強くて逃亡者   作:闇谷 紅

31 / 554
第二十八話「結果は覆らない」

「はぁ」

 

 確かに弟子にしてくれと言ってきたのは、シャルロットである。

 

(そもそも仲間として同行するとなると、考えてたことの大半は無駄になるよな)

 

 だが、それでもいいと何処かで思ってしまうほどに俺は罪悪感を抱いていたのだ。

 

(結局、決めさせてしまったのだから……なら俺は)

 

 当初の予定通りに動くと決めた。原作知識がうろ覚えだったことによって起きた失敗分の修正を加えた上で、だ。

 

(おやすみ、シャルロット)

 

 賢者の石の件を伝えた後、やはり参っていたらしい勇者は気がつけば寝息をベッドでたてていて、俺はシャルロットを起こさぬように声を出さずにただ毛布だけを掛けてやると、部屋の外に出てドアに鍵をかけた。

 

(さて、バニーさん達はまだ取り込み中の可能性もあるな)

 

 となると、まずは僧侶のオッサンと話に行くべきだろう。女戦士は賢者の石を使った時あの場に居なかったのだから。

 

「おや? 今からお散歩ですかな?」

 

「いや、いいタイミングと言うべきか」

 

 丁度宿を出ようとしたところで宿屋に戻ってきた僧侶のオッサンと鉢合わせた俺は、話があると告げた。

 

「お話しですか」

 

「少々人前では言いづらい話だがな」

 

「ほほぅ、わかりました。悩める者の話を聞くのも神に仕える僕の役目」

 

 俺としては賢者の石のことを口止めするつもりだったのだが、オッサンは懺悔したいことがあるととったらしい。

 

「ならば拙僧の部屋でお話を伺いましょうかな」

 

「助かる」

 

 もっとも、この時点での勘違いなどどうでも良いことだ、勇者が寝ている俺の部屋で何て流れになるよりは。

 

(朝になればシャルロットだって誤解だと説明してくれるだろうけど、嫁入り前の女の子だし)

 

 風評被害の厄介さは女戦士の一件で学習済みだ。

 

「さてと、ではお話を伺いましょう」

 

「ああ、実は塔で使った『アレ』のことだが――」

 

 僧侶のオッサンの部屋に着いた俺は、オッサンと向き合う形で椅子に座るとすぐさま本題に入り、賢者の石の存在を明かすことの危険性を語り出した。勇者に語った俺の危惧も何割か一緒に話す形でだ。

 

「……ふむ、言われてみれば口外するのは危険ですな。承知しました」

 

 最初は懺悔でないことに驚いた様子ではあったものの、オッサンはすんなり口外無用という言葉を快諾してくれた。そこまではいい。

 

「では、本題に移りますかな?」

 

「っ」

 

「戦闘の方は駆け出しもいいところですが、これでも信者の方々から相談を持ちかけられることは多々ありましてな」

 

 いや、「そこまではいい」など俺がこのオッサンを知らぬ間に見くびっていたのだろう。あれは勘違いなどではなく、俺が悩んでいることを見抜いていたのだ。

 

(レベルだけが人の強さ、じゃないよな)

 

 俺は、レベルがカンストしていることに何処かで慢心していたらしい。借り物の身体だというのに。一瞬心を読まれたのかとさえ思ったが、オッサンは年長者だ、人生と言う経験値では俺にかなうはずもない。

 

「勇者様が一歩踏み込んで来られた理由は、貴方の方がご存じの筈です。ならば答えはシンプル、受け入れるか、拒絶するか」

 

 確かに、そうだ。

 

(責任とは言っていたが、シャルロットは「あれっぽっちの火傷」でそこまで思い詰めてたんだよな)

 

 後々のことまで考えると「攻撃や回復の呪文を使えること」も「レベルがカンストしてること」も伏せておくのが正しい。

 

 エゴの贖罪として正式なパーティーの一員となり勇者に尽くす道も提示はしたが、シャルロットが選んだのは、もう一方。

 

「勇者様のことです、責任をとると言われたのではないですかな? それは酷い言い方をすれば『勇者様のエゴであり、自己満足』でもあ」

 

 話し続けていたオッサンの言葉が不意に途切れる。

 

「す、すまん」

 

 無意識に放出した俺の殺気によって。

 

「い、いえ。微動だにされてないのに殺されるかと思いましたぞ、貴方がご同輩なら噂に聞く死の呪文でも唱えられたかと思うぐらいでしたが……ともあれ、一瞬とは言え我を忘れる程に勇者様を思っておられるご様子、ならば拙僧の戯れ言などもう必要は無いのではありませんかな?」

 

 オッサンの言いたいことはわかる、さっきの言いようにしても俺の本心をはっきりさせる為に言ったことだと言うのだってすぐに気づいたから謝った。

 

(けど、もう結果は覆らないんだよ)

 

 自分から離れると言っておきながらついて行くのでは、もうストーカーである。つきまといである。衛兵さんこの人です、である。

 

「ただ、お節介ついでにもう一つ言いますと――」

 

 俺の内心には気づかないのか、それとも察していて敢えて触れないのか。立ち上がった僧侶のオッサンは自然な動作で椅子から腰を上げると、部屋の窓辺まで進んで言葉を続ける。

 

「新たな命を授かることになるかは人知の及ばぬ所、杞憂と言うこともありますぞ?」

 

 そう、思い切り想定外なモノを。

 

「は?」

 

「おや、勇者様が貴方の部屋を訪ねて行かれたのでしょう?」

 

 ちょっと待て。

 

(ひょっとして この おっさん おもいっきり ごかい して やがりますか?)

 

 まさか、勇者に要らないことを吹き込んだのもこのオッサンなのだろうか。

 

(畜生、俺の感銘を返せぇぇぇ!)

 

 思わず握った拳に力が入る。

 

「ちょ、ちょっとどうなされましたかな? そんな怖い顔をされ、いや、話せばわかり――」

 

 良かった、バニーさんがセクハラをすると判明してから、バニーさん用に携帯していたロープがあって。

 

「んぐぐ、んーっ、ん゛ーっ」

 

 人を縛ったことなんてこれが初めてだというのに「身体が縛り方を覚えてでもいるかのような感触」を覚えたことは考えないことにして、俺は誰得な生きたオブジェ「僧侶のオッサン縄縛り1/1」をベッドの上に放置すると、オブジェにバニーさん達への伝言を言いつけて部屋を後にする。

 

(何だか妙に疲れたけど……勇者が寝ている今しかないよな)

 

 結果が覆らないなら、当初の予定を完遂して少しでも多く勇者に報いる。

 

 オッサンの勘違い説法(?)を聞いて決意を固めた俺はレオムルの呪文を唱えて姿を透明にすると、一人レーベの村を抜け出したのだった。

 

 




誰が予測した結末か。

僧侶の言葉のどこかに答を見いだした主人公は、己の意志で動き出す。

姿を消して向かうその先は?

次回、第二十九話「俺だから出来ること」にご期待下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。