強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百三十六話「お宅訪問をしてみよう」

「流石にあれを蹴るのはやめておいた方が良いか」

 

 転がる球形を見ると何となく足が出てしまいそうになるが、前をゆくそれは自分の命と引き替えに敵を消し飛ばす自爆呪文の使い手である。反射呪文を走りながら唱えた俺自身は大丈夫だが、助けようと思って追いかけている覆面マントの変態が消し飛んでしまっては、追いかけてきた意味もない。

 

(勢いはついているが、あの大きさなら前に回ればっ)

 

 こういう時、素早さがウリの盗賊で良かったと思う。ペースを上げて一気に転がるばくだんいわを追い越し。

 

「止まれぇぇぇぇっ!」

 

 前に回り込むと盾をかざして転がり続けるそれを受け止める。

 

「うぐっ」

 

 相当勢いがついていたらしくかなりの衝撃が盾ごしに伝わってきたが、俺の装備している盾はみかがみのたて。そんじょそこらで売っている安物の品とは訳が違う。

 

「……まぁそうだろうな」

 

 ビキッと音を立てて割れたのは、転がってきたばくだん岩の方だった。多分、転がってくる間にもあちこちにぶつけてダメージが蓄積していたのだろう。

 

「さてと」

 

 見た訳ではないが、盾の向こうで身じろぎしたので、死んだ訳ではなさそうなのは理解している。ただ、動くたびにパキッとかピシッとか音がして、欠片が草の上に落ちていたりもした。

 

「メ、メ……」

 

「とりあえず、そこのお前、全力で逃げろ」

 

 盾の向こうから不穏な声が漏れてきたので、後ろを振り返らず、受け止めた魔物を刺激せぬ様、出来るだけ声は荒げずに言う。

 

「あ、うわぁぁぁぁ」

 

 だが、俺の気遣いも半ば無駄になったかも知れない。後方にいた変態の叫び声が遠ざかり。

 

「メ、メ……ガ……ン」

 

 刺激された生ける危険物が呪文を唱え始めたのだ。

 

「っ、舐めるなぁぁぁっ!」

 

 だが、わざわざ自爆を許すつもりはない。盾を退け、足を後ろに引くと渾身の力で俺は「それ」を蹴りつけた。

 

「シュゥゥゥゥッ!」

 

 流石に水色生き物と違って固く重いが、全力ならある程度の高さまでは打ち上げられる。

 

(今だっ)

 

 ばくだんいわの呪文が発動するよりも早く、片手を突き出すと、呪文を唱える。

 

「イオナズンっ」

 

 打ち上げたと言っても標的との距離はあまり離れていない。まさに自分を巻き込む零距離とは行かないまでも至近距離での呪文による爆破。

 

「ふ、シャルロット……すまんな。俺は」

 

 次の瞬間、視界は真っ白に漂白され、耳を塞ぐことさえ無益に思えるほどの爆音と共に出現した爆発が俺を飲み込んだ。

 

 そして、数秒後。

 

「いや、無傷な訳だがな」

 

 呟いたが、自分の声を知覚できたかどうかは怪しいところだった。

 

「とりあえず、ベホイミ、と」 

 

 自分の両耳に回復呪文をかけるが、爆発の煙やら巻き上がった塵はまだ晴れない。

 

「あの呪文用にマホカンタをかけていて助かったな。しかし、これを応用すれば、零距離からのイオナズンも理論上は可能か」

 

 やり方次第では自爆呪文に見せかけて自分が死んだことにするのに使えると思う。

 

(サイモンにもう一度マシュ・ガイアーして貰って何処かで入れ替わり、死亡を装うかぁ)

 

 バラモスがイシスを侵攻などしてこなければこの方法で勇者サイモンへバラモスが向けた目は欺けたかも知れない。

 

「まぁ、今更だな」

 

 だいたい今の勇者一行には蘇生呪文を覚えたシャルロットが居る。敵味方を両方欺く死んだ振り詐欺をやらかすには無理があった。遺体を絶対に回収されない方法で行使しなければ、蘇生を試みられて失敗しかねない。

