「すまんな、迷惑をかけた」
鍵を外しドアを開け、バニーさんを迎え入れながら感謝と謝意を籠めて軽く頭を下げる。
(さて)
直前まで鍵がかかっていた部屋の中にシャルロットと二人きり。しかも俺が先程見た時とは違う。ある意味絶体絶命の状況にも見えるのだが、俺は冷静だった。勿論、理由が会ってのことだが。
(推理小説に感謝だな)
何巻のどの話だったかはあやふやだが、昔読んだ推理モノの密室殺人トリックが応用出来ることに気づいたのが幸いだった。バニーさんの帰還でパニックに陥りかけたシャルロットは今、バニーさんから死角になる場所へ隠れて貰っている。
(これで、とりあえず首の皮一枚繋がった筈)
シャルロットの方は後でなにがしらかのケアが必要になってくると思うものの、それにはまずバニーさんへの対応を完璧にこなさねばならない。
(みんなに伝えると言って退室したけど、シャルロットはここだもんなぁ)
バニーさんは戻ってきたと言うよりもシャルロットが見つからないことを伝えに来た可能性がある。
「い、いえ。その……良かったです、気が付かれて」
「そう言って貰えるとありがたい。ところで、俺が起きたことは皆に伝えたのか?」
だから、俺の謝罪に応じるバニーさんへわざわざ自分から話題を振ったのは、確認の為だ。
「すみません。その、探したのですけれど、シャルさんだけ……見つからなくて」
「成る程、それで入れ違いになっていないかと確認に来た訳か」
「す、すみません」
すぐ謝るところと引っ込み思案でおどおどしてるところは変わらない、と言う点を含みバニーさんの答えは想定通り。
「気にすることはない。なら、他の皆の所へ顔を出しがてら探すのを手伝おう。この部屋に書き置きを残しておけば、入れ違いもあるまい」
あとは、書き置きするから先に行ってくれとバニーさんをやり過ごし、少し後で部屋を出る様シャルロットへ言い含め、自分も部屋の外へ出ればいい。
(適当にある程度探したところで「行き違いになったかもしれん」とか言い出して引き返し、シャルロットと合流すれば、後は朝までに出発の準備を住ませるだけだ)
不本意な形だが、睡眠は充分とった。気を失っていたのを睡眠と言って良いモノならば。
「さて、俺は書き置きを残してから後を追おう」
「すみません、その、ご主人様」
「あぁ。書き置き一枚だ、そんなに時間はかかるまい。ではな」
着替えの時に中を漁って口が開き放しの鞄を一瞥した俺はバニーさんを送り出し。
「シャルロット」
足音が遠ざかるのを待ってから、呼びかける。
「聞いての通りだ。俺は一足早くここを出る。お前は少し時間をおいてから俺を追いかけてきてくれ」
目覚めた時ベッドだったので推測だが、ここがトーカ君達の集落にある民家なら、部屋数はそう多くないと思うのだ。長の家とかであれば話は別だろうが、それでもヒミコの屋敷程立派とは思えない。
(今度は本当に行き違う、なんてことはないはず)
「お、お師匠様……ボク」
「……シャルロット」
伝えることは伝え、想定外の可能性について考えつつ立ち去ろうとした俺は、背中へ投げられたシャルロットの声に立ち止まると、振り返らずに続ける。
「すまん、刹那の間では流石に動揺するお前を止める方法を他に思いつかなくてな」
ただ、やはりちょっと拙かったとも思う。抱きしめたのは。腕力の差で暴れられても抑えつけられるし、胸に押しつけることで口もふさげ、耳も近いから小声でこちらの意思も伝えやすい。パニックに陥りかけた状態の相手を何とかするには、一件理にかなっている様で、思い切り誤解されかねない行動だったのだ。
(俺もテンパっていたとは言え、なぁ)
後のフォローを考えると頭は痛いが、あんまりモタモタしているとバニーさんが戻ってきてしまうだろう。
「続きはまた後で、な」
話の続き、シャルロットに納得したり許して貰うにはどうすればいいかまで考えている余裕はなくて、その場しのぎの言葉を残すと、ドアを開け、そそくさと退散する。
(さてと、バニーさん達にはこのまま顔を見せれば問題ないとして)
やはり、問題はシャルロットへの言い訳というか、アフターケアだろう。
(誤解されない為には、早めに弁解しておいた方が良いんだろうけど、それこそ今はバニーさんを追わないと不自然だし)
釈明の機会は、早くてもバニーさん達と合流後、シャルロットを「発見」した以降にしかやって来ない。その辺りを含んで「また後で」と言ったつもりではある。
(うん、あるんだけど……問題は、もう夜なんだよなぁ)
部屋の窓からは星空が見えたので間違いはない。
(明日出立することを鑑みると、シャルロットに夜更かしはさせられないし)
長話は、どう考えてもNGである。
(と言うか、次の日の朝シャルロットが寝不足になっていたりしたら)
常識的に考えて、俺を気絶させた件を気に病んで眠れなかったとみんなは見るだろう。
(いや、それならまだ良い方か)
もし、俺の居る部屋にシャルロットが入って行くところまで誰かに見られていたら。
(絶対変な誤解されるよね、得に僧侶のオッサン)
お忍びでポルトガへバカンスに行った一件はまだ覚えている。
「いや、出立の準備をシャルロットにも手伝って貰っていたら徹夜させてしまってな」
とか、俺が言い訳したところで信用して貰えるかどうか。
「出立……そうか、出立か」
出立の準備を理由にした先延ばしと言うのを思いつき。
「いや、いかん。どう考えてもその手の方法は状況悪化を招いたあげくツケが回ってくる」
頭を振って、ロクでもない案を投げ捨てる。
(焦るな、まだバニーさんに追いついてもいないんだ。時間はある、今の内に全て丸く収まる良案を――)
望みは捨てず、歩きつつも考え。
「……お、お師匠様。ボクです、その」
(おかしい……ついさっきまでバニーさんを追いかけていたような……)
気が付くと、俺は部屋でシャルロットの声とドアをノックする音を聞いていた。
窮地を脱したように見えて、どう見ても状況悪化したようにしか見えない罠。
自分から底なし沼にはまりに言っているようにしか見えない、主人公は一体どうするつもりなのか。
次回、第二百五十五話「ねぇ、シャルロットおばあさん。その後おばあさんはどうしたの?」
いや、ウラシマ現象置きすぎ。