強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百十九話「まさかの結末」

「おーっほっほっほっほっほっほっほ、これで呪文は通じませんわよ」

 

「くっ」

 

 高笑いし勝ち誇る魔法使いのお姉さんの前で、俺は顔を歪めた。一応俺の身体には遊び人時代に培ったらしいロープワークというか縄縛術という対処手段も残されては居るが、これを使った場合出来上がるのは十中八九、卑猥な縛られ方をした魔法使いのお姉さんと言うことになる。

 

(まず間違いなく僧侶のオッサンを巻き込むし、巻き込まなかったとしても社会的に俺が死ぬよね)

 

 だいたい、何で俺はあのお姉さんと戦っているというのか。

 

「いや、愚問か……」

 

 ご主人様と俺を慕ってくれるバニーさんを見捨てることなど出来るはずも無かったのだ。

 

(それに、呪いさえなければ遊び人だってことを忘れそうになるくらい良い子だもんな……ん? 遊び人?)

 

 引っかかりを覚えたのは、一つのキーワード。

 

「そうか」

 

 単語はひらめきに変わり、ひらめきは目の前の状況への解決策をあっさりと導き出す。

 

「これを使え」

 

「え、あ、ご主人様?」

 

 俺は即座に腕へ通していた束ねたロープをバニーさんへと突き出し、理解にまだ至っていないバニーさんへ向け続けて言った。

 

「遊び人なのだろう、なら人の縛り方は一通り仕込まれてる筈だ」

 

 そう、ジパング出身の元々はごく普通なお姉さんだったスミレさんですら職業訓練所を出た時には、いろんな意味で完全な遊び人となっていたのだ。なら、バニーさんも縛ることは出来るはず。

 

「そ、それは……一通り、習いました……けど」

 

「今、俺に助けられたとして……俺が居ない時、サラがまたこうなったらどうする?」

 

「す、すみません……」

 

 見捨てられないと言った側から突き放しているようにも見えるかも知れないが、バニーさんには魔法使いのお姉さんの暴走を止められる力がある。ならばこそ、バニーさんには、自身の力で問題を解決して貰うべきなのだ。

 

「お前がもうすぐ賢者になるなら、それは辛く厳しい苦難の道のりとなるだろう。また、賢者になると言うことは、同時に仲間達から頼りにされる存在に至ると言うことでもある」

 

 故に、時として己が率先して動き、道を切り開く強い意志が求められることもある。

 

「このまま遊び人として生きて行くつもりならば、いい。ここは俺がやろう。だが、生まれ変わり、新たな道を進むつもりが有るな」

 

「ご、ごめんなさい。すみません」

 

 俺の言葉はバニーさんの謝罪によって遮られ、同時に手にかかっていたロープの重みが消失する。

 

「わ、私……や、やります」

 

 口調のせいか引っ込み思案という印象は完全にぬぐえない。だが、ロープの束を持ちこちらへ向けた背中には、強い決意を感じさせて、気づけば俺の口元は綻んでいた。

 

「そうか。ついでに言っておこう。サラがおかしくなっている理由は、俺の推測が確かなら、今あいつが履いている『ガーターベルト』が原因だ。あれを脱がせれば、元に戻る」

 

「え」

 

「だが、それを俺が脱がせるのは問題だろう」

 

 驚きの声を発したバニーさんに冗談めかしつつ、肩をすくめる。

 

「ともあれ、お前ならやれる」

 

 力量的にはまだスミレさんの方が上だろうが、別に遊び人対決をする訳でもない。ターゲットは魔法使いのお姉さんだ。

 

「は、はい」

 

「いい返事だ」

 

 この短いやりとりの数分後、せくしーぎゃるっていた魔法使いのお姉さんは縛り上げられた上、バニーさんにガーターベルトを剥ぎ取られた。

 

 

 

 

「……これで、問題は幾つか片づいたか」

 

 バニーさんが精神的に成長出来たことを踏まえれば問題が片づいただけでなく、バラモス討伐にまた一歩近づいた気もするのだが。

 

「あ、あの、ご主人様……」

 

「そうか」

 

 呼ばれて振り返り、バニーさんの顔を見た俺は、その表情からだいたいのことを察して、嘆息した。

 

「人工呼吸の誤解を含めて幾つか誤解は解けたのだがな」

 

 流石に縛り上げられてガーターベルトを剥がされるシーンに居合わせるつもりなどなく、シャルロットとおばちゃんの元に戻った俺はこれ以上誤解が深まる前にと人工呼吸がどういうモノで、どんな効果があるのかを説明し、下心も何もないと全力で釈明した。

 

「そして戻ってきてみれば……まぁ、可能性は大いにあった。むしろ、こうならない方が驚いたかもしれん」

 

 せくしーぎゃるから元に戻った魔法使いのお姉さんは、シャルロットがそうであったように精神的に打ちのめされ、今はシャルロットと僧侶のオッサンが必死に宥めていると言った有様だ。

 

「すまん、私がついていながらこのようなことに……」

 

「いや、謝罪には及ばん。聞けば魔物の襲撃を受け、常に矢面に立っていたと聞いている、だいたい……既婚者があの状態の女の側に居て間違いがあったら拙いと言う判断も間違っているとは思えんしな」

 

 しきりに恐縮して頭を下げてくる勇者サイモンへ俺は頭を振る。バニーさんからも聞いた話だが、勇者サイモン一行はここにやって来る途中でおばちゃんが巻き込まれた砂嵐を発見。逃れようと進路を変えた所でミイラ男達が襲撃してきて、サイモン自身は殿を引き受ける形でバニーさん達を先に行かせたらしい。

 

「まして砂嵐に関しては、どうしようもなかろう。そも、その状況では俺とてどうしようもなかっただろうからな」

 

 砂嵐の迂回に成功し、ミイラ達男達をやっつけ急いで後を追いかけた勇者サイモンが見たものは、逃げた先で自分を待っている筈の仲間が別の仲間に縛られてガーターベルトを剥がされている真っ最中だったと言う訳だ。

 

「最悪、サラには誰か一人随伴者を付けて故郷に帰す」

 

 最初の目的である勇者サイモン一行との合流は果たした。

 

(魔法使いのお姉さん達だけでなく全員ルーラで移動するのも一つの手ではあるけど、せっかくピラミッドの側まで来てるんだもんなぁ)

 

 少し前までならあやしいかげの居る可能性があるピラミッドへ足を運ぶつもりなど皆無だったが、今はおばちゃんが一緒なのだ。

 

(おばちゃんが取りなしてくれれば、あやしいかげとの戦闘を避けてまほうのかぎを回収してくることだって出来るかも知れないし)

 

 そも、おばちゃんの話を聞く限り今のピラミッドにはそもそもの墓の番人であるミイラ達しか存在していない可能性が高い。

 

「せっかくピラミッドの側まで来ているからな。実は、先日――」

 

 ここからは俺がイシス攻防戦を始めとした色々をサイモン達へ説明する時間である。

 

「成る程、確かに、これから旅をするのに鍵は必須であろうな」

 

「ああ、後は……」

 

 行く先がちょっと変更になったとしても些細なこと。サイモンへ頷きを返し、振り返る先は、魔法使いのお姉さんが居る場所。出来れば立ち直ってくれることを祈りつつ、俺はため息をついた。

 

 




バニーさん覚醒回でした。

とりあえず、勇者サイモンとも合流。

次の目的地はピラミッドか?

次回、第二百二十話「サラ」

黒歴史を越え、立ち上がれサラ!

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