はわからなかった。だけど、躊躇うつもりもなかった。
「お師匠様……、神様……ボクに力を」
突っ込もうとしていた手ともう一方の手を組んで、祈りながら唱える。初めて使う最高位の回復呪文を。
「ベホマズン」
祈りとともにごっそりと精神力が抜けて行くのが解った、けど、これで助かるなら。
「シュ? フシュアアアアッ」
「ゴォォォッ」
目を閉じたまま聞いたのは、魔物達の咆吼。驚きが歓喜に変わって行くのが、目を閉じていても感じ取れ。
「っ、うひゃうっ」
いきなり冷たく湿ったモノで頬を擦られたボクはたまらず悲鳴をあげた。
「え、なっ」
「フシュアアッ」
慌てて目を開けると、そこにいたのは、先程マントを引っ張ったスノードラゴンに頼まれベホイミをかけたスノードラゴン。
「あ、キミは無事だったん……だ?」
たぶんこの子が顔を舐めたのだろう。それは良い。
(ええっと、これ、何?)
問題は、顔を舐めてきたスノードラゴンの後ろ。両手の指じゃ足りない数の魔物が僕に向かって一斉に頭を垂れていたのだから、驚くなと言う方が無理だと思う。
「ゴッ、ゴアアアッ」
「フシャアアアッ」
「えっ、せ、聖女? それって……ひょっとしてボクのことだったりは、しないよね?」
何だか、キラーアーマーをザオラルの呪文で生き返らせた時と目の前の魔物達の態度が凄く重なって見えたから。恐る恐る聞いてみたのだけれど。
「「ゴオオ」」
「「フシャーア」」
結果から言うと、予想は的中した、嫌な方に。揃って首を横に振らなくても良いと思うんだけど、これってボクが悪かったのかな。
「え、ええと……せ、聖女はともかく、ボクに従ってくれるってことで良いんだよね?」
「「ゴ」」
「シャア」
今度は揃って全員が首を縦に振る。
(え、ええと……うーん、考えようによっては協力してくれる子が増えた訳だし)
そもそも、ボクがお師匠様に頼まれたのは、はぐれメタルの確保だったはず。
「それじゃ、はぐれメタルを捕まえるのに協力してくれるかな? あ、殺さない様にね?」
「「ゴオオオオオッ」」
「「フシャアアアッ」」
「ひうっ」
みんなの応じる声に気合いが入りすぎててちょっと竦んじゃったけど、これだけ手伝ってくれる人がいればきっと上手く行くはず。
「じゃあ、行こっ」
成功を確信し、こうしてエリザさんと合流すべく歩き出したボク達を待ち受けていたのは、何というか。
「あ、あの……このドラゴンさん達も悪気があってやった訳じゃないんです」
エリザさんに弁護されつつも落ち込んで小さくなるスノードラゴン達と、氷付けになって完全に息絶えたはぐれメタルの死体だった。
シャルロットが聖女として崇めたてられたようです。
ついでに空城立案の智者、あっさり退場。エピちゃんのお姉さんが居なくなってようやくこの世の春が来たと思ったらこれだよ。
ちなみに、このお話中のエリザさんたち。
1.はぐれメタル追跡
2.けん制及び方向修正ににスノードラゴンが氷のブレスしたり、自分の体を壁にしたりして進路妨害
3.はぐれメタルがブレスorプレス(進路を塞ごうと地面に寝そべる)の効果内へ飛び込んできて自滅
4.みんなのレベルが上がった。(シャルロットもレベルアップしてベホマズン修得)
5.シャルロットと合流
だいたいこんな感じになってました。
次回、第二百八十四話「で、俺はどこから突っ込めばいいんだ?」
勢い余って殺られちゃったはぐれメタル。どうする、主人公?