「とにかく、そのままという訳にもいかんじゃろエロジジイ」
と、我に返ってトイレへ行こうと促すまでだが、いくらかの時間を要した。気持ちの整理を付けるというのには得てして時間がかかるものだ。
(このやりきれなさを、あの魔王にぶつけられたら――)
時間の短縮にはなっただろうが、バラモスが生きていられるかどうかについては怪しい。
「バラモスめ、この恨み忘れぬぞエロジジイ」
「は?」
睨み付けると、魔王は訳がわからぬと言った顔をしたが、俺の中では復讐がもはや確定事項である。一応言っておくけれど、これは私怨でも逆恨みでも八つ当たりでもない。
「エロジジイ様、あたしちゃんそれはどう」
「さ、急ぐぞエロジジイ。 あ、この床の汚れはお前さんがモタモタしておったせいじゃから自分で掃除しておくのじゃぞ、バラモスエロジジイ」
「ちょ、ちょっと待てなぜワシがそのようなことをせねばならんのじゃ! そも、その語尾で最後をワシの名にするのはやめ――」
何やら背後で魔王っぽい何かが喚きだしたような気もするが、無視だ。
「はぁ、幾ら何でも着替えに立ち会う訳にはいかんし、エロジジイ……かといって付き添い無しという訳にもゆかんしの、エロジジイ」
トイレは借りたが、そこからも問題である。いくら大魔王専用トイレといえど、大人数で入れるような広さがあるとも思えない。だが、少人数の見張りを付けただけの場合、エビルマージが暴れたら押さえられるかと言う問題もある。
「え、エロジジイ様……」
「ひょ?」
悩んでいた時に、声をかけてきたのは、お姉さんの一人だった。覆面のせいで誰やらさっぱりだったけれど。
「それなら、大丈夫だと思いますよ、ほら」
「大丈夫、エロジジイ? 何故そん……あ、あぁ。うーむ」
首を傾げつつも、示された先を見た俺は納得すると同時にコメントに困った。問題のエビルマージは完全に放心してなすがままカナメさんに運ばれているところだったのだから。
「とりあえず、着替えが終わったらカナメの嬢ちゃんには土下座しておくとしようかの、エロジジイ」
アイテム回収だけでも結構な負担になってるはずなのに、色々手間までかけてしまっている。魔物と言っても女性であり、俺が運ぶことには問題があり、商人のお姉さんが背負うと動きが遅くなりすぎると言うことでこの人選ではあった訳だが、気持ちを声に出すなら「本当に済みませんでしたカナメさん」である。
「とりあえず、城内の魔物はいくらか倒したし、バラモスにも手傷は負わせたエロジジイ」
想定よりも小規模で色々残念なことにはなっているが、バラモスの立場からするとこれは無視出来ない事態になっていると思う。俺が本気でバラモスを討つ気だったら、あそこで終わっていたのだ。
「俺がバラモスなら、とる手段は二つエロジジイ」
「二つ、ですか?」
「うむ、二つじゃ、エロジジイ」
侵入者対策をするか、城を空けるか。
「その気になればいつでも自分が命を狙われるような状況では、周辺国家への侵略もままならぬじゃろエロジジイ?」
前者であれば、兵力を集めて守りを固めるにせよ、トラップなどを増やす方向で侵入者撃退を試みるにせよ、人手をくう。結果的に周辺国家への侵略をするような余裕はなくなるはずなので、こちらの狙いの半分は果たせることになる。
「ただし、後者じゃとちと厄介じゃのエロジジイ」
俺が想像するのは、城にいては危険と城を捨て何処かに潜んでそこから魔物を指揮するパターンだ。
「もちろん、こんな方法はとりたくてもとれんじゃろうが、やられたらお手上げになる可能性もあるエロジジイ」
城を遺棄して逃げ出すような戦術を大魔王の名前や主であるゾーマが許すとは思えない。だからこそ、無いとは思うが逃げ隠れした魔王を捜すとなると厄介というレベルを超越する。
(つまるところ、手段を選ばなくなる前にシャルロットを鍛えてバラモスを倒さなければ行けない訳だけど)
シャルロットだけなら、問題はない。おろちの協力を得て随分実力を上げたようだし、格好さえちゃんとしてくれれば足りない分は合ったとしてもこっちで補えるのだから。
(問題はバニーさん達だよなぁ。バニーさんがまだ遊び人のままってのも痛いけど)
イシス防衛戦に間に合って参戦したとしても、おそらくシャルロットほどの成長は見込めない。だったら、この城に連れてきてレベル上げをすれば良いかというと、こちらにも微妙な問題があるのだ。
(倒す魔物にエビちゃんみたいな女性が混じってる可能性があるかもしれないと思うとなぁ)
精神的にやりづらい。一応捕虜を確保した前回の様に胸の大きなエビルマージだけ除いて攻撃することは出来ると思うが、反撃してこない保証もないのだ。我ながら甘いとは思う。
「割り切るしかないのかの、エロジジイ」
「エロジジイ様っ?」
「ひょ? ……すまん、ちょっと考え事をしておったエロジジイ」
声をかけられ我に返った俺は軽く頭を下げ。
「そうですかっ。ええとっ、あれがそうみたいですよっ」
「あれがそう? おお、トイレかエロジ」
黄緑覆面のお姉さんが指さす先にあるモノを見て絶句する。
「……大きいですねっ」
「……まぁ、バラモスも身体は大きかったからの、エロジジイ」
きっとトイレとでも書かれているのであろうプレート付きの扉は人間用のサイズではなかった。手が届かないため、お姉さんが二人、片方を肩車する形でドアノブを掴もうとしているとでも言えばその大きさも解って貰えるだろうか。
「と言うか、何故こんなトイレを案内したんじゃろうな、あのエビルマージエロジジイ」
一応、俺達の人数ならああして肩車すればドアノブに手が届くことを鑑みると、まったくもって理解に苦しむという訳ではないのだが、うん。
「あの嬢ちゃん達は今頃何しとるかの、エロジジイ」
手持ちぶさたになった俺は赤く染まった部屋の中、天井を見上げてほぅと息を漏らした。
「戦いたくないか、お姉さんとは?」
「割り切れよ、ここはバラモス城で、お前は勇者の師匠なんだからさ」
などと闇谷はどこかのパロディを引っ張り出しており――。
って、後書き始まっちゃってる?!
え、えーと、次回番外編14「イシス攻防戦1(勇者視点)」
主人公とメンバーの半数を欠いたクシナタ隊、そしてシャルロットとやまたのおろち。
勇者サイモン一行は果たしてこの戦いへ間に合うのか。