強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百五十三話「シャル得」

「ええと、下着は……確か、鞄の中に」

 

 バニーさんがみんなに知らせてくる的なことを言って去って行くのを見届けた俺は、身を起こして周囲を見回すと自分の鞄を見つけて、ベッドから降り鞄の口を開けた。

 

(みんなが来る前に着替えてしまわないと)

 

 早着替えならそれなりに自信はある。

 

「白か。とりあえずこれと、これと……」

 

 下着の上下に、やみのころもの下に着る服の上下。

 

(旅をしてると毎日着替えるとか出来ないんだよなぁ。洗濯出来る場所も限られるし)

 

 干すことまで考えると日中半日滞在する様な場所でないと、洗濯は厳しい。

 

(夜中だから洗濯も諦めるしかないけど、せっかく人の居るところに泊まってるんだ。せめて着替えくらいはしないと)

 

 みんなが来るのに寝たためにあちこちにシワや折り目の付いた服で会うのもどうかというのもある。

 

(地図を見る限り、明日の早朝にここを立った場合、早ければ明日の内に竜の女王の城につく)

 

 相手は女王だ、流石に数日着たままの服で会うわけにもいかない。とりあえず、着替えを確保した俺は、服を脱ぎ始め。

 

「ん?」

 

 違和感を感じて、手を止める。

 

「……気のせいかな?」

 

 視線を感じたような気がしたのだが、周囲を見回しても誰も居らず。

 

「はぁ」

 

 思わずため息をつく。最近、足音を殺して潜入だの追跡だのをしたりしたせいか、神経質になりすぎているのだろう。

 

「急がないと」

 

 そもそも、のんびりしては居られないのだ。意を決すと、俺は下着も一気に脱ぎ去り。

 

「ん? 今、何か……あ」

 

 何か聞こえた様な気がして周囲を見回し、致命的なことに気づいて固まった。

 

(よくよく考えたらこの部屋のドア、鍵かけてないよな)

 

 気づけて良かった、とつくづく思う。

 

「と言うか、鍵もかけずに着替えをするとか……」

 

 やっぱり起きあけでまともに頭が働いていなかったのだろう。

 

「危ないところだった」

 

 一歩間違えば、シャルロットやバニーさん達へ全裸でグッドイブニングするところだったのだ。

 

(いくら他人の身体だからって、ねぇ)

 

 いや、他人だからこそ人に裸を見せるのは拙かろう。もちろん、自分の身体だったらOKかと言われればそれもないけれど。

 

(ごく普通に捕まるよな)

 

 ちかんは、いけないとおもう。

 

「さて、さっさと着替えてしまうとするか」

 

 ドアまで行って鍵をかけるのに、数秒とはいえ時間をロスしてしまった。

 

(ついでに、ボロが出ない様そろそろ口調もお師匠様モードに完全移行しておかないと)

 

 だいたい、起きたばかりとは言えぼんやりしすぎていたのだ。

 

「俺もまだまだだな。着替えの前に鍵をかけ忘れたかと思えば……」

 

 顔を真っ赤にしたまま顔を逸らして立っているシャルロットの幻まで見えるのだから。

 

「いくら寝ぼけたとしても、限度があるだろうに……弟子の幻を見るなど」

 

 だいたい、さっき見回した時はシャルロットの姿なんて何処にもなかったのだ。

 

(実は欲求不満だったりするんだろうか)

 

 だとしても、シャルロットに裸を見せたいなんて願望はない。無いと思いたい。

 

「人間の想像力は時として真実を見誤る。枯れた草を幽霊と見間違う、などな」

 

 きっと、シャルロットに見えるこれも娘さんの服を着せたマネキンか何かなのだ。

 

「ふ、まぁ……そんな風に現実逃避をしている場合でもないか」

 

 まずは着替え終えるべきだろう。流石に下を出しっぱなしは、相手が幻でも色々拙い。俺は下着をはき、アンダーシャツに袖を通すとズボンをはき、上も着る。後は、誰かが脱がせてくれていた手袋へ手を入れれば、着替えは終了である。

 

「こんなところか。シャルロット、すまんがそこのマントをとって貰えるか?」

 

 背を向いたまま、幻の居た方に声を投げたのはちょっとした冗談だ。幻が、返事をするはずがない。

 

「ひゃ、ひゃいっ」

 

 そう、上擦った声を返してくる筈など――。

 

(え゛)

 

 硬直してしまった身体を無理矢理動かして振り返ると、そこには顔を真っ赤にしたまま俯きながらマントを差し出す弟子の姿が。

 

(あるぇ?)

 

 一体何がどうして、こうなった。最近の幻には返事をしたり着替えをお手伝いしてくれるサポートシステムが完備なのだろうか。

 

(だとしたら すごいよね。 おみせ に かい に ゆかなくちゃ)

 

 脳内でふざけてみたけれど、現実は変わらない。

 

「……シャルロット」

 

「ぁぅ」

 

 名を呼んでみると、肩がビクッと震え。当人ならこうなるであろうなと言う反応に、ようやく俺は認めざるを得なくなった。目の前のシャルロットが、本物なのだと。

 

(うああああっ)

 

 同時に頭を抱えたくもなった。後にどう続けるべきか迷ったのもあるが、バニーさんは他の人に俺が起きたことを伝えに出ていったのだ。その他の人にはシャルロットも含まれる訳であり、当然探すだろう。

 

(そして、探しても居ないと騒ぎになった後、大脱出ものの手品よろしく俺の居た部屋から現れる訳ですね、顔の赤いままで)

 

 何かあったと勘ぐるには充分すぎる状況証拠。俺の社会的信用が窮地に立たされる可能性大である。

 

(いや、落ち着け、落ち着くんだ、俺。まだこれは最悪じゃない)

 

 部屋に鍵をかけたことで、最悪のケース「全裸の俺とシャルロットがお見合いしてるところに皆さん登場」は避けられた。そう考えれば、まだマシな状況なのだ。

 

(って、それで安心出来るかーっ!)

 

「うぅ」

 

 目の前でプルプル震えてる可愛い生き物が、明らかに俺の言葉を待っていて、俺は続けて何を言うかでひたすら迷っていた。

 

(どうしよう、ここはふざけて「次からは一回500Gな」か)

 

 いかん、良い子のシャルロットのことだ、冗談と受け取らずかつ負い目を感じて本当にお金を持ってくる可能性がある。

 

(じゃあ、「これでイシスの件はチャラだ」とか)

 

 って、心の傷を剔ってどうする。

 

(なら、「どうだ、俺は美しいだろう?」はないわな)

 

 これじゃただの変態だ。

 

(ここはこう、師匠のイメージを崩さず何かスマートに一件落着させる一言を)

 

 自分で自分に無茶降りしているのはわかるが、この難局を乗り切らないとバニーさん達が来てしまう。

 

「お、お師匠様……その」

 

「すまんな、着替えを手伝わせて」

 

 迷いに迷ったあげく、口に出したのは感謝の言葉。

 

(あ)

 

 言ってしまってから、皮肉にもとれることに気づいた俺は、とっさにシャルロットの頭に手を置き、撫で。

 

「す、すみません、ご主人さ――」

 

 バニーさんの声がドアの向こうでしたのは、直後のことだった。

 

 




着替え、見られちゃった。

次回、第二百五十四話「出立」


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