「さてと、約束じゃったな?」
何にしても、殺さずに一人で制圧したのだ、約束は守って貰いたい。そんな意味合いの視線を俺はレタイトに向けた、ただ。
「待て、今のはどういうことだ? バラモス様の時よりとは――」
そのまま何事も無かったかのように流してくれるほど、世の中は甘くなかったらしい。先程の独り言が聞こえていた様子のバラモス親衛隊隊長殿は、上体を起こしかけた姿勢のまま半ば呆然としつつも俺に問いかけ。
「えーと、じゃの、エロジジイ」
すっとぼけようとも思ったが、ここには一部始終を目撃していたエピちゃんが居る。今はお姉さんの一人に口を塞いで貰っているが、ずっとあのままという訳にはいかないし、バラモスも健在であるのだからトイレを借りに来た語尾がエロジジイの老爺がバラモスを殴ったりした、と言う事実は隠そうとしても何かの形で目の前にいる親衛隊の面々の耳に入ることだろう。
「仕方あるまい」
下手に隠しておいて「嘘をついたからさっきの約束は無効だ」とか言い出されても面倒ではあるし、こちらの実力を知れば、反抗する気も起きないと思う。
「実はの……話せば少々長くなるが、ワシらがここにいるのも、トイレを借りに来た結果なんじゃ」
ただ一点、エピちゃんがローブを脱いでいるのは、トイレで用を足した後、手を洗う時に袖を汚してしまったからとか嘘をついたが、俺は親衛隊の面々へ後は概ね真実を語った。
「そ、そんな……」
「嘘だ、嘘だと言ってくれぇっ!」
まぁ、何と言うが真実は親衛隊の皆さんには受け入れがたいモノであったようだけれど。
「ふふ、ふふふ……とんだ役立たずじゃない、私達」
「我々の存在意義は、いったい……」
親衛隊の筈なのに守るべき対象が襲撃され、玩具にされ、しかもその事態を当人から知らされる。レタイト達の立場からするとこれほど残酷なことがあるだろうか。
「あー、部下になると言う約束に同意したのはそっちじゃからな、自決とかは約束違反じゃからな?」
もっとも、自責の念から自殺とかされると気まずいし、苦労がフイになってしまうので、釘は刺す。
「エロジジイ様、何というかそれは流石に酷いのでは?」
「とは言うてもの。ここで『か、勘違いしないでよね。あなた達に死んで欲しくなくて気遣ったことまで露見したらさっきの二の舞だから、ワザと利己的に言っただけなんだからねっ』などとは言えんじゃろ?」
あまりにもかわいそうになったのか、もの申してきたお姉さんが居たので俺は小声で弁解し、再び燃え尽きてしまっている親衛隊の皆さんへ視線を戻した。
「何が『ディガス殿が不在とはいえ舐めてくれたものよ』よ、これでは舐められて当然ではないか……」
「終わった、何もかも……」
余程、精神的ショックが大きかったのだろう。とりあえず人の言葉を解する魔物はほぼ全員が打ちのめされており。
「ここでワシが慰めの言葉をかけても逆効果じゃろうな」
「でしょうね」
遠い目をして漏らした言葉に、お姉さんの一人が頷いてくれた。
「とは言え、このままここに居ても――」
仕方がないし、そもそもここはバラモス専用トイレの前である。必要に迫られたバラモスがやって来たら更にめんどくさいことになるのは、火を見るより明らかだ。
「ので、場所を移そうかなって思うんだけど」
「エロジジイ様の懸念はあたしちゃんも尤もだと思うけど……口調、素でいいの?」
「まぁ、あっちはまだ立ち直ってないし、大声で話してる訳じゃないから」
絶賛絶望中のレタイト達を視線で示すと、スミレさんの指摘に苦笑する。
「エロジジイ様が良いなら、いい。それで、親衛隊はどうするの? 今の内に縛って、括ったロープの端を持って連行する?」
「うーん、ここに長居出来ないという意味ならそれも手だけど……スミレさんの縛り方ってあれだよね? とても子供には見せられないような、こう、遊び人仕様の」
「勿論」
「じゃあ却下で」
若干コントめいた内緒話になったことは、否めない。反省はしない。
「と、冗談はさておき、バラモスとバッタリ再会というオチは頂けんの、エロジジイ」
たとえ向こうが戦闘をしかけてきても何とかはなるが、主であるバラモスを前にして親衛隊の面々がどう言った行動に出るかという問題がある。
(その点ではバラモス側も、か)
凹んでいる魔物達は親衛隊であるにも関わらず、俺達という侵入者からバラモスを守れず、それどころかこちらから明かすまでバラモスが俺に殴られたことも知らなかったのだ。役目を果たさなかった親衛隊をバラモスが処分しようとする可能性は大いにある。
(ただし、それなら好都合なんだけどね)
主が用済みもしくは要らないと判断したなら、部下にしようとしている俺にはちょうど良い。
「ま、それはそれとして……」
「んん゛んぅ」
「その嬢ちゃんはもう口を塞いでおく必要もないじゃろ……さて」
俺はエピちゃんと口を塞ぐお姉さんの方へ向き直ると、エピちゃんの顔を覗き込む。
「お前さんの言うところのお姉様に手を出さないと約束するなら、解放してやってもよいのじゃが、どうかの、エロジジイ?」
「「えっ」」
首を傾げたまま、声をハモらせるエピちゃんとカナメさんの視線を受け止めて、ただしと前置きしつつ釘も刺す。
「もし手を出したら、最初にお前さんを縛った嬢ちゃんの玩具になって貰うがの。当然じゃが、どんな真似をされようが、ワシは止めん。自己責任という奴じゃな」
もう俺が脅しても効かないだろうが、スミレさんの口にするのも憚られるような縛り方については思い知ってるはずだ。
「さすがエロジジイ様、話がわかる。あたしちゃん、ちょっと期待」
何て少しだけ嬉しそうなスミレさんの声がしたのは、きっと気のせいだろう。手にした首輪とリードなんて見えなかった。
「安心して? あたしちゃん、遊ぶの得意だから」
「え、えっ、ええ? お、お姉様?」
声を上擦らせ、エピちゃんがカナメさんの方を向くが、きっとそこに救いの主は居ない。カナメさんだって解っていると思う、ここで救いの手を差し伸べてしまえば、状況は悪化すると。
「そう言う訳で、そろそろさっきの約束の履行と行きたいんじゃがの?」
だから俺は、エピちゃんについては二人に任せることにして、レタイトへと声をかけたのだった。
スミレさん、本領発揮なるか。
と言うか、どこから出したその首輪。
次回、第百九十六話「おやくそくしたなら、まもりましょう」