「あなた方のお陰でイシスは救われました。喜ばしいことであり、感謝の念に耐えませんわ」
式典が始まり女王様のお言葉の最中だというのに、私の心は半分程別の場所に行っていましたっ。
(あれで、よかったんでしょうかっ)
かって私達を喰い殺した恐るべき魔物、やまたのおろち。バラモス城での予期せぬ遭遇では、恐怖がぶり返し動くことさえままならなくなったという訳ではありませんけどっ、かといって竦んでしまった仲間を救出するような余裕はなく、スー様の警告に従うのが精一杯でしたっ。
(そのおろちがっ……あれは、何と言うかっ)
三度目の遭遇は、人の姿、故郷の女王であらせられたヒミコ様の姿で目隠しといかがわしい縛り方をされていましたっ。もちろん、スー様との会話で私達にしたことを後悔していたこと、詫びる気持ちがあったことはみんな理解したと思いますっ。とは言え、それで許せるかというと別問題でもありましたっ。
(確かに、私も手は出しましたけどっ)
ジパングの民として女王様と同じ姿の相手を叩いたりするのには、抵抗があったのですっ。そう、途中までは。
(復讐は虚しいモノと誰かが言っていた気がしますけれどっ、ある意味でその通りでしたっ)
私達を亡者と勘違いして泣き叫び許しを請うおろち。その様子には、ジパング全体を恐怖に陥れた恐るべき魔物としての畏怖など欠片も感じませんでしたっ。
(気絶したのを絶命したのと勘違いして蘇生を頼みにスー様を呼びにもいきましたけどっ、あれはみんなやりすぎたと思っていたからですよねっ)
蘇生呪文を唱える為に戻ってきたスー様は、おろちの酷い有様を見て、明らかに引いていましたっ。
(ああ、スー様の私達に抱く印象がっ)
ただでさえこれから別行動でスー様と顔を合わせる機会が少なくなると言うのにっ。
「はぁ……」
頭を抱えたくなると言うのはこういう事態を言うんでしょうかっ。
この式典が終われば、私はアリアハンまでキメラの翼で飛んで、勇者様のお知り合いの商人――確かサハリさんとおっしゃるその方へとスー様から伝言を預かってきたという形で接触。その後、ポルトガまで飛び、スー様の手がけている交易網作成計画に加わる新メンバーとして新販路開拓の為の調査船にサハリさんと乗り、ポルトガから西の大陸に新しく町を作ろうとしている老人を捜しだし、町作りに協力することになりますっ。
(スー様のお話通りなら、町が発展すれば宝珠を持った商人の情報が入ってくるはずとのことですしっ)
交易網自体が問題の商人の情報をキャッチする網でもあるのだそうですっ。
「問題の商人から勇者一行の商人はかなりの高額でオーブを買い取り、それを口実に革命を起こされ投獄される流れだったと思うから、オーブを持ってる商人は強欲かオーブ自体を大事にしていた可能性が高い。前者なら交易網によってもたらされる利益を餌にすれば食いついてくると思う。後者だった場合は原作通りの方法で手に入れるしか無いんだけどね」
と、素の口調で語りスー様は苦笑しておられましたけどっ、交渉となれば私の腕の見せ所ですっ。
(良いところを見せて、おろちとの対面で出来た私達クシナタ隊の悪いイメージを払拭しないとっ)
それに、スー様には生き返らせて頂いた恩がありますっ、それを少しでも返したい。
(って、だったら尚のこと考え事なんてしてないで今は女王様の話に集中していないといけませんっ)
影武者の女王様の時にあの人がしてしまったような不敬をする訳にはいかないのですからっ。
「では、まず始めに――」
気を取り直して、女王様の話に耳を傾ければ、最初に名を呼ばれたのは、隊長でしたっ。ただ、この時ふと何かを忘れていたような気がして。
