強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第二百九話「ゆうべはおたのしみでしたね」

「あそこ で いっそのこと がーたーべると を じぶん から はいちゃえば らく に なれたの かな」

 

 大事なモノを失いつつも、歩みを止めることは許されなかった。朝になって元の部屋にいなかったら問題になる。

 

「いや、しっかりしろ俺。俺がせくしーぎゃるってどうする」

 

 頭を振って、一体誰得だと呟きながら、俺はシャルロットとディガスの居る部屋を目指した。

 

「そ、そのお姿は」

 

「少し、知り合いの指導をしてきただけだ。気にすることはない」

 

 多分、憔悴した姿に驚いたのだろう。やや狼狽した様子の地獄の騎士に何でもないとでも言う様に頭を振っては見たのだが。

 

「いえ、肩から女子のモノと思わしき下着の肩ひもが」

 

「え゛」

 

 手袋に包まれた骨の指でさされて俺は凍り付いた。

 

(うわぁぁぁぁぁぁぁ)

 

 つかれて きづかなかったんだね。どう みて も いま の おれ は へんたい さん です。

 

「ご安心召されよ。我は決して口外致しませぬ。男ともあれば、そう言う欲求もあって当然かと」

 

「あ、その……だな?」

 

 なにか そうぜつ な ごかい をし ておりません か でぃがす さん。

 

「このディガス、我が主が朝帰りしたなどとは口が裂けても」

 

 言ってんじゃねぇか。

 

(って、そうじゃなくて……なんでよりによっておそらくこれから行動を共にすることになるこいつに気づかれるんですか)

 

 何とか誤解を解きたいところだが、盗賊の格好でモシャスが使えるとバラスのも拙い、となるとすぐに思いつく理由は一つだけ。

 

「ディガス、お前は誤解している。俺は指導してきた、と言ったがそれは変装術の指導だったのだ」

 

「な、なんと」

 

「中には異性装も含まれる。ここまで言えば理解が出来るか?」

 

「は、これは何と失礼な勘違いを……お許し下さい」

 

 俺の言葉に得心がいったのか、オーバーリアクションな驚きの動作から一転して頭を下げてきたディガスに、俺は気にすることはないとだけ言って、服を脱ぎ始めた。

 

「流石にシャルロットにまで誤解させる訳にはいかん。師としての沽券にもかかわるからな」

 

 服の中に入っているだけなら抜き出せば終わりだが、モシャスが解けた後も内側に着込んでいたようで上半身は裸になることだけは避けられなかったのだ。

 

(けど、よく元の姿に戻っても着ていられたよなぁ)

 

 身体に食い込むことも千切れることも無かったとなると、大きさから言って多分商人のお姉さんのモノかなと思うけれど、同時に何で気づかなかったんだ、自分とも思う。

 

「よし、脱げた」

 

 散々着せ替え人形されたお陰か、女性下着の脱ぎ方が上手くなってしまったのは男として悲しいが、素早く脱ぎ捨てられたのは、この際ありがたい。

 

「では、さっさと服を着ねばな」

 

 目を覚ましたシャルロットの前に上半身裸の俺が居るなんてことになったら、弟子に手を出そうとした変態としてイシス史に残ってしまう。

 

「させん、それだけは……ピオリム」

 

 なけなしの精神力を代償に呪文で着替えの速度を加速させ。身体を回転させながら宙に舞わせた服をかぶり、抜き手で袖に腕を通し、まくれ上がってた服の端を下へ引き下ろしてポーズをとる。

 

「ふっ」

 

「何と……このような服の着方があろうとは」

 

 何で無駄に洗練された無駄だらけの動きになったのかは解らない。疲労から来る謎テンションのせいだろうか。

 

「では、俺は寝る。朝になったら起こし……て」

 

 感動しているディガスに伝えられたか確証の持てないまま、ベッドに倒れ込んだ俺の意識は途絶え。

 

「……ぞ、起き……れよ」

 

 ただ、地獄の騎士はちゃんと言いつけを守ってくれたらしい。

 

「うぅ……やはり、時間的にはあまり眠れ」

 

「あ……お師匠様ぁ、おはようございます」

 

 呻きつつ身体を起こせば、ぼやけた視界にこちらを振り返るシャルロット。

 

「ええと、これってボクに下さったんですよね?」

 

 頬を染めつつ手に持つ女性用下着へ凄まじい見覚えがあるのは、絶対気のせいだと思いたかった。

 

「ボクにはまだ大きすぎますけど、ううん、大丈夫です。そのうちこれがちゃんと着られるようになってみせまつ」

 

 あ、噛んだ。と恐ろしい程冷静に心の中で呟きつつも、俺の視線は遙か遠くに向けられていた。

 

「いや、違うよ。それは脱ぎ捨てた後回収忘れて寝ちゃっただけだからね」

 

 などと言えたらどれだけ良かったことか。

 

「ふふっ、お師匠様から貰っちゃった」

 

 何がどうして嬉しいのかちょっと理解不能ではあったが、幸せそうなシャルロットからその物体を奪還することなど俺には出来ず。

 

「シャルロット、着替えたら格闘場に向かうぞ」

 

 ただ、予定だけを告げた。クシナタさん達との相談は終わった、ならば今度はおろちと話を付けなければならない。

 

(と言うかさ、そろそろ俺のターンが来てもいいよね?)

 

 昨晩は酷い目にあったのだ、シャルロットのことで思うこともあるし。

 

「え? あ、そっか、おろちちゃん達に会うんですね」

 

 シャルロットもこちらの言わんとすることを理解してくれたらしい、きっと半分だけだが。

 

(とりあえず、ダーマに到達したらスミレさんは賢者に転職、旅の賢者として俺達に接触してダーマまで連れて行ってくれる流れ)

 

 商人のお姉さんは以前手がけていた交易網作成の補助をしつつ新販路開拓を目指した調査船に乗ってスーのある大陸へ渡る予定になっている。おろちと話をする必要もあるが、以前引き合わされた商人のオッサンにも商人のお姉さんと同行して貰いたいと思っているので、この件に関してはいくらかシャルロットに打ち明ける必要があるだろう。

 

「他の皆と同行するならサイモンを探しに行く必要もあるが、その為にも今後どういう構成で動くかも決めねばならんからな」

 

 ジパングを放置は出来ないので、非常に残念だけど、おろちには生きてあの国へ戻って貰う必要がある。流石に女王不在は拙すぎる。

 

「考えることもやることも山積みだな」

 

「……そうですね。けどボクは嬉しいでつ、お師匠様と一緒に居られるから」

 

「っ」

 

 思わず出てしまった愚痴に輝かんがばかりの笑顔で答えられて、俺は一瞬言葉を失った。

 

「お師匠様?」

 

「いや、何でもない」

 

 無自覚だから困るというか、何というか。

 

「宜しいですか、そろそろ朝食の時間で――」

 

「はぁい。お師匠様、ご飯ですよ、行きましょう」

 

「あ、あぁ」

 

 ドアのノックに続いた声へ即座に応じて俺の手を捕まえたシャルロットは、そのまま俺を部屋の外へと連れ出した。

 

 




さいしょ は えめらるどぐりーん の いめーじ でした
すーさん の つけてた ぶらじゃー

すっかりお楽しまれて疲労でばたんきゅうしてしまった主人公。

うっかりしまい忘れた下着は、シャルロットの手に。

どうする主人公、新しい下着を買って弁償するのか?

ぶっちゃけそれはそれで面倒なことになりそうですが。

次回、第二百十話「おろちとはそろそろOHANASIしようと思っていたんだ」

イシスからそろそろ出発したいのに、うぎぎ。


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