強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百六十六話「候補者を捜して」

「流石にまだあの戦いの爪痕があちこちに残っているな」

 

 始まった降下の中、視界に飛び込んできたイシスの城下町へ目をやりつつポツリと呟く。

 

 先日の攻防戦で撃ち落とされた水色ドラゴンが突っ込んで半壊した民家などは魔物の死体こそ片付けられているものの、崩壊した壁の部分は急場しのぎに板が打ちつけてあるだけだったりして、元通りと言いづらい場所が探すまでもなく目に飛び込んでくる。

 

「そうですね、あの時はボクも戦いだけで精一杯でしたし」

 

「まぁ、俺達にはやることが山積みだ。それに、町のことは町の人間に任せた方が良かろう。下手に手を貸しすぎてもかえってイシスの民の自主性を奪いかね――」

 

 心を痛めた様子のシャルロットをフォローしつつ俺が着地しようとした瞬間だった。

 

「さぁ、いらっしゃいいらっしゃい。うちはこのイシス最大の危機に駆けつけて下さったあの勇者シャルロット様が逗留されていた宿だよ。英雄の宿泊したお部屋、一見の価値有りだよ?」

 

「は?」

 

「え?」

 

 俺とシャルロットの視線は多分同じ所に向いたと思う。宿屋の前で呼び込みをしている宿の従業員らしき人物へ。

 

「うおっ」

 

「っきゃあ」

 

 だから、思わず気をとられて着地に失敗したとしてもそれは無理のないことだった。

 

「痛た……お師匠様、すみません。大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ。何とかな」

 

 結果として、シャルロットに押し倒されたかの様な格好で下敷きになった俺はかけられた声に応じ、シャルロットが起きあがるのを待った。ちなみに、シャルロットは鎧を着ているので、役得的なモノは何もないことは敢えて言及しておこうと思う。

 

(しっかし、商魂逞しいというか、なんというか……)

 

 勇者の逗留を謳い文句にするというのは、別に独創的でも何でもないが、行動力ありすぎだろと言うのが俺の感想でもあった。

 

「それはそれとして、あの宿屋の側を通るのは避けた方が良さそうだな」

 

「え? けど、お師匠様……ああいうのちょっと恥ずかしくて」

 

「気持ちはわかる。だがな、相手は商売人だ」

 

 抗議しに行くのも一つの手ではあるが、何だかんだで人の良いシャルロットのことだ。丸め込まれて結局宣伝に利用される未来が簡単に予想出来てしまった。

 

「相応に口の立つ商人とかならともかく、お前では厳しいだろう。向こうも生活がかかっているだろうしな。しかし、こうなってくるとその装備というのは微妙だったか」

 

 今のシャルロットが身につけている鎧は恩賞授与式などでシャルロットが身につけていただいちのよろい。攻防戦では格闘場の地下に避難していたイシスの人々にとって一番見る機会の多かった出で立ちである。

 

(おろちの目撃者を捜すなら一番良いのはおろちと一緒にシャルロットがここに来た時の格好だけど)

 

 あの、水着ベースの破廉恥衣装を着ろなどとシャルロットに命じられる程、冷酷非情ではない。というか、そんな装備では俺自身へ目のやり場に困るという大問題が発生してしまう。

 

「でも、おろちちゃんのことに興味を持った人が接触してくるならボクがボクだってわかりやすい格好の方が――」

 

「ああ。それは事実だが、だからといって聞き込みに支障をきたす様では、問題だろう」

 

 健気にこれで良いというシャルロットへ俺は頭を振って見せ、荷物から畳んだ布を取り出す。

 

「これを羽織っておけ。この城下町でお前は申し分なしに英雄だからな。いざというときは身を隠せるモノがあった方が良かろう」

 

 本来は自分用に用意していたフード付きマントなのだが、宿の従業員の呼び込みを見ていると、予期せぬアクシデントに引っかかる可能性は否定出来ない。

 

「お師匠様」

 

 だから、感極まった様子でこちらを見るシャルロットに無言でマントを押しつけた。無駄に好感度を上げてしまった気がするが、一応厄介ごと除けの方がメインなのだ。

 

「……おい、あれって勇者様じゃないか?」

 

「えっ、あ、確かに」 

 

 噂をすれば影と言うべきか、それともとうとう見つかってしまったと言うべきか。

 

「ほんと、勇者様だわ」

 

「そういや俺、この町を救って頂いたのにお礼直接言ってねぇんだよなぁ、怪我して寝てたし」

 

 一人二人が気づくと、勇者が居るという情報はざわめきと共に周囲へ波及してゆく。

 

「シャルロット、すぐ、走れるか?」

 

「え、あっ、はい」

 

 この手の展開は漫画やアニメで何度か見たことがある、つまり。

 

「「勇者様ぁぁぁっ」」

 

「ちっ、やはりか」

 

「あ」

 

 殺到するファンやら何やらにもみくちゃにされる展開である。俺は舌打ちするなりシャルロットの手を掴むと、地面を蹴って走り出した。

 

「おろちのことを聞くなら良い機会かもしれんが」

 

 あのままではまともに会話になるとは思いがたい。

 

「で、でつね」

 

「無理に、答えなくて、良い。舌を、噛む、ぞ」

 

 しかし、客寄せのダシに使われてる時点で予想の甘さに気づくべきだったのだろう、シャルロットの人気は俺にとって予測の域を遙かにオーバーしていた。

 

(ひょっとしたら俺もアッサラームには二度と足を運べないかも知れないなぁ)

 

 スレッジならともかく、勇者の師匠の姿ではここで大したことをしていない俺だが、アッサラームではぱふぱふの呪いというふざけた呪いを解いて一応町を救っているのだ。

 

(まぁ、モシャスと変装を併用すれば俺自身は問題ない訳だけど)

 

 だが、シャルロットはそうもゆくまい。

 

(うーん、サマンオサに行って変化の杖を借りてくるべきか)

 

 サマンオサでは家宝扱いだった気もする他者に変身する杖だが、こういう時に使えば騒動を避けられるのは間違いない。

 

(何処かのすごろく場でマスを調べれば拾えた気もするけど、マイラかジパングに追加されるすごろく場のどっちかだったもんな)

 

 現状、記憶にあるすごろく場は訪れることが出来ない。となれば、消去法でサマンオサに行って借りてくるしかなく。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

「ん?」

 

 考え事をしつつ、町の人から逃げている時だった。割と大きな建物の戸口で、手招きする使用人らしき人に声をかけられたのは。

 

「ど、どうしまつ、お師匠様?」

 

「このまま逃げ続けているよりはマシだろう。いざとなれば強行突破だって出来る」

 

 少し不安げにこちらを見るシャルロットへそう返すと、俺は手招きしていた使用人へ駆け寄るのだった。

 




主人公達を呼び寄せた使用人とは?

次回、第二百六十七話「まずは話を聞いてみよう」


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