強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百二十二話「まほうのかぎ」

「シャルロット、ボタンはお前が押せ」

 

 自分では押さず、俺がそう言って弟子に任せたのにも理由はある。

 

(ゲームだと外れの場合のトラップは落とし穴だったよなぁ)

 

 記憶違いの可能性もあるが、少なくともダメージを受けるようなトラップだった覚えはない。

 

(多分シャルロットの覚えてる方の歌で正解だとは思うけど、念には念を入れないとね)

 

 最初から押した人間が落下すると解っていれば、やりようはある。当人が押した直後に飛び退くのもアリだが、間に合うかというの問題がある。なら、はなから他人に押させて、自分はその相手を支えていた方が確実と言う訳だ。

 

(おばちゃんが忠告とか警告とかそう言うことを何も言ってこないって時点で問題はない筈)

 

 仮にもここを住処にしていたのだ。仕掛けを知らないと言うのは考えにくい。

 

「お師匠様?」

 

「夥しい数のミイラが徘徊している以上、奇襲も警戒せねばならんのでな」

 

 ついでに言うなら、きょとんとしたシャルロットに向けて語ったこの弁解もどきにも嘘はない。気配探知や襲撃警戒と言うモノは大抵盗賊のお仕事の一つなのだ。

 

(まぁ、トラップ解除とかもそうなんだけどね)

 

 原作知識で対策をしてるので、今回は大目に見てもらおうと思う。

 

「わかりまちた。じゃあ、押しますね?」

 

「ああ」

 

 俺も緊張故にシャルロットが噛んでしまったことには触れない。ただ、頷き。

 

「えい……あれ?」

 

「おそらく、必要な全てのボタンを押してようやく何かが起こるのだろう」

 

 ボタンを押し込み怪訝な顔をしたシャルロットの身体から推測を口にしつつ手を放す。

 

「そっか」

 

「まだ一つめだからな。まぁ、順番が解っていれば単なる作業なのだろうが」

 

 納得した様子のシャルロットに肩をすくめて見せながら、俺は手の中で分銅を弄んだ。

 

「「ゴォオオオォォ」」

 

「問題は、守護者ですな」

 

 僧侶のオッサンが向けた視線の先からこちらにやって来るミイラ達の存在に、気づいていたから。

 

「ああ、まったく面倒だ。だが、こんな所で時間を浪費する訳にもいかん」

 

 ついでに精神力を浪費する訳にもいかない。

 

「俺が、このチェーンクロスで道を切り開く。シャルロット、ミリー、お前達は倒しきれなかった者へのトドメを頼みたい」

 

「はい」

 

「は、はい」

 

「いい返事だ、頼むぞ」

 

 ぶっちゃけおばちゃんにも手伝って貰おうかと思ったが、背中に死体を背負っているので、敢えて除外した。

 

「では私達は呪文で援護をすればよろしいですの?」

 

「いや、ボタンはまだ三つある。精神力は温存しておいてくれ」

 

 ただでさえ、無尽蔵かと言うほど湧いてくるのだ。俺は魔法使いのお姉さんへ頭を振ると、次に勇者サイモンへと視線を向ける。

 

「敵はシャルロット達までで何とか出来ると思うが、念のため、殿をお願いしたい」

 

「承知した」

 

 合流前の戦い方に合わせた形にした訳だが、普段の形に近い方が戦いやすいと思ったからだ。

 

「ところで、お師匠様」

 

「ん?」

 

 シャルロットに呼び止められたのは、そんな感じで指示を出し終え、出発する直前のこと。

 

「あの子達には指示を出さなくて良いのですか?」

 

「ああ、あいつらか」

 

 仲間にした魔物を示すシャルロットに納得してから、俺は続ける。

 

「あいつらにはお前が指示を出すんだ」

 

 と。

 

「本来ならば、お前がリーダーであるのだからな。他者に指示を出すことに慣れて貰わねばならん。まぁ、俺が居ない間とてうまくやっていたようだし、今更かもしれんがな」

 

 そも、俺はシャルロットの師匠と言うことになっている。ならば、シャルロットにはリーダーとして相応しい人物として育てる義務もあると思うのだ。

 

「お師匠様……」

 

「ふ、俺は先に行くぞ? 遅れぬようにな」

 

 先程からこっちに歩み寄ってくるミイラおとこ達との距離はまだあるものの、空気を読んでくれるとは思えない。

 

「まぁ、無断侵入してる身としては、文句を言うのは筋違いかもしれんが」

 

 道を塞ぐなら、薙ぎ払わせて貰おう。

 

「でやぁぁぁっ」

 

「「グゴォ」」

 

 肉迫し、ただ鎖分銅を横に振るうだけ。

 

「はぁっ」

 

「「ガッ」」

 

 前の軌跡と交差するように逆側からもう一閃。

 

「こんなところか」

 

「す、すごい……」

 

 殆どのミイラを再起不能にすると後ろから声が漏れ。

 

「何体か虫の息だ、トドメを頼む」

 

「え、あ、は、はい」

 

 これ幸いとバニーさんにミイラを任せて更に先へ進む。

 

「「ゴァァァァッ」」

 

(まぁ、おかわりはいくらでもあると思ってたからね)

 

 戦闘の音を聞きつけたのか、単なる偶然か。表上は動じず、内心で嘆息し登場した新手もほぼ同じように処理した俺は、先程通ってきた通路を分岐点まで引き返した。

 

「はぁ……持ちきれん」

 

 気がつけば手の中にはすごろく券の束。俺の中の盗賊は無意識のうちに仕事をしたらしい。

 

「お師匠様ぁ」

 

「ん? 来たか、シャルロット。ちょうど良い、これを袋に入れてくれ」

 

