強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百六十七話「まずは話を聞いてみよう」

「さ、この中に」

 

「すまん」

 

 促され、軽く頭を下げるとそのまま開けられたドアから建物の中へと足を踏み入れる。

 

「台所、か」

 

 逃げながら辿り着いた場所にあった戸口だっただけあって、俺達が入ってきたのは裏口だったらしい。目に入ってきたのは大きな竈と幾つかの調理台、そして調理器具の数々。

 

「お師匠様、これって」

 

「あぁ、建物の大きさから予想はしていたが……随分高価な食器が並んでいるようだな」

 

 金持ちかそれなりに身分のある者の屋敷とでも言ったところか。

 

(とりあえず、こんな大きな屋敷へ無遠慮に乗り込んでこられる人はなかなか居ないと思うけど)

 

 追っ手はもう気にしなくても済むにしてもそうなってくると俺達を匿う形にやったこの屋敷の主人の意図が気になってくる。

 

(さっきの使用人の独断とは思えないし)

 

 いくらこの国の英雄と言えど、流石に主へ黙って他人を屋敷に上げるのは問題だ。となれば、主が命じたとしか思えず。

 

(考えられるのは、大まかに分けると「純粋な好意で助けてくれたケース」と「匿った恩を笠に着て何か要求してくるケース」の二つだよな)

 

 前者なら良い、だが後者だと要求によっては面倒なことにだってなる。

 

(ま、その時は強行突破しちゃえば良いだけだけど)

 

 警戒は解かずに向こうの出方を待つ。

 

「すみません、お待たせしました。勇者シャルロット様、実は私どもの主が、あなた様にお話ししたいことがあると」

 

「お話、ですか?」

 

「ええ」

 

 少しして裏口の方から戻ってきた使用人は一礼するなり口を開き、オウム返しに問うたシャルロットへ頷きを返した。

 

(まあ、そうなるよなぁ)

 

 この流れからすれば予想出来たことではある。

 

「ええと、そのお話……お師匠様と一緒でもいいですか?」

 

「もちろんでございます。こちらはお話しを聞いて頂く側。それに」

 

「それに、何だ?」

 

 ちらりとこちらを窺いつつ質問するシャルロットへ首肯を返し使用人が最後まで言い終えるよりも早く、俺は口を挟んだ。同伴OKと言われているならわざわざ聞く必要もなかったかも知れない、にもかかわらず。

 

「あぁ、そこからは僕がお話ししますよ」

 

「えっ」

 

 声を上げて振り返ったのは、俺ではなくシャルロットだった。

 

「成る程、そちらがこの館の」

 

 盗賊という職業柄かこの身体のスペックが高いからか、口を挟んだ時には足音に気づいていたのだ。

 

「はい。先日はこのイシスを救って頂きありがとうございました。僕はマリク。このイシスで王族の末席に名を連ねる身の者です」

 

「「王族?!」」

 

 ただし、その名乗りは少々想定外であったが。

 

「ただし城ではなくこの城下町に身を置いていることから察して頂けると思いますが、本当に末席です。先日の防衛戦にも魔法使いとして参戦を許されるぐらいにね」

 

「魔法……使い?」

 

「はい。護身用に最初は剣を習ったんですが、そちらには殆ど才能がないそうで、何かないかと一通り試してみたところ、攻撃用の呪文にはそれなりに適正があったようなんです。とは言っても、僕に扱えるのはギラが精一杯ですが」

 

 凝視した自称王族の少年は情けなさそうな表情を作るが、見たところシャルロットより年少に見える。

 

「失礼だが年は?」

 

「今年の春に十四になりました」

 

「えっ、ボクより二つ下でギラまで?!」

 

 ぶしつけな質問へ少年が返す答えへシャルロットが衝撃を受けているが、是非もない。シャルロットは旅だった十六歳の時点では攻撃呪文の初歩中の初歩であるメラの呪文さえ使えなかったのだから。

 

(まぁ、魔法使いの方が呪文の習得は早い訳なんだけど)

 

 年齢からするとそれなりに才能はあるのかも知れない。王族という恵まれた身分で英才教育を受けられたから、なんて理由が考えられるとしても。

 

(しっかし、こう、何というかおろちの夫になる魔法使いを捜してるタイミングでこうピンポイントに将来有望そうな魔法使いと会うとか)

 

 これで実はおろちに一目惚れしましたとか言い出したら、ありがたいけれどご都合主義過ぎるだろと思わずツッコミを入れてしまいかねない。

 

(いや、こっちとしてはそっちの方が都合は良いんだけどね)

 

 世の中、期待させておいて落とすという極悪トラップもそう少なくはない。

 

「そうか。すまんな、呪文の使い手が不足しがちだったとは聞いたが、成人に至らぬ王族の参戦を許す程だったとは……」

 

「僕が無理を言ったんですよ。僕達王族や貴族は支える民あってのものですから、『普段支えて貰っている以上、非常時には民を害す者達を切り払う刃とならないといけない』と」

 

「ふむ」

 

 粗末な武器とはした金を渡して大魔王を倒してこいとか無茶ぶりするどこぞの王様に聞かせてやりたいと思ってしまうのは、俺の心が狭いのだろうか。

 

「『驚いたな』などと言ってしまえば侮辱にあたるな」

 

 だが、驚いたのは事実だった。

 

(綺麗な王族というか、テンプレ的王族主人公というか)

 

 魔法使いの素養面でも人間的にも優れた人に見えた。殆どの呪文が使えるレベルカンストした盗賊の身体になっておきながら、大魔王討伐から逃げだそうとした俺とは雲泥の差である。

 

(ああ、穴があったら入って埋まりたい)

 

 どこをどうしたら、こんなに差が付くのか。ポーカーフェイスを表向き保っているつもりだが、心の憶測はシャルロットと大差ない。俺もまた、人としての器の差に思い切り凹んでいた。

 

「ですが、僕は大した戦力になりませんでした。この国と町が救われたのは、あなたのお陰です、勇者シャルロット」

 

「そ、そんなことないです。ボク、あなたの歳だったら戦うどころか格闘場に避難させられてただろうし」

 

 だから、声には出せずに言う。お願いだからシャルロットをいじめないでくれと。自分より明らかに心根が上の相手に持ち上げられるとか、居たたまれなくて逃げ出したくなる、それはきっと俺だけじゃなくてシャルロットも同じだと思うのだ、反応を見る限り。

 

「感謝なら式典で女王からされている。それより、シャルロットに話があるそうだったが?」

 

 ならば、シャルロットを救うのに俺が出来ることは、ただ単刀直入に切り出し話題を変えることぐらいで、冷たい対応になったのはご容赦願いたい。俺も居たたまれなくていっぱいいっぱいだったのだから。

 

「ああ、そうでしたね。すみません、脱線してしまって」

 

「いや、話を逸らしたのは俺だからな、謝罪の必要はない。それより」

 

 言外に本題に入ることを俺は促し。

 

「はい、お話の内容でしたね。実はお会いしたい方が居るんです」

 

 マリクは一つ頷くと語り始めた。

 

 

 




二人の前に現れた王族の少年、マリク。

思わず主人公を疑心暗鬼にさせるほど都合の良い彼はいったいどんな顔芸を見せ……もとい、いったいどんな話を切り出すというのか。

いかん、イシスっぽくて魔法使いっぽさそうな名前としてつけたのに顔芸のイメージがっ。

次回、第二百六十八話「えっ、本当に一目惚れですか?」

サブタイトルでネタバレしてるって?

きっときのせいですよ?
 

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