「そぉらぁっ」
「っ」
一度に複数方向から狙ってくる斬撃で、ボロボロになったマントが、半ばから斬り取られ風に掠われる。
「ほぅ、バラモス親衛隊一と言われた我が剣で斬れぬとは……見かけ倒しのマントと違ってそ破廉恥装束さぞや名のある品と見た」
「親衛隊?」
ボクからするとレプリカとは思えない強靱さの水着もびっくりだったけど、何より驚かれれたのは、ディガスと名乗った骨の剣士の言葉だった。
「うむ。バラモス様もそれだけ此度のイシス侵攻は本気なのであろう。我ら親衛隊から腕の立つ者を引き抜き、将として据えたのだ」
「じゃあ、何でボクが勝ったら魔物達を退かせるなて」
驚きのあまりちょっと噛んだけど、それが気にならない程にディガスの申し出は疑問だった。バラモスがこのイシスの国を手中に収めようと本気になっているなら、自分が負けた場合だとしても「軍は退かせよう」なんて言っちゃだめな筈だ。
「ふっ、我も武人であったと言うことよ。バラモス様の片腕でもあったあの……名を言っても解らんか。あのボストロールを倒した強者と一対一で戦える機会などそうそうあるようなモノではない。第一、あのまま数にモノを言わせた力攻めを続ければ効果があろうと、こちらの被害は甚大。だが、一騎打ちとあらば、倒れるのは貴殿か我のどちらかだけで済む」
「それじゃ――」
この骨の剣士は仲間の魔物を傷つけたくないが故に、あんな申し出をしたんだ。
「どうした? もしや、我が部下達を気遣って一騎打ちを挑んだと思ったか? そう思ったならそれは誤解よ。犠牲を少なくする、などあくまで後付の言い訳に過ぎん。犠牲を恐れるなら始めから戦などせぬば良いのだ」
「え?」
「何を驚く。この身体を見て解るであろう? 我は、一度死して骨となった身。戦の愚かしさ、身に染みている……が、それでも戦いを捨てきれぬが武人の性よ」
一瞬戦いを憎むかのように吐き捨てたことに間の抜けた声を出したボクを見ながら骨の剣士は首を傾げると、骨だけの顔で笑いながら剣を構えた。
「……ボクにはよく解らないよ、そう言うのは。けど」
敵とは言え、この魔物に偽っているのは何かいけないようなことの気がして、ボクはもう殆ど役に立たないマントと一緒に覆面を脱ぎ捨てた。
「ぬ?」
「強者との、マシュ・ガイアーさんとの戦いを望んでたなら、謝らないと。そっちの勘違いだったんだけど、ボクはマシュ・ガイアーさんじゃないから」
「何と」
驚く、ディガスを前にして、ボクはもう決めていた。
「アリアハンの勇者オルテガが娘、シャルロット。かの人には及ばずながら、お相手つかまつる」
本当の自分として、この魔物に挑むと。
「アリアハンの……」
ボクの名乗りには流石に意表をつかれたのか、骨の剣士もあっけにとられたようだったが、呆けた表情は長く続かなかった。
「くくく、はははははは」
「な」
突然さも愉快そうに笑いだしたのだ。
「これは失礼した。勇者は他にも居たのであったな。いや、その言い方もまた無礼に当たろう。勇者となれば、相手に不足なし。実力においても、呪文による爆破で部下達を吹き飛ばしているところは見ていた。まさに申し分ない」
視線も構えも、誤解していた時と変わらずボクを強者と見なしたまま、骨の剣士は言う。
「前言は違えぬ。貴殿が倒れれば、そちら側の戦線は崩壊すると言っても過言ではなかろう?」
「じゃあ、そっちが負けた時は――」
ボクの確認に解っているとでも言わんがばかりにディガスは頷いた。
「部下には我が負けたら撤退せよと伝えたままよ。だが、こちらが勝てば同じ事っ」
六本ある剣の一つに陽光が当たって
「ゆくぞっ」
「うんっ」
骨の剣士は砂を蹴り、応じながらもボクが飛ぶ方向は後ろ。手にしたはがねのむちは目の前の相手には心許ない武器だけど、距離を詰められる前に呪文を完成させれば勝機はある。
「っ、呪文か。させぬッ」
「え」
腕の数からしても相手は明らかに接近戦に特化した魔物、距離をとればこちらが有利だと思っていたボクは、ディガスが足を止めたことに虚を突かれた。
「嬢ちゃん、ブレスだ避けろっ」
「っ」
咄嗟に砂の上へ倒れ込めたのは、後ろから声をかけてくれた人がいたからだろう、だけど。
「甘いわっ」
間一髪身をかわせた何かを吐いて来たディガスは、そのまま斬りかかってきたのだ。
「あぐっ……ううっ、この程度」
振り抜かれた剣は血の尾を引いた。斬り裂かれ、血の溢れてくる傷口を右手で押さえながらも腕を突き出し。
「……ライデインっ!」
「くっ、がぁぁぁぁっ」
完成した呪文の雷に焼かれ、骨の剣士の絶叫が周囲に響き渡る。
「ぐうっ、見事。打たれ弱い部下達では耐えきれぬ訳だ」
ただ、全身から煙を上げながらも、ディガスは倒れなかった。
「くくく、流石勇者」
むしろ、笑って。
「……これほど、の強……敵と……相まみえ、ることが……かなおうとは」
ガクガクと膝を笑わせ傾ぎながらも、全ての腕で斬撃の構えを作る。
「まさに運命ッ、さぁ決着とゆこうぞ、勇者シャルロットよ! もはや先程の様な小細工はせぬ。貴殿に雷の呪文があるならば、我にはこの剣技があるっ! 再び呪文を唱え終える前に斬り捨ててくれよう、参るっ」
力強い踏み込みに砂が舞った。
「お師匠様、ボクに……力を」
そして、ボクは――。
たまにはギャグ成分抜きのシリアスに……出来てるよね?
次回、番外編15「勇者シャルロット2(勇者視点)」
一騎打ち、決着。