「え、あ、これって」

 

「何、ミイラ共からの戦利品だ」

 

 何故ミイラがすごろく券を持っているのかは謎だが、きっとイシスの王族がすごろく好きだったりしたのだろう。

 

すごろく場は、アッサラームとイシスを結ぶ道から逸れたところにあったと思うし。

 

「いつか、暇が出来たら遊びに行くのもいいかもしれんな」

 

 魔法の鍵を手に入れたあとにでも。

 

(ま、それはそれとして……今は、鍵を手に入れないと)

 

 ああも敵が湧いてくると、スレッジの時に使ったドラゴラムが恋しいが、魔法使いのお姉さんはまだ覚えていないであろうし、是非もない。

 

「とにかく、先を急ぐぞ」

 

「ォォォォ」

 

「ァァァァ」

 

 促した直後に、声がした場合、やはり「お前に言ったんじゃねぇよ」とツッコむべきなのだろうか。

 

「はぁ、ちょっと足を止めただけでこれか。……シャルロット、俺についてこい」

 

「えっ」

 

「何故驚く? 俺だけではまたすぐに荷物が一杯になってしまうのでな」

 

 一人で先行したのは、本当に失敗だった。

 

「あ、はい。ですよね、そうでつよね……」

 

「すまんな、荷物持ちのようなことをさせて」

 

 俺個人としても、ダンジョンの心得とか、洞窟での戦い方とかもっと師匠らしく講義とかをしても見たいと思っているのだが、いかんせん。

 

「「ゴォォォ」」

 

 ミイラ達は空気を読まない。

 

「邪魔だぁぁぁっ」

 

 この後、無茶苦茶鎖分銅を振るった。

 

「はぁはぁ、はぁ……おひ、お師匠様、これが……さいご、です」

 

「はぁ、はぁ、すまん、な……シャル、ロット。無理を……させた」

 

 まさか、この身体のスペックで息が切れるとは思わなかったが、ともあれ数えるのも嫌になるぐらいのミイラとの戦いを経て、俺達は何とか最後のボタンの前まで辿り着いた。

 

「……ボタンは押せるか? 無理なら俺が」

 

「い、いえ……ここまで……来ましたから、ボクが押しまつ」

 

「そうか……なら、俺は空気の読めぬ輩の相手だな」

 

 シャルロットの意思を尊重したかったのも有るが、本当にしつこいミイラ達だと心から思う。

 

「「ゴオオオオオッ」」

 

「はあっ」

 

 質は大したことがない、問題は数。

 

「「ゴッ……ォ」」

 

 再び振るったチェーンクロスに何体もの包帯にくるまれた身体が薙ぎ払われ。

 

「「オオォォ」」

 

「くっ」

 

 倒した敵の向こうには、更にミイラおとこ達の群れ。

 

「ベギラマ」

 

「ォアァァァッ」

 

 押し寄せてこようとした次の波は、直後に燃え上がって炎の海と化す。

 

「はぁはぁはぁ、やっと追いつきましたわよ。飛ばしすぎですわ」

 

「す、すまん。呪文を使わせるつもりはなかったのだが」

 

 それは虚勢や誇張のつもりなどない。肉体的にはまだ余裕があったのだ。増援に思わず顔をしかめてしまったのは、精神的な方で余裕がなくなりつつあったからで。

 

「え?」

 

「今のは」

 

 この時、何か重い物が動くような音がしなければ、俺はもう暫く魔法使いのお姉さんに怒られていたと思う。

 

「これで岩扉が開いたはずだ……」

 

 この階層で重くて動きそうなモノというとあれぐらいしか思いつかないからな、とそれっぽい理由で何故か仕掛けで動くモノが何かを知っていたという点を誤魔化し。その後、何とかまほうのかぎを入手した俺達はピラミッドの天辺を目指した。

 

「お師匠様……綺麗ですね」

 

「あ、あぁ」

 

 たどり着いた、先は一面が茜色。

 

「ここなら空が見える。ルーラの呪文で脱出も可能だが」

 

「……もう少しだけ見ていても良いですか?」

 

 シャルロットがそう尋ねてくることは、予想していた。

 

「ああ」

 

 ちなみに、ここに辿り着くまでに手に入れたすごろく券の数は二百枚を優に越え。

 

「では、暫く足止めしてきますかな」

 

「待て、私も行こう」

 

 多分、更に増えるのは間違いない。

 

「全く、やはり空気が読めん奴らだ」

 

 景色を眺める時間さえ、誰かが足止めせねば作れないとは。

 

「す、すみません……お、重くありませんかご主人様」

 

「いや」

 

 番人を少しだけ鬱陶しく思いつつも背中から伝わる柔らかな重みの主に俺はポーカーフェイスで答えた。

 

(と言うか、バニーさん、そんなに身を乗り出すと、あ、当たって――)

 

 うん、何でもないです。

 




ピラミッド探索、ミイラを倒したことでたまりゆく、すごろく券。

よくよく考えれば、それなりに使える景品があることも思い出した主人公は、寄り道することを決意する。

次回、第二百二十三話「すごろく場を目指して」

た、たまには息抜きも必要ですよね?

尚、現在の別行動組みの動きは以下の通り。


<クシナタ隊、商人お姉さん他>
アリアハン経由でポルトガへ

<スミレさん&カナメさん及び元親衛隊アークマージ組>
バハラタからダーマの探索へ

<クシナタさん他>
アッサラームからロマリア方面へ

<エリザ+元親衛隊スノードラゴン組>
親衛隊のスノードラゴンを護衛に、箒で船やラーミアが無いと行けない場所をルーラのリストに載せるお仕事へ

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