「それじゃがな、実はもう一つあるのじゃよ」
「ほぅ」
やっぱりあれは口実であったと言うことか。俺は心に鎧を着せると、視線で王に先を促した。
「警戒することはない、おぬしは勇者の危機を救っただけでなく折れかけていた勇者の心も救ったじゃろう?」
故に褒美をとらそうと思ったのじゃ、と王は言う。
(うーむ)
放っておけなかっただけで勝手にしたことと此方から辞退することも考えたが、話の持って行き方では欲しかったモノを手に入れられるかも知れない。
「そうじゃな、お主に伝言を伝えた女戦士が居ったじゃろう? あやつをお主にやろう」
「な……に?」
そんな迷いがあったから、王の申し出は俺の決断より早く、そして虚を突いた。
「何でも面妖な本を読んでおかしくなってしまったようでな、もうあれでは勇者を影ながら守るなどという役目は果たせぬであろう? 『役立たず』を抱えていても仕方あるまい?」
「待て、『役立たず』と知ってそれを押しつけるののどこが褒美になる?」
嫌な予感がする。話の流れから、王が何を言わんとしているかは察せたが、そうでなければいいと思いつつ俺は問い返す。
「あれでも一応『女』じゃろう?」
だが、王の言葉は俺の嫌な予感を肯定するものだった。
「故に好きにするがよい。勇者シャルロットには魔王バラモス討伐という大きな役目があろう? 間違いは許されぬ」
「間違い?」
「じゃが、あの役立たずなら話は別じゃ。子を孕もうが、精神を病もうが、壊れようが損失にはなり得ぬ」
つまり、この王は俺が勇者へ手を出さない為の生け贄として、あの女戦士を差し出すと言うのだ。
(あの女戦士を好きにして良いから勇者には手を出すな、ねぇ)
馬鹿にしている。
「見くびるな」
怒気を込めて俺は王を睨み付ける。全く心が動かなかったかと言われればNOだが、誰彼構わず手を出す輩などと見られてるなら不本意だ、何より。
「む、気に食わぬか? やはり、がさつな女戦士よりも抱き心地のよ」
「見くびるなと言っている。そんなモノに俺がひっかかると思うのか?」
そう、王の態度は俺を試しているとしか思えなかったのだ。
「気づいておったか」
(ああ、やっぱり)
一般人に高度な心理戦など無理とは言ったが、何かを仕掛けてくるのではと言うことぐらいは想定済みである。
「むしろ、ここで引っかかるような奴なら既に勇者に手を出している。その戯言自体が無意味だ」
「むぅ、解ってはおったんじゃがな、その女戦士が上げてきたお主の報告がじゃな」
「あぁ、それなら納得がゆく」
単なる引っかけだと思っていたら、褒美当人が噛んでいたのは、予想外だった。
(むぅ、虚偽報告については問いつめたいけど、あの女戦士には顔合わせたくない……)
俺のそんな気持ちを誰かが察したのだろう。
「うむ、報告を無碍にする訳にも行かぬのでな……これでわかったじゃろう?」
「は、はい……あたい、何てお詫びしたらいいのか」
物陰からご本人登場である。
(なに、このてんかい)
ドッキリですか、ドッキリなんですね、わかります。
「しかし、話を戻すがお主に褒美を与えようと言ったのは本当じゃぞ? 何ぞ欲しいモノは無いのか?」
「ふむ」
一瞬、遠い目をしていた俺だが、改めて切り出されれば手に入れたいモノはある。
「ならば、性格を変えることが出来るという本を一冊。そこの女戦士には悪いが、役立たずと言うところは同意見だ。早急に何とかすべきだろう」
「ぬっ、他人の為に褒美の権利を使うと申すか?」
元々考えていたことだ、アリアハン内に有った気もするが、泥棒は拙いし場所も解らない。王は驚いているようだったが、褒美をあげたからと言う理由で厄介ごとを押しつけられる可能性だってあるのだ。
(君子危うきに近寄らずってね)
お前のような一般人が居るか、とツッコまれようが中身は一般人、そこは譲れない。
「うむ、ではこうしよう。まず、この女戦士に我がアリアハンに伝わる『ごうけつのうでわ』を授ける。これは身につけた者を豪傑の様な性格にすると言われておる、性格が変われば良いならこれで問題なかろう?」
「えっ、あ、あたいにそんな貴重なモノを?!」
(あーそっか、言われてみればゲームの宝物庫で泥棒した時、そんなのあった様な……って、ちょっと待てよ?)
無言のまま納得しかけて、一つ問題点に気づく。
「身につけている間、ということは?」
「むろん、外せばあの性格じゃな」
良い笑顔で言うのは止めて下さい王様、と俺は全力で言いたかった。
「王たる者、一度言ったことは反故に出来ぬ、だいたいそこの女は虚偽報告の罪により馘首……つまり、クビじゃな。よって好きにするがよいぞ」
このファンタジーな世界なら本来の斬首刑の意味がしっくり来るのだが、ツッコんでる余裕などない。
「そ、そう言うことなんでね。ホラ、あたいとしては腕輪のお礼とかアンタの間違った報告をしちゃったこともあるし」
(だから、王様良い笑顔止めて。って言うか、女戦士も顔赤らめてモジモジすんな、胸すりつけて来んな、つーか、さっさと腕輪しろ! 『せくしーぎゃる』のままなのに気付け、ちょ王様の前で鎧脱――)
この後、無茶苦茶王様のペースで話が進んだ。
ちくしょう、みんな女戦士のせいだ。
ハニートラップとはこういうものだ。
警戒していたにもかかわらず、王によって手玉にとられてしまった主人公。
恐るべし、女戦士の罠。
うん、女戦士が全部持って行ってしまった。