強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二十四話「悪夢と後悔」

「ああぁぁあぁぁぁああぁっ!」

 

 目を瞑ってしまっていたから、俺が最初に知覚出来たのは雄叫びのような声とダンッと強く床を蹴る音のみ。

 

「がっ」

 

(うぐ、一体何が……)

 

 短い悲鳴と誰かの倒れる音がし、俺は顔のひりつく様な感覚を堪えながら目を開ける。

 

「シャル……ロット?」

 

 首を巡らせて勇者を捜す俺の視界へ最初に入ってきたのは、首がおかしな角度に曲がった黒覆面男の死体。

 

(これは、あいつがやったのか?)

 

 おそらく横薙ぎ振るった銅の剣で首を狙ったのだろう。だが、手を下したはずのシャルロットの姿はそこになく。

 

「っ」

 

 ちゃりり、という金属の音を辿ってようやく探し人の姿を見つけるに至った。

 

「シャル」

 

 此方に背を向けた勇者は無言で財布から片手を抜き、さそりばちの群れ目掛けて振るう。

 

「な」

 

 理解が追いついたのは、乾いた音を立て「誰か」に群がっていたさそりばちの一匹が弾かれるように吹き飛んだ直後。

 

(今のは……ゴールド?!)

 

 吹っ飛ばされたさそりばちが即座に飛び上がるのを見るに大したダメージはない。だが、ゴールドのつぶてが命中して魔物に集られていた者の姿が露わになる。

 

(バニーさん? そうか……今の内にバニーさんを助け)

 

 助けるつもりだったのか、と俺は納得しかけた、だが。

 

「メラっ」

 

「なに……?」

 

 勇者ははじき飛ばされたさそりばちに向けた指から火の玉を飛ばし、撃ち落とすなり再び床を蹴る。

 

(シャルロット?)

 

 一瞬で仲間を火だるまにされ、しかも自分達に向かって来たシャルロットを脅威と見たのかさそりばち達はバニーさんの上から飛び立つと勇者に飛びかかった。

 

 無言、そして表情一つ変えずシャルロットはさそりばちの尾やハサミから身をかわし、逆に後方に回り込んだ一匹の羽音だけを頼りに後ろ蹴りで蹴り飛ばすと正面の個体を銅の剣で粉砕する。

 

(今のは、バニーさんと追いかけっこした時の)

 

 一瞬回避行動に過去の学習を見いだした俺を置き去りに淡々と冷酷に勇者は魔物を屠って行く、まるで作業の様に。

 

(トラウマを克服した? いや、あればそんなんじゃ)

 

「ううぅ」

 

(そうだ、あっちは?!)

 

 豹変した勇者、火傷の痛みも忘れて呆然としていた俺を我に返らせたのは、後背からの呻き声。俺が飛び出したのも、メラを喰らったと思わしき女魔法使いを庇う為だった。一時とはいえ、忘れていたのはどうかしている。

 

「大じょ」

 

「少し手を退けて頂けますかな? ホイミ」

 

 慌てて、声をかけようとすれば、いつの間にか僧侶のオッサンが隣に跪いて回復呪文を魔法使いのお姉さんにかけていた。

 

(これで向こうは一安心か、なら俺はせめてバニーさんを回収しないと)

 

 非常事態だ、出遅れただとか言うつもりは毛頭無い。そもそもシャルロットの様子だって気になる。

 

「加勢するぞ」

 

 俺は勇者の答えも待たず、羽音を周囲にばらまいていた「さそりばち」の一匹をまじゅうのつめでスライスすると、床に転がったまま動かないバニーさんの脇に膝をつく。

 

(やっぱり麻痺かなぁ、とは言え俺が解麻痺呪文のキアリク使う訳にはいかないし)

 

 僧侶のオッサンもまだ覚えているとは思えないが、バニーさんを此処に放置しておく訳にもゆくまい。

 