「アリアハンとサマンオサ以外にも勇者がいたとは恥ずかしながら知りませんでしたわ。あなたの放った雷が無ければ我が国の兵士にはもっと多くの犠牲が出ていたことでしょう」
「あ」
気がつくと声が漏れていましたっ、大声でなかったのはある意味で救いですけどっ。視線が思わずスー様の方へと向くのをおさえるのは無理でしたっ。
「隊長が勇者になって勇者様と同じ呪文を使えるようになったのをスー様に伝え忘れていた」
とかそんなことじゃありませんっ。ただ、もの凄く私的なことですっ。
(私のお気に入りの下着、スー様に着て貰ったまま……)
何でこんな大切なことを忘れていたんですか、私っ。
(ああ、側に勇者様はいるしっ、今は式の最中だしっ)
距離からしても、こっそり下着を返して下さいなんて伝えられる状況じゃないのですっ。とは言え、式が終われば私はアリアハンに向かう身、次に何か伝えられるのはいつになることか。
(ううっ、何か方法は……あ、そうですっ! カナメさんから頂いたすごろく券の裏に伝言を書いて、ゴールドに巻き付けて投げればっ)
咄嗟に思いついたにしては、名案だと思いましたっ。ただ、問題は上手くスー様の所に投げられるかと言うことですっ。
(券は一枚……と言うか、こんな文章何枚も書けませんっ)
だいたい外すことを前提にするとか、失敗する予感しかしないと自分にツッコミながら、こっそり伝言を書き終え、ゴールド金貨に券を巻きますっ。
(届いて、私の言葉っ)
ぎゅっとゴールドのすごろく券巻きを握りしめながら願い、誰かに見とがめられないよう、投げるのは下手投げ。
(あ)
自分でも驚く程綺麗にすごろく券はスー様目掛けて低く飛び。
「この場にはアッサラームで蔓延していた呪いを解いた、解呪の英雄もお呼びしていますわ。どうぞこちらに」
「ああ」
「え」
スー様の足に当たると思った瞬間でしたっ、スー様が女王様に呼ばれて前に進み出たのは。
(えええええええええええええええええっ)
当然ながら私のメッセージはスー様がいた場所、絨毯の上でバウンドするところころ転がって、壁際に立っていた見も知らぬ兵士さんの足下にっ。
「ん、何だ、これは?」
止めて下さいっ、気づかないで良いですっ、拾わないでぇっ。
「すごろく券、かこれは? 一体何故こんなモノが」
式の最中なんですよっ、何で広げ始めてるんですかっ、駄目ぇっ。
「へ、下着? まてニーナ!」
(え?)
顔色を変えた兵士さんは顔を上げるが早いか、叫びましたっ。ただ、私の名前はニーナではないのですっ。
(ひょっとして人違いしたんでしょうかっ)
余白のスペースの都合上自分と相手の名前まで書けず「下着を返して」とだけ書いたのが原因かもしれませんっ。
「あ、あれには深い訳があってだな! 待……あ」
ただ一つ、言えることがあるとすれば式の真っ最中にあの兵士さんは喚きだし、自分が拙いことをしたと言うことにようやく気づいたということですっ。
「し、失礼しました。こ、これには理由がありまして……」
「あの者を外に」
こうして、その兵士さんは引っ立てられていきましたっ、ごめんなさいっ。
(どうしようっ、何とかしないとあの兵士さんが)
流石に罪悪感に駆られて、式が終わった後あの兵士さんの弁護をすべく私は兵の詰め所に赴くことを決め、ただ式が終わるのをじっと待ち続けるのでしたっ。
そして、兵の詰め所で件の兵士が女王様の侍女を含む数名の女性に手を出していた女の敵であることを知り、商人のお姉さんは何もなかったことにしてアリアハンへと向かうことになるのでした。
と言う訳で、下着の持ち主は商人のお姉さんでした~。
次回、第二百十四話「勇者を捜しに」
と言う訳で、今度こそようやく旅立てる。