「ライデインっ」
迷ったのは、ほんの僅かな間。かってあやし声に誘われ、きっかけを掴みつつも誰にも言えず抱えていたそれを受け入れたのは、つい先日のことでありました。シャルロット様が使われたのであれば、今更のこと。
「ライデインでありまするっ」
「グギャァァァァァ」
二重の雷に焼かれた竜は、断末魔をあげながらヴァイス様の脇に落ち、頭から民家に突っ込んで動かなくなりました。
「そ、その呪文は」
「お話しは後で、今は残った魔物の対処が先でありまする。誰か、あの鳥を」
明らかに説明を求める顔をヴァイス様はしていらしましたが、説明をしているような余裕はありませぬ。何より、魔物達の傷を癒した薄い紅色の猛禽をそのままにはしておけず。
「任せて下さい、メラミっ!」
「バギマっ」
「ギョエエッ」
呼びかけに応えて放たれた火の玉の群れに群がられた猛禽は風の刃に斬り裂かれて断末魔をあげ。
「見える限りにあの鳥はもう居ませぬ。残る魔物の掃討を」
「承知しました。けど隊長、後で私達にも事情の説明をお願いしますね? イオラっ」
「も、勿論でありまする」
返ってきた当然と言えば当然の要求へは頷くしかなく。
「ガァァァァッ」
「っ」
そもそも、長々説明している猶予を魔物は与えてくれなかったのでありまする。
「ヒェヒェヒェヒェヒェヒェ、お返しじゃ、ベギラマぁ」
半身を爆発に巻き込まれた水色の竜が血を滴らせ、苦痛に吼えながらもこちら目掛けて突っ込んで来るかと思えば、上空から箒に乗った老婆が炎を放つ。
「やむを得ませぬ」
双方避けきれると判断し、逃げ場に選んだのは、呪文の炎の中。まほうのたてで顔を庇って竜の体当たりをかわし。
「うくっ、ライデイン!」
「な、炎の中で逆にこちらへ呪もぎゃぁぁぁぁっ」
雷に焼き払われた魔物が絶叫しながら箒から落ちる。
「ホイ」
わざと自分からあたりに言った形になったことが幸いして、味方は巻き込まれずにすみ、回復する為呪文を唱えようとした時でありまする。
「待って隊長、回復は私が」
後方から声をかけられたのは。
「ベホイミっ。隊長は精神力を温存して下さい」
「すみませぬ。剣よ」
肌に出来た火傷が一瞬で治って行くのを見て頭を下げた私は、手にした剣の力を解放する。
「むぅ、女性ばかりに戦わせている訳にはいかんな、弓兵、反撃だ」
「「はっ」」
こちらが敵の守りを弱める力を使おうということに気づいたのでありましょう、ヴァイス様が号令を発し、呼応するように物陰から姿を見せたのは、引き絞った弓で空の魔物を狙う方々。
「ぁあぁっ」
「でやぁっ」
「があっ」
「むぅ、いかんな。剣では手負いの魔物の始末しかできん」
矢を受けて落ちてきた魔物をヴァイス様は腰の剣を抜くなり一閃させて両断し、顔をしかめられたのでありまする。
「では、この剣を」
「いや、そんな貴重な物を貸して貰う訳にはいかん。こんなこともあろうかと、周囲の家々には予備の槍や矢を運び込んである。それに、投げる物には不自由しなさそうだからなっ」
少し迷ってから、剣を差し出そうとすればヴァイス様は片手で制しつつ、先程の竜に壊された建物の欠片を拾って投げ。
「ギョエッ」
先程のものとは違う猛禽の身体に飛礫は命中しました。
「と、まぁこんなも」
「クエエエエッ!」
「え」
その直後でありまする。肩をすくめたヴァイス様が宙を舞ったのは。
「ちょっ、待て。私はこん、うわぁぁぁぁぁぁ」
思わず目で追えば、悲鳴をあげながらヴァイス様の身体はそのままイシスの城の方へと飛んでいったのでありまする。
「あー、バシルーラか」
「ばし、るーら?」
後方からポツリと漏れたその呪文の名は、以前スー様より聞き及んでおりました。されど、まさかこのような局面で実際に見ることになるとは。
「う゛ぁ、ヴァイス兵士長?!」
「ひぃっ、何だあの呪文っ?! 兵士長が、一発で」
もっとも、効果を知らぬ者から見れば脅威なのでありましょう。
「落ち着け、ヴァイス兵士長の仇を討つんだ」
「っ、そうか。そうだな」
「うおおおっ、やってやる、やってやるぜっ!」
と、言うか。ヴァイス様がお亡くなりになったと勘違いをして敵討ちに燃える方々に、どう説明すべきか。
「隊長、あちらの兵士さん達どうしましょう?」
「敵はまだ残っております……後にするしかありませぬ」
私は助けを求めるかのような声に対して頭を振り、戦闘に逃避するしかないのでありました。
おめでとう、クシナタ は 勇者 に クラスチェンジ した!
と言う訳で、予想していた人は居るかもしれませんが、クシナタさんが勇者の呪文を使えるようになりました。
二回行動可能な勇者。うん、シャルロットの影が、ますます薄くなるね。
そんな訳で、次回番外編14「イシス攻防戦9(勇者視点)」
カメラをシャルロット側にお返しします。