「ちぃっ、しつこい」

 

 シャルロットから逃げるように此方へ飛んできた別のさそりばちを両断すると、俺はバニーさんの身体を脇に抱え上げると後方を振り返った。

 

「悪いが、こいつを頼めるか?」

 

 勇者に全てを任せるには相手が悪かった、仲間を呼ぶのだ「さそりばち」は。

 

(いくらシャルロットが斬っても減少した分以上の増援が来てしまえば――)

 

 まして、勇者の変わりようも気になった。

 

「承りましょう」

 

 頷いた僧侶のオッサンに俺も頷きで応じると、数歩近寄ってバニーさんの身体を床に横たえると今度は女魔法使いに声をかけた。

 

「まだ呪文が唱えられるなら援護を頼む。麻痺毒にやられたら面倒だ」

 

 だから早く倒さないといけないと思ったのだが。

 

「あの、麻痺毒を持つのは『さそりばち』ではなく別の魔物ではありませんかな?」

 

(え?)

 

 オッサンの言葉に俺は固まった。

 

「ならば、これは一体……」

 

 僧侶の指摘に俺は自身の思い違いを知ったが、ならば足下の遊び人はなぜさそりばちに群がられたまま動かなかったのか。一同の視線がバニーさんに集まり、次の瞬間。

 

「うぅん、ごめんなさいごめんなさい……もうお仕置きは止め」

 

 こてんとひっくり返って寝言を口にしたバニーさんに空気が凍る。

 

(あーそっか、遊び人って戦闘中なのに急に寝たりしたわな)

 

 マヒして動けなかったと思ったのだが、実は遊び人特有な「戦闘中のおふざけ」が原因だったらしい。

 

「……サラ」

 

「承知しましたわ」

 

 俺が促せば、目の据わった魔法使いのお姉さんは束ねたロープを引っ張ってバチンと鳴らす。

 

「ひっ、え? あれ? ……あ」

 

 バニーさんが怯えた声を上げて跳ね起き、女魔法使いを見て固まるが、止める気はない。

 

「今晩が楽しみですわ……ですけど、その前に――」

 

「っ、そうだった! シャルロットの加勢に戻らねば」

 

 俺も「さそりばち」が麻痺毒を持つと勘違いしていたのは悪いと思う、だが。

 

(いくらなんでも「これ」はないだろ、バニーさん)

 

 安堵と罪悪感とやるせなさとその他諸々がない交ぜになった俺は、感情のはけ口を求め。

 

「ごめんなさいっ」

 

 お仕置きを恐れるバニーさんは涙目で「さそりばち」に斬りかかる。

 

「これなら、何とかなりそうですな」

 

 他のパーティーメンバーが復活した上に俺が加勢に加わったのだ、もう負ける要素などない。

 

「ですが……勇者様は」

 

 だと言うのに僧侶のオッサンの向けた視線の先、変わってしまった勇者の様子が不安をかき立てて。

 

「くそっ」

 

 俺は嫌な予感を振り払うようにさそりばちを斬り捨てる。

 

(シャルロット……)

 

 先程俺が加勢するといった時もシャルロットは反応を見せなかった。いや、見えていなかったのではないか。

 

(俺のせいか?)

 

 大切な仲間が傷つき、倒れる様は悪夢だ。ただでさえ勇者は一度心を折られかけている。

 

(俺が「まほうつかい」のことを覚えていたら、呪文が使えることを隠していなかったら……)

 

 苦い後悔が俺の口の中に滲んだ。

 

 




我を忘れたように殺戮を続ける勇者。

主人公は苦渋を噛みしめ残る魔物を掃討する。

倒すべきモノが居なくなった時、勇者は?

次回、第二十五話「暴走の先は」にご期待下さい。

尚、勇者が連続行動しているように見えますが、あれは他のメンバーが「驚きとまどった」り「ぼーっとしていた」為です。
ので、不正はなかった

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