強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二十三話「覚悟」

「こっちだよ」

 

 魔物に足止めを喰らっていた女戦士と俺が合流したのは、三階に上がってすぐだった。

 

「この分だと勇者達は最上階に行ってる可能性もあるな」

 

「かもね」

 

 二階とは違い、所々に転がる魔物の骸にはまだ体温を失っていないものが幾つか存在している。

 

「……はん、『人を斬る』ねぇ」

 

 俺の危惧も此処に至るまでで女戦士には伝えてある。

 

「あぁ。人型の魔物としては、勇者達にとって遭遇する初めての相手になるはずだ」

 

 獣や水色生き物の様なものならまだ抵抗感も薄い方だろう。だが、人型の魔物となるとどうか。

 

(お約束、一種の通過儀礼なんて言い方は不謹慎だけど)

 

 前に読んだことのある異世界トリップ系の展開がある小説などでも「人の姿をした敵の登場」は主人公の前に立ちはだかる大きな壁だった。

 

(俺にとっても壁なんだよな、これって)

 

 この身体は一度世界を救っている、そう言う意味では何を今更と言われるかもしれないが、攻撃されて消滅するドット絵とゲームの中に来てから戦った魔物はまるで違う。

 

 少なくとも動物の魔物については死体が残っているし、斬れば血を流した。

 

(だったら、人型の魔物は……)

 

 出来れば、考えたくもない。第一、魔物は此方の躊躇に付き合ってくれないのだ。

 

「勇者はこの間までスライム一匹を倒すのがやっとだった、人を相手にした経験などあると思うか?」

 

「言われてみれば……あたいは職業訓練所の出だからね」

 

 たぶん、戦士としての心構えとかでその手のメンタル的な問題は既に解決済みなのだろう、故に思い至らなかった、と。

 

「アンタが焦ってた理由は納得したよ。殺し合いの中で一瞬だろうと迷いは死だ、仲間か自分のね」

 

 そう、もし勇者が躊躇している間に「まほうつかい」が呪文を唱えたら。使えるのは、初歩的な攻撃呪文一つとはいえ、他の魔物の物理攻撃とは比べものにならない。

 

「シャルロットならメラの一、二発には耐えうる」

 

 だが、未熟な上に打たれ弱い同行者なら、どうか。

 

(一応護衛もいるとは言え、ゲーム通りだと……)

 

 彼らは勇者一行が全滅しそうになって初めて動く。

 

(蘇生呪文だって使えるけど、人前で使う訳にはいかないし……何より、そんな事態になったら)

 

 最悪の事態を想像し、俺は拳を強く握りしめた。

 

「自分の躊躇で味方が傷ついたとしたら、どうなると思う?」

 

「あの娘が気に病む、かい?」

 

 わざわざこんな問答をしてる暇すら惜しい。

 

「そう、だっ」

 

「ギャァァァッ」

 

 羽根を斬り飛ばされて転がっていた「じんめんちょう」の身体で天井付近を旋回していた「おおがらす」を撃墜すると、俺は床を蹴って前方に転がる。

 

「ゲロゲロッ」

 

 声の主が伸ばした舌は何もない空間を薙いで戻った。

 

「またかい、その顔は見飽きたんだよこのカエル野郎ッ」

 

「グゲッ」

 

 引っ込む舌を追いかけるように肉薄した女戦士が銅の剣で「フロッガー」の顔面を粉砕し、俺は前転で稼いだ距離を使って懐に飛び込んだ赤と青のストライプ模様をした昆虫の魔物「さそりばち」をまじゅうのつめで両断する。

 

「魔物が行く手を塞ぐ、か」

 

 むろん気配は殺して進んでいるのだが、魔物に気づかれにくくなる忍び歩きも万能ではない。

 

「こっちに来てる可能性は低いってことかい?」

 

「いや、魔物とて一所にじっとしている訳ではないだろう。第一、あそこを見ろ」

 

 そう言って俺が前方に転がった魔物の骸を指し示した時。

 

「っきゃぁぁぁぁ」

 

 フロアに悲鳴が響いた。

 

「くそっ」

 

 人の居る方向は解ったが、嫌な予感が急速に膨らむ。

 

(大丈夫だ、勇者には賢者の石が)

 

 勇者へ渡したお守り代わり、一時は我ながら過保護と苦笑さえしたそれに、俺は縋った。

 

(あれさえ使えば、俺が駆けつけるまでの時間ぐらいは――)

 

 今の勇者達なら難しくないと思っていた塔の攻略は、どうしてこんなことになってしまったのか。

 

「っ」

 

 全力で走っていた俺は頭上からの羽音に気づいて、前方にダイブし。

 

(この、急いでいる時に――)

 

 身を起こすと共に振り返って羽音の主に手を向けて、硬直した。

 

「コイツらはあたいに任せな! アンタは、先に」

 

 追いかけてきた女戦士の目に気づいたのだ、これでは呪文を唱えられない。

 

(くっ)

 

 かといって女戦士に任せるには敵が厄介すぎた。麻痺毒を持つ尾で刺した相手を麻痺させる「さそりばち」の群れ、単独で相手をして万が一麻痺でもしようものなら、待つのは嬲り殺しにされる未来だけ。

 

(どうしろって言うんだよ)

 

 呪文さえ使えば、鎧袖一触ではある。だが、人前で攻撃呪文が使えるという事実をさらけ出す、覚悟はまだ無かった。

 

「頼むっ」

 

 焦燥の中、俺はまた逃げて、女戦士に背を向ける。

 

「落ちろっ」

 

 せめてもと自分に一番近かった「さそりばち」を斬り捨て、女戦士に襲いかかろうとしていた別の一匹を投げたダガーで撃ち落として。

 

(間に合えよ……ん?)

 

 再び駆け出した俺が一瞬足を止めたのは、魔物ではなく人の姿を見つけたから。

 

「勇者はこの先か?」

 

「っ、お前は……ああ」

 

「ここは俺が代わろう、向こうで女戦士が一人さそりばちの群れと戦っている。そっちに助勢してくれ」

 

 勇者達を見張っている護衛から肯定の答えを受け取ると、女戦士への援軍を頼み声の方に急ぐ。

 

「あれ、か……」

 

 折れ曲がった通路を進み、見えてきた外壁のない回廊へ彫像のように立つ勇者の姿。

 

「無事か、シャ」

 

 声をかけようとし、俺は言葉を失う。床に横たわり「さそりばち」に群がられる「誰か」。

 

「うぐっ、うぅ」

 

 帽子を投げ出し顔を片手で覆って蹲る魔法使いのお姉さん。

 

「ちぃっ」

 

 勇者の向こうに立つ黒覆面の魔物が立てた指を「敵」へ向けるのを見て、俺は飛び出していた。

 

『メラ』

 

 放たれた火の玉は身を守ることなど考える余裕もなかった俺の視界一杯に広がり。

 

「お師……匠さま?」

 

 顔面を焼く呪文の熱さの中、聞いたのは勇者のかすれた声だった。

 




たどり着いた先で見たのは、残酷な現実。

主人公は身を挺して誰かを庇い、そして勇者シャルロットは――。

次回、第二十四話「悪夢と後悔」にご期待下さい。

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