「その方と出会ったのは、僕が見張りをしてくれている人達に差し入れとして使用人達と軽食を持っていった時のことでした」
バラモスの居るであろうネクロゴンドの方角から何かが凄い速度で飛翔してくるのが見え、周囲は騒然となったという。
(あぁ、シャルロット達がイシスへキメラの翼で飛んでいった時のことかな)
俺が話を聞いて推測する最中も、何人かの戦士が地面へ降りてくる者達のところへ走っていったのですとマリク少年は話を続け。
「ええと、それってひょっとして」
「はい、飛翔してきたのは、あなたとそのお仲間でした」
声を発したシャルロットに頷いて見せた少年は、頬を染め、恥じらってか視線を微かに逸らして言う。
「一目惚れだったと思います」
「え」
「な」
告白に俺が声を漏らしたのは、ほぼ同時に固まったシャルロットとはきっと別の種の驚きからだったと思う。
(話がうまく行きすぎてるよね? いや、待て。まだ確定じゃない。ここで一目惚れの対象がおろち以外って言うオチになることだって充分にあり得る訳だし)
混乱もした。だが、人は自分に都合の良いモノを望んでしまう生き物だ。胸中で慌てるなと自分に言い聞かせつつも望んでいた展開が訪れることを期待している自分は確かに存在していて、だから気づかなかった。
「……シャルロットさん」
いや、気づいていたのを敢えて無視していたのかも知れない。マリクがシャルロットに呼びかけるまでには、僅かな間があったことを。
「あなたと共に……服を纏わず現れた、方の方ですけれど」
ああ、それは言い出しにくくもなるわ、と思うべきか。それとも、期待させておいて実はエリザかシャルロットの方なんじゃないのかよと理不尽な怒りと共にツッコむべきだったか。
「そ、それって……」
「おそらく、シャルロットさんが想像された方で間違いはないと思います」
結局どちらも出来ずただ成り行きを見守って居るだけだった俺の前で、マリク少年はシャルロットへ首肯を返した。
(いや、確かに素っ裸だったのは、おろちだけだったけど)
本当に良いのだろうか、こんなこちらの望む展開がそのままやって来ても。
(いや、楽観視は拙い。きっと何処かに穴があるはずだ、何か大きな問題が)
たから俺は状況の落とし穴を探し始めたが、少し遅かったらしい。
「けど、それって遠巻きに見ていただけで、詳しいことは知らないってことでもありますよね?」
先に口を開いたシャルロットは何かに気づいている様子で、マリクへ問いかけていた。
「そ、それは確かに。僕はあの方の名前さえ知りません」
そして、マリク少年の返答で俺はようやく悟る。
(そっか、この少年はまだおろちが魔物とは知らない筈)
遠巻きに見て一目惚れしただけなら、おろちのことを人間の痴女だと認識していたって不思議はない。
(成る程、トントン拍子に事を運ばせておいて――)
おろちが魔物と知った瞬間掌を返すことだって考えられるのだ。
(と言うか、むしろ魔物とのお付き合いって時点で拒絶反応を起こす方が多数派だよな)
この身体が借り物というのも俺がおろちの夫に収まるのを良しとしない理由でもあるが、いくら人間に化けている時が美女でも、正体はずんぐりとした身体へ複数の首を持つ竜なのだ。
(「朝目が覚めたら多頭のドラゴンが絡み付いてました」とかインパクト抜群の目覚めだよなぁ)
ひょっとして、俺はおろちが魔物と言うことは軽く考えすぎていたのではないだろうか。
(どうしよう、ここでおろちが魔物と知って拒絶されたら計画が頓挫する)
だが、ごめんなさいされても仕方ないよなぁ、と顔には出さず悩んでいた時だった。
「ですが、解ることもあるつもりです。あの方、魔物ですよね?」
マリクの方から、指摘してきたのは。
「えっ、魔も」
「隠す必要はありません。シャルロットさんには魔物使いの心得もあるというのは聞いていましたし、僕が心惹かれたのは、あの方の人としての外見ではなく、本質の方なのですから」
とぼけようとしたのか、発言の真意を聞こうとしたのか。口を開き何か言おうとしたシャルロットを制す様に手を突き出し、頭を振ったマリク少年は続けて語る。
「こんなことを話すのもどうかと最初は思ったのですが、実は僕、人を恋愛対象として見られなくて……」
何でも王位継承権争いやら何やらで人の醜いところばかり見てしまったこの少年、かなりの人間不信に陥っていた時期があったのだとか。
「そんなある日、モンスター格闘場の前で出会ったんです」
それは、試合に出される為に搬入されていた魔物であったらしい。
「魔物使いの方が、良い方だったのでしょうね。大人しくとぐろを巻いていたその竜は凄く綺麗な目をしていて」
以来、爬虫類や竜の魔物に心を引かれる様になったのだとマリク少年は語った。
「もちろん、だからってイシスに攻め寄せてくる魔物とは戦わないといけませんでしたけど」
どことなく悲しそうな目をしたところで、俺は思い出す。そう言えば侵攻してきた魔物の中に水色の細長い東洋風ドラゴンが含まれていたことを。
「ですから、人に姿を変えていても雰囲気とかでなんとなく」
「いや、もういい。流石にそこまで説明されては疑えん」
ただ、あまりにうまく行きすぎると思っていたところを更に押して来るというのは、想定外だった。
(爬虫類とドラゴン系の魔物しか愛せない魔法使いとか……うん、何それ)
確かにイシスというとピラミッドがあるからか、蛇とか似合いそうなイメージはあるが、だからといってピンポイント過ぎはしませんか。
「とりあえず、あいつが魔物でも問題ない、むしろ歓迎と言うところまでは解った。ならば、こちらとしても渡りに船と言うところでもあるのだが」
「え、それはどういう」
「シャルロット」
先程の状況を真逆にしたかのように質問をしようとするマリク少年を手で制しつつ、俺はこの超展開へ暫し呆けていた弟子へと視線をやり。
「お師匠様」
「ああ」
夫候補を放置したまま頷き合った。
エイプリルフール?
ああ、あのお話さえこれの伏線でした。
と言う訳で、逆の方向に突っ走りつつも変態王族なのはある意味変わらなかったという真実。
やったね、これでおろちの婿は確保だ。
次回、第二百六十九話「説明と質問」
たぶん、事情説明的に主人公側のターン。
くどいですが、エイプリルフールの方は近々削除しますので、ご注意を。