「本は本で一括りに、か。ただな――」
あれが他の本と一緒になっていたことに関しては、不自然さなどない。木の葉を隠すなら森の中なのだから。
「申し訳ありません」
忌まわしい本の効果とそれによって人生の狂ってしまった女戦士の話を色々ぼかしつつ一例にして説明したところ、使用人を庇う形でマリクが頭を下げてきた。
「いや、実害がなかったのだから謝罪には及ばん。そもそもあんな書物があることは知らされていなかったのだろう?」
「「はい」」
マリク少年と使用人の双方が首を縦に振ったところから鑑みるに、犯人はマリクの父親辺りなのではないかと思う。
「なら問題はない。扱いには注意した方が良いとは思うがな」
と言うか、あの危険物はこの場からさっさと下げてて欲しいと言うのが本音だったりする。まかり間違って俺やシャルロットが被害にあった日には目も当てられない。
「そうですね。では、その品は宝物庫の奥に戻して注意書きを添えておいて下さい」
「承知しました」
故にマリクと使用人のやりとりの結果、エッチなほんだけが運び出されて行く様子へ密かに胸をなで下ろすと、俺は再び口を開いた。
「話を戻そう。修行自体は格闘場側から許可を得ているから後はコーチとなる人材さえ確保出来れば、明日からでも始められる。修行効率の高い相手については魔物使いとしての心得があるシャルロットと俺で確保してくることになるので、暫くはメタルスライム相手の模擬戦となるだろうが」
とりあえず、保護者的な立ち位置のコーチが必要になったという点を除けば想定通りだが、逆に言うとその一点だけが見切り発車の形になってしまって決まっていないのも現状だった。
「こちらは心当たりはいるものの、現在の所在を掴めていないという問題がある。このイシスに立ち寄っている可能性もあるものの、な」
「では、そちらについては僕に任せて下さい。容姿と名前を教えて頂ければ、人をやって探させましょう。見つからなかった場合でも、イシスの戦いで知り合った人達に心当たりがありますし」
こちらとしては頭を悩ませている点だったのだが、ただマリク少年には大した難事でもなかったらしい。
「そうか。こちらから言い出したことなのに色々すまんな」
素直に頭を下げ、エリザの名と容姿を伝えてしまえば問題はほぼ片づいた。
(後は、シャルロットに謝るだけ、かぁ)
コーチは適当な人がいないと務まらないが、謝るだけならシャルロットと俺がいれば出来る。コーチ探しと比べれば恐ろしく簡単である筈だ。
(とはいうものの、一度失敗してると、こう、気まずいというか)
それが謝らなくて良い理由になるとは思っていない。
(そうだよな、ちゃんと謝らないと)
少し葛藤はあったが、俺が悪かったのは解りきったことだ。だから、この後、今日の宿がマリクの屋敷になろうとも町の宿屋になろうとも、この日の内に謝るつもりだったのだ。
「はい。二人部屋を一つ、お願い出来ますか?」
なの に なに が どうして こんな こと に なった のですか。
(あるぇ)
謝らないとと思いつつ、話し合いを終えたのは覚えている。修行について親が反対する可能性が残っている為、屋敷に泊めるのは拙いかもしれないという話になって、ならあの宿屋に戻りましょうとシャルロットが言ってきたことも記憶にはある。
「シャルロット?」
だが、何故二人部屋が一つなんですか、シャルロットさん。
(ひょっとして、あの壊れた民家での謝罪を何か内密な話でもあると誤解したとか?)
もしそうだとしたら、気を遣ってくれたことに感謝すべきなのだろうけれど。
(宿屋の店主の前で誤解を解くとか、至難すぎるよね?)
