「あれはライデインの……」
西の空に走った雷を見て、ボクは思わず呟いていた。
「サイモンさん――さっちゃん達が来たとか?」
可能性はゼロじゃないと思う、けど。
「じゃあ、もう一つのライデインは一体誰が?」
ボクの知りうる限りライデインが使えるのは、今は亡きお父さんを含めて三人。残りの二人は、ボクとサイモンさんだ。
「ひょっとして、あの時の?」
以前ボクが風邪で寝込んでいた時、勇者として旅立つ前のボクが夢で話した人ともう一度話すことがあったのだけれど、その時すべてをつかさどるものを名乗るその人は、ボクの零す愚痴のようなモノに付き合ってくれた。
(勇者でありながら動けないことを嘆いて、何かお師匠様の力になれたら、って)
あの「すべてをつかさどるものさん」は、ボクの願いを叶えてくれたのかもしれない。動けなかったボクに代わって、お師匠様の近くにいた他の人を勇者として目覚めさせたのだとしたら。
「お師匠様がここに居ないのだって当然だ」
ここにはもう、勇者が居るから。ボクじゃない勇者が居るから、その人に任せて別の場所に行っているのだとすれば辻褄は合う。スレじゃなかった、怪傑エロジジイさんもひょっとしたら、その人のこととか知っていたんじゃないだろうか。エリザさんがイシスに来たことがあるからこそ、ボク達もイシスに来られた訳だけど、一緒にいたエロジジイさんは言っていた。
「ただのぅ、ワシらは増援を送らせぬ為にもちょっとここで騒ぎを起こす必要がある」
と。つまり、エロジジイさんは騒ぎを起こす必要がなければキメラの翼でイシスに飛んでいけたのだ。闘技場から魔物が逃げ出したとも話していたし、バラモスの城に乗り込む前はこのイシスに居たのかもしれない。
(そもそも、増援を食い止めたとしてもその間にイシスが陥落するようなことがあったら意味はないよね)
イシスのことをある程度知っていて、持ちこたえられると判断してダメ押しの為、あの場にいたと考えた方が自然だ。
「……この戦いが終わったら、聞けるかな」
今は何より、襲ってくる魔物を退ける必要がある。それまでエロジジイさんがバラモス城に居る保証は無いとしても。
「新しい勇者かぁ」
その人は、まず間違いなくこのイシスに居る。そして、少なくともライデインの呪文が使える技量もある。
「会わなきゃ」
勇者に目覚めた理由がボクの願いだったとしたら、まずは会って謝りたい。お師匠様の力になってくれる人がいればと願ったのはボクで、それは人に自分の役目を押しつけたも同意義なんだから。
「その為にも――」
「嬢ちゃん、次が来るぜ! くそっ、逃げ去った連中が使い物にならないと見やがったか」
「あ、はい……っ!」
かけられた声に振り返って応じ、ボクが空を仰げば、さっき雷の光った方から魔物の群れがこちらに向かって来ていた。
「「フシュアアアッ」」
水色をしたドラゴンの咆吼を聞きながら、突き出すのは右の腕。
「イオラっ!」
「ァァァッ」
「ゲェ」
唱えた呪文が爆発を生じさせ、爆音に半ば途切れた魔物の悲鳴や絶叫があちこちであがる。
「おっしゃぁ! 野郎共、トドメだ!」
「おうよ」
「任せておけ、ギラっ」
快哉の声に続いた命令に従う人達が矢を射かけ、あるいは呪文で焼き、断末魔をあげ墜落した魔物が砂を巻き上げる。
「ふん、どんなもんだ!」
「油断すんな、余裕噛ましてっとあの箒乗りが来るぞ?」
勝ち誇る人、仲間の慢心を諫める人。後方から幾つかの声が聞こえてくるけれど、その声は明らかに戦いが始まった時より種類が少ないし、聞き取れるか微妙なほどに小さな呻き声も混じっていた。
「早く終わらせなきゃ」
犠牲は、確実に出ている。こっちで、これなら明らかにこちらより数の多い魔物が襲いかかっている西側はどれ程の被害が出ているのか。
「お師匠様、ボクに……ボクに勇気を下さい」
ヴァイスさんの託してくれた指輪を填めて、祈る。ボクの呪文が一体でも多くの魔物を倒すことが出来たなら、その分、被害は減る。
「……これでまだ、戦える」
祈り終えて顔を上げれば、こちら目掛けて飛んでくる複数の影。
「嬢ちゃん、また来やがった! 箒乗りが多い、頼む」
「わかりまちたっ、ライデイン!」
「ぎぇぇぇぇっ」
まずは一体、相手を一撃で倒せる呪文があることを見せて、戦う気持ちを削る。
「なっ」
箒に乗った老婆が味方の死に動きを止めた瞬間。
「今だ野郎共、動きの止まってる奴らを撃ち落とせぇっ!」
「「おおっ」」
何本もの矢が空に放たれた。
「がっ」
「げふっ」
「ひぃぃっ」
幾本もの矢に貫かれ、箒を手放した人形のシルエットが地面に墜ちてゆく。
「おのれぇっ、ベギラマっ」
「ぎゃああっ」
「ぬわーっ!」
ただし、中には矢を身体に突き立てたまま、呪文を唱える魔物も居て、犠牲をゼロに抑えることは出来ず。
「うぐっ、被害がこれじゃ割に合わねぇ」
それでも何とか箒に乗った魔物を全滅させた頃には、更に何人かの声が後ろから減っていた。
(怪我をして、後退した人は傷が癒えれば戻って来てくれるよね、けど――)
蘇生呪文、お師匠様から話だけは聞いていたソレがもう少しで掴めそうな気がするのに、掴めない。使えるようになれば、もっと沢山の人を救えたと思うのに。
「おい、嬢ちゃん」
「え?」
一瞬でも集中を欠いてしまったのが拙かったのか。
「フシャァァァァッ」
「っ」
気づけば水色のドラゴンが間近に迫っていて、身構えたボクが聞いたのは。
「っ……何だそりゃ、このタイミングで追加の増援だとぉ? くっ、野郎共、物陰にかく」
「その必要はない」
後ろで聞こえる慌てた声とそれを頭上から制する声。
「その覆面、あの呪文。マシュ・ガイアー殿とお見受けした。我は地獄の騎士、ディガス。貴殿との一騎打ちを所望する」
水色のドラゴンから飛び降りた、六本の腕を持つ骨の剣士は、そう言ってボクに剣の一本を向け。
「貴殿が勝てば、我が名誉にかけて軍は退かせよう。さぁ、返答はいかに?」
驚きつつも、その勘違いを正した方が良いのか、ボクの中の冷静な部分がそれを考えていた。
あるぇ? シャルロット、クシナタさんの存在に感づき始めた?
そして、酷い勘違い野郎が一騎打ちを持ちかけてきた。
次回、第百九十二話「エビでタイを釣る」
イシス攻防戦は続きますが、そろそろ視点を主人公側に戻してみます。