強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百七十一話「交渉と確認」

「向こうの店で以前貴重な品を持っていたと話を聞いて来たのだが」

 

 貴重な品と言うだけで何であるかはまったく不明。無駄足に終わる可能性だってあるというのに足を運んでしまったのは、やはりあの灰色生き物に不安を覚えてしまったからか、好奇心からか。

 

「ほう、あれを求めて来なさったか。わしも本当は手放したくなかったのですがのぅ、様々な品を手放して食料や日用品に変えねば暮らしていけぬ有様。そう言った意味で勇者様には本当に頭が上がりませぬ」

 

「……そうか、苦労があったのだな」

 

「ええ、それはもう。ですが、わしよりも娘夫婦の方が深刻でしたじゃ」

 

 勇者様のくだりでこっちの正体に気づかれたかと内心焦ったが、どうやらそう言う訳ではないらしい。

 

「何でも家にドラゴンが落っこちたそうで、直すより新しく建てた方が早いし安いという有様でしてな」

 

「それではまた何かを手放すことに?」

 

「いえいえ、ドラゴンの亡骸からとれた素材のいくらかを貰えることになりましてな。建て替えの費用は工面出来ました。ただ、家を建てるまで暮らす場所がないと娘共々こちらに戻ってきましてな。まぁ、可愛い孫と一緒に暮らせると考えれば、悪くないと言えますのぅ。そうそう、先日も『爺ちゃんに』と娘と一緒に作った――」

 

 ただ、安易に相づちを打ってしまったのは、失敗だったとも思う。

 

(ぬかった、いつの間にか話が孫自慢にシフトし始めてるっ)

 

 このままでは、関係ない話を延々と聞かされるハメになる。

 

(とは言え、話を遮って機嫌を悪くされたら、聞き出すモノも聞き出せなくなるし)

 

 盗賊というと商人と並んでこういった会話や交渉ごとは得意そうなイメージがあるのだが、いくらガワが盗賊でも中身は一般人である俺なのだ。まぁ、ポーカーフェイスとか出来たりするので部分的には盗賊としての能力も残っていると言うことなのだろうけれど。

 

(だからって流されて長話に付き合ってシャルロットを待たせる様なことにでもなったら沽券にかかわるよなぁ)

 

 やはり、ここは話を遮るしかなさそうだ。

 

「ところで、手放したという貴重な品とは?」

 

 一番気になっていた点の質問と言う形で切り出したのは、返ってきた答えがコレジャナイと言いたくなる様なモノだったら、そのまま寄り道を切り上げられるからであり、これ以上相手にイニシアチブを握らせない為でもあった。

 

「ぬ? おぉ、そうでしたな……これは失礼。手放したのは、何冊かの貴重な書物と星の彫り込まれたちいさなメダル、それに食べると身体能力を強化してくれると言われる種です」

 

「っ、それらは今どこに?」

 

 だから、返ってきた老人の答えは思わず身を乗り出して食いつくのには充分すぎた。

 

「わっ、わしが手放したのは魔物が押し寄せてくる数日前。今、あちらに行かれても残っているかどうか」

 

「それでも構わん。教えてくれ」

 

 例えこっちの迫力に気圧されつつ老人の補足した言葉が、良くない追加情報であったとしても、恒久的に身体能力を上げてくれる品が手にはいるなら足を運ぶ価値はある。

 

(魔物から盗もうにも、欲しい時に限って落とさないからなぁ)

 

 悟りの書目当てではなく、種目的でダーマの側にある塔に赴き、口笛を吹きまくって魔物をひたすら倒しまくったことだけは良く覚えている。

 

(あの時はかしこさのたねだけ全然でなくて、途中で投げ出したっけ)

 

 いまではもう懐かしい思い出だが、それに浸っている訳にもいかない。

 

「世話になったな。これは生活の足しにでもしてくれ」

 

「おぉ、ありがとうございます」

 

 情報料として財布から取り出した金貨を老人の前に置くと、俺はそのまま老人宅を後にする。

 

(しっかし、まさか売った先が振り出しとか……)

 

 襲撃によって商人が身を隠してしまった為、あの老人は本やメダル、種をお金に換える為、まずはお金を持っていそうな貴族の元を訪ねたらしい。

 

「そして何件か断られ、最終的に老人を哀れに思ったあの少年が口をきくことでその父親が引き取った、と言う訳か」

 

 寄り道のつもりが帰り道になると言うのは流石に想定外である。

 

(とりあえず、格闘場の方へ行ってシャルロットと合流してからだな、帰るのは)

 

 キメラのつばさに、保存食とマリク用の変装衣装、着替えとロープや薬草、聖水の補充。買い物に関しては老人のことを教えてくれた店でだいたい買いそろえ、こちらのすべきことは終わっている。

 

(こっちと違ってあっちは前代未聞の申し出になる訳だから、交渉が難航してても不思議はないけど)

 

 出来ればすんなり話が付いていて欲しいとも思う。

 

(こればっかりは予想が付かないんだよなぁ)

 

 こちらの要求が要求なだけに、お断りされても頷けるところがある。ただ、話を持ち込んだのは救国の英雄であるシャルロット。格闘場側としても断りづらい相手であった。

 

(どっちの展開になっていたとしても驚かないな、うん)

 

 もっとも、お断りされそうであったならこちらも口添えする必要が出てくるかも知れないけれども。

 

「格闘場は確かこっちの方だったな」

 

 立ち止まり自分の居る場所を脳内の地図で照らし合わせると、俺はシャルロットと合流すべく再び歩き出した。

 

 




貴重な品は複数有った。

本と種、そしてメダル。

本の部分で嫌な予感がするのは気のせいか。

次回、第二百七十二話「そうすんなり納得して貰えるとは思ってませんよ、でもね」

ああ、やっぱりサブタイトルにネタバレ臭。

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