と言うか、ここで揉めたら更にドツボにはまりそうな気がする。流石に使用人の格好も元の姿も拙いとマリクの屋敷を出た時点で二人とも軽く変装はしているのだが、あくまでも軽くなのだ。
(もみ合いになって変装がばれ、勇者がその師匠と宿屋で揉めてたとか噂にでもなった日には)
イシスに二度と足を踏み入れられなくなること請け合いだろう。
(大丈夫だ、だいたい二人部屋だって言ってもベッドは別だろうし、考えようによっては謝罪するのにちょうど良いじゃないか)
そんな風に安易に考えてしまった自分を殴りたくなったのは、部屋に通された後。
「わぁ」
「え」
思わず素の声が漏れたのに、感嘆の声を上げたシャルロットは気づかなかったらしい。窓というかベランダ際に置かれていたのは、どう見てもダブルベッドで、枕は二つ。二階の部屋であるからか、眺めの方も素晴らしく、オレンジ色に染まる砂漠がシャルロットの第一声を無理もないものにしていた。
「良い部屋ですね、お師匠様」
「あ、あぁ」
頷きつつも問いただしてみたいことはあった。
(それ は けしき が と いう いみ で いって るんですよね、しゃるろっとさん?)
勿論とても口に出せず、胸中で投げかけることになったが、是非もない。と言うか、聞いてみた時点で下手すると俺が社会的に終了する。
(とは言え、今更部屋を変えようとは言えないし)
もう、諦めるしかないのだろう。
(そうだな、割り切って――)
俺は決断した、謝ってしまおうと。
(二人だけだし、結局ずるずる先延ばしにしちゃったし)
謝るなら、もう、ここしかないだろう。
「シャルロット」
「お師匠様?」
「そこに座ってくれ」
「え、え? あ、はい」
相手を立たせたまま謝るのも違う気がして、振り返ったシャルロットへ真剣な顔をしたままベッドへ座る様促すと、何故か狼狽えつつも素直に座ってくれて、場は調った。
「シャルロット」
「ひゃい」
今こそ、謝罪の時。気合いを入れすぎたのか、ベッドの上でシャルロットが飛び跳ねるが、構わない。
「あ、おし」
「すまなかった」
ただ、何というか発言タイミングはもっと考えるべきだったとも後になって思う。
「え?」
自分の言葉に被る形となったシャルロットは思い切りきょとんとしていて、何故謝罪したかについて説明するのも一苦労だったのだから。トラウマ再発を避けつつ説明するという意味で。
「本当にすまなかった」
「え、ええと。いいですから、もう気にしていませんから……はぅ」
謝罪は受け取ってくれた。そこまではいい、だが何故かシャルロットはもの凄く気落ちした様子であり。
「そうは言ってもな。何か俺に出来ることはないか?」
せめてもの償いにと、申し出たのもある意味で失敗だったと思う。
「出来ること? それって」
「何かあるなら言ってくれ。まあ、俺にも出来ることと出来ないことがあるが……」
「えっ、あ……」
俺の申し出に、何か閃いたものがあったのかシャルロットは声を上げ。
「どうしよ……お師匠様は……言って……ってるし……」
こちらに背を向けて何か呟き出す。
「何だ?」
俺にとっては、失敗を挽回出来る機会でもあった、だから深く考えず、聞き返した結果。
「……お師匠様……ボクと、その、ボ、ボクと寝て下さいっ」
「そんなことで良かったのか?」
何だかんだ言ってやっぱりまだ父親が恋しいのだろう。顔を赤くしつつ、シャルロットが口にした希望を俺は受け入れ。
「はぁ」
俺はどうしてこうなったと言う呟きを声には出さず漏らして部屋の天井を見つめていた。
「えへへ、お師匠様ぁ」
右腕を挟み込むのは嬉しそうな寝言を口にしたシャルロット最強の凶器。
(いや、まあ……これもある意味俺の自業自得な訳だけど)
以前ポルトガで添い寝した時は先にシャルロットが寝てしまったパターンであり、今回はあの時の比でなかった。主に破壊力が。
(ああ、明日はバラモス城へ出発しないと行けないって言うのに)
だから、こうして眠れぬ夜を過ごしてしまったことは、無理もなかったことなのだ、本当に。
まぁ、添い寝に決まってますよね?
もっとえっちな展開を最後の部分で書こうかなと一時思いもしたのですが、6:00になってしまいそうだったので、断念。
時間だから仕方有りませんよね?
と言う訳で、回想シーンは終了。
次回、第二百七十六話「レベル上げとか大魔王討伐以外の理由でバラモス城に行くって普通だよね?」に続きます。