 

「まぁ、検証はこれぐらいにしてとりあえず、変態を追うか」

 

 俺の記憶が確かならあの変態の魔物名はデスストーカーだったと思うのだが、つきまとう人の名を冠する魔物を追いかけるというのも微妙にシュールな字面な気がする。

 

「追跡者はチェイサーだったな。となるとさしずめ今の俺は『デスストーカーチェイサー』」

 

 こんなくだらないことを考えられるのも、ある意味余裕のなせることか。

 

「べ、別にツッコミが居なくて寂しい何て訳じゃないからな」

 

 つくづく仲間達と一緒にいる時間が長かったのだと、密かに実感する。

 

「いかんな……こう独り言が多くては危ない人と思われてしまう」

 

 とりあえず、さっきの変態をさっさと見つけよう。苦笑を隠さず、ただ足跡を追跡し。

 

(ふーむ。これは、何と言えば良いのやら)

 

 辿り着いた先は先程の家。

 

「おい、ばあさん! いるんだろ? ばあさん!」

 

 見つけたのは、変態が必死にドアへ拳を叩き付けているという、謎の光景だった。

 

「ええい、やかましい。何の用じゃ?」

 

「良かった。ちょっと来てくれ、恩人が大変なんだ! オレを庇って爆弾岩の爆発に……確かばあさんは回復呪文が使えただろ? それで――」

 

(成る程なぁ)

 

 どうやら、変態の方は俺が助けたことを恩に感じ、助けを求めに来た、ということらしい。

 

(まぁ、人型だからなぁ。ジーンの時みたいに中身が人間ならこういう展開もアリと言えばアリかぁ)

 

 そして、頼りにした所から察するに、この二人はおそらく顔見知り。

 

「爆弾岩じゃと? 一体何があったんじゃ?」

 

「オレは何もしてねぇよ、山道を歩いてたら、急に爆弾岩が転がってきて、必死に逃げたけど追いつかれそうになったところで、そいつが助けてくれたんだ」

 

「ふむぅ、そう言えばさっきあっちの方で何ぞ爆発音がしたのぅ。して、その恩人は」

 

 身振り手振りを交えて説明する変態の話を吟味しつつ老婆は冷静に質問をし。

 

「そ、それが逃げるのに必死で顔も見てねぇ」

 

「……呆れてモノが言えぬとは、このことじゃな」

 

 言いづらそうにしつつも結局白状した変態を見て顔を引きつらせた。

 

(とりあえず、話を聞いている分には悪い魔物という感じはしないが……だからこそやりづらいな)

 

 一連のやりとりを物陰から目撃した俺は、密かに嘆息しつつ片手で顔を覆う。あからさまな外道なら斬り捨てて終わりで良いのだが、なまじ恩に感じてくれているからこそ始末が悪い。

 

(あの言い様だと、助けに入ったのが魔物なのか人間なのかすら解っていないようだし)

 

 出て行くタイミングという意味合いでも少し困る。変態の方はさておき、老婆の方は冷静な様だし、ばくだんいわのメガンテに巻き込まれたなら、変態の言う恩人は生きていないものと見なすだろう。

 

(今出て行くと、相手の反応が読めないし、タイミングを逸すと死者扱いされるし)

 

 もっとも、このまま隠れていてもどうしようもない訳で。

 

「どうやら無事だった様だな」

 

 物陰から出るなり、取り込み中の二人へと無造作に声をかけた。

 




外道かと思ったら外道でなかった?

合流してしまった魔物達の前に姿を見せた主人公。

魔物達からすればこの予期せぬ出会いが招くものとは?

次回、第二百三十七話「魔法おばば」

入力ミスなのかこのまほうおばば、周辺の魔物と比べるとモンスターレベルがやけに低いんですよね。

まほうおばば:Lv12
ばくだんいわ:Lv26
デスストーカー:Lv32


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