強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百六十四話「あの、おろちさんってどういう男性が好みなんでしょうかね?」

「さてと」

 

 悩むだけの時間は終わりを告げた。そもそも情報が全然足りない状況で考えても仕方ないことだったのだ。

 

「戻ってきたと言うことは、何か進展があったのかえ?」

 

「その前に、お前に聞いておきたいことがある」

 

 ヒミコの屋敷に戻ってきて再度お付きの人に再来訪を告げると、すぐさまおろちの居る部屋に通され、期待に瞳を輝かせるおろちと対面した俺は、そう前置きしてから切り出した。

 

「お前は伴侶が人間だったとしても問題ないか?」

 

 この時点でNOの答えが返ってくれば、俺がおろちの夫になる展開は避けられる。そんな淡い期待をしたことは否定しない。

 

「ちょっと待つのじゃ、それとあの方にどういう関係が」

 

「質問に答えろ。答えたら説明する」

 

「ぬぅ、本当じゃな? 本当に話してくれるのじゃな? 質問の答えは『はい』じゃ」

 

 念を押してからおろちが口にした答えは俺の期待を木っ端微塵に打ち砕いたが、やはりと思うところもあった。命の危機だったとはいえ、以前俺へ身体を投げ出してくる様な真似をこのおろちはしたのだ。人間が駄目だったら、せくしーぎゃるでかつあちらからすれば命の危機とはいえ、ああはしなかっただろう。

 

「成る程な、ならば問題はないか。実は、お前の言うあのお方だが、人間が呪文で変じた竜の可能性が出てきた」

 

「な、あのお方が人間?」

 

「まだ可能性の段階だ。だが、故に確認を取っておきたかった訳だ。手を尽くして見つけてきて『人間は嫌』などと言われた日には骨折り損だからな」

 

 驚くおろちに訂正を加えつつもっともらしい理由を挙げ。

 

「そして次に人間と仮定した場合で聞いておきたいのだが、相手が人間だという前提での好みはあるか? 呪文で変身しているなら、素の顔でないと言うことだろう?」

 

 連れてきたら本来の顔が好みではないというか生理的に受け付けないと言う状況になっては探し当てても意味はないと理論武装し、俺は羊皮紙とペンを取り出したまま、おろちの答えを待った。

 

「むぅぅ、そうよのう。気を回して貰って悪いのじゃが、好みというのは特にないの。わらわからすると人間はどれも大差なく見える。強いて言うなら、わらわは強き雄を求む。その点であのお方は申し分無しじゃった」

 

「ふむ」

 

 受け入れられないタイプの男が存在しないという意味ではおろちの答えは喜ぶべきなのだろうが、逆に好みのタイプも存在しないという意味でもある。

 

(……おろちの好みに容姿の方で合わせるという方法はまず使えないか)

 

 強さに関してはそれこそレベル上げである程度どうにかなるものの、育てるには時間がかかる。

 

(まぁ、男なら誰でも良いと考えればあてがう男性を見つけやすくなった訳でもあるけど)

 

 そもそも一緒になる相手が魔物であっても問題ないという前提条件が必須なのだから、おろち側の条件がこれぐらいゆるゆるで助かったのかもしれない。

 

(となると、やっぱりイシスでの聞き込みは重要だな)

 

 おろちの方の条件がほぼないと言っても過言でない以上、もしかしたらイシスで逸材が見つかる可能性もある。

 

「なら問題はないな。竜に変ずる呪文は会得に相応の実力を必要とすると聞いている。もしドラゴラムの呪文を使う者を見かけたらそれとなくお前のことを伝えておこう。先方がお前に興味を持ったなら、訪ねてくるか俺が連れてくることもあるやもしれんが」

 

「うむ、任せておいてたもれ。協力してくれるおまえ様に恥をかかせる様なことはせぬ」

 

「わかった。その言葉、信じよう」

 

 まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。

 

「そうだ、一枚、お前の姿絵を描いたものを貰えるか?」

 

「絵かえ? 何故その様なものを」

 

「はぁ」

 

 綻びそうになる顔をポーカーフェイスで抑えて要求すれば、おろちは訝しげな顔をし、察しの悪さに今度は演技無しで嘆息する。

 

「少しは考えろ。お前の言うあのお方はお前自身に気づいた訳ではないのだろう? お前に好意を寄せる相手が居ると説明するにも口だけより絵があった方がどんな相手か説明しやすいだろうに」

 

「おぉ」

 

 竜の魔物であって人の容姿に頓着しないからこそ気づかなかったのだとは思うが、人に化けた時のおろちの容姿こそが今回の場合、最大の武器になる。

 

(権力の方は女王の子供を育てることになると放棄せざるをえないからなぁ)

 

 となれば、一度姿を見せているイシスはさておき、他の場所も回ることになるなら姿絵は欠かせない。

 

「あい解った。おまえ様は今宿屋に逗留して居るのじゃったの? そちらに送り届けさせよう」

 

「頼むぞ。ではさらばだ、今度来る時は何らかの成果を持って来て見せよう」

 

 おろちに背を向け、俺はそのまま歩き出す。

 

(よっしゃぁぁぁっ、これで第一段階はクリアだ)

 

 ここに来る前と比べれば、格段に状況は良くなっていると思う。

 

(これで、シャルロット達にも良い途中報告が出来るなぁ)

 

 まだおろちの夫候補が見つかった訳ではないので、油断は禁物だろうけれど。

 

(とりあえず、宿屋に戻ったらシャルロット達と打ち合わせしつつおろちの姿絵が来るのを待って、絵が到着したらイシスに移動かな)

 

 ただし、絵の到着が遅ければ一泊して出発は次の日の朝延ばす予定だ。

 

(聞き込みするのに現地の人が寝てる時間に向こうへ着いてもどうしようもないし)

 

 何にしても絵が届かないことには、シャルロットと合流しないことには動きようもない。

 

「しかし、イシスか」

 

 つい先日激戦のあった地を思い出しつつ、一人ポツリと呟いた。

 

 

 




おろちの容姿はどうでも良い発言を受け、勢いづく主人公。

果たしてイシスで求める人材には出会えるのか。

次回、第二百六十五話「候補者を捜して」

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