強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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今話はお食事中に見ないことをお勧めしておきます


第百八十六話「失敗(閲覧注意)」

「マホトラっ、エロジジイ! むぅ……」

 

 何度呪文を唱えただろうか。大きく減っていたはずの精神力が殆ど回復した時点で、流石に感じ始めた、おかしいと。いくらバラモス城に出没する魔物でも、精神力が尽きてよさそうなモノだと思うのに、その兆候が全く見られないのだ。

 

「これは、まさか……」

 

 攻略本と睨めっこしている訳ではないので魔物の能力の全てを網羅はしていない、俺は原作知識持ちとはいえ、うろ覚えで抜けてるところも多い。故に、気づかなかったのだ、この世界にはMPの数値が無限設定されている魔物が存在すること、ではなくその無限の精神力をもつ魔物の一体が目の前のエビルマージであることに。

 

「じゃって、アークマージは精神力有限だったのじゃぞ、エロジジイ?」

 

 と弁解をしても今更である。こうなってしまえば、もう効くまで呪文を封じるマホトーンの呪文をかける訳しかないのだが。

 

「まぁ、それはそれとしてじゃな、エロジジイ」

 

 俺は気落ちなどしなかった。むしろこの展開はラッキー以外の何物でもない。無限の精神力を持ってることを忘れていたのはある意味で失敗だったけれど、結果オーライである。

 

「何だか嬉しそうですねっ、エロジジイ様」

 

「む、まあいい、エロジジイ。ちょっと耳を貸すエロジジイ」

 

「え?」

 

 声色と口にした内容で何やら不満そうな覆面のお姉さんが居たので、とりあえず手招きする。理由を知れば、そのお姉さんだって納得してくれるだろう。

 

「いいか、おそらくあの魔物の精神力は無限だ。尽きることが無いんだぞ? しかもマホトラの呪文が効く」

 

「っ」

 

 ここまで説明すれば、俺の機嫌の理由を察したのかお姉さんは息を呑んだ。そう、このエビルマージ、確保しておけばそれだけで半永久的な精神力タンクとして使えるのだ。マホトラを覚えていれば、精神力面での消耗を気にせずに戦えるというアドバンテージは大きい。

 

(と言うか、大きいなんてもんじゃない)

 

 ドラゴラムで暴れているのは、攻撃呪文が効かず守備力の高い灰色生き物系の魔物を仕留める為という理由の他に一度変身してしまえばノーコストでブレス攻撃と言う範囲攻撃げ出来、範囲呪文でいちいち対処するより総合的に見て精神力の節約になるという面もあったのだ。反面、理性が飛んでしまって、歩く巨大火炎放射器以外の何者でもなくなってしまっていたが、節約が必要ないと言うなら一戦闘ごとに人に戻ってカナメさんの手伝いをすることだって出来る。

 

「縛って捕虜にしておくだけでも大きい。俺にはシャルロットのような魔物使いの心得がないからあれをてなづけることが出来るかはわからんが、おろちの例もあるからな。仲間をさんざん消し炭にした後で、協力してくれと言うのは虫が良すぎるかもしれん。それでも、な」

 

 あれだけ怯えられると、こっちが悪いことをしているような気がするし、ずっと縛ったままというのも女性であることを考えるとやりすぎにも思えた。

 

「と言うか、今更じゃがの、エロジジイ。誰じゃこんな縛り方したのは、エロジジイ」

 

 何というか、エビルマージは子供が見ちゃいけない本とかに書いてありそうな縛り方で拘束されていたのだ。

 

「はい、あたしちゃん」

 

「……うむ、だいたいそんなことじゃろうと思っておったよ、エロジジイ」

 

 律儀に挙手するスミレさんに俺は嘆息した。こんな縛り方が出来るのは遊び人経験者、つまり俺かスミレさんしかいない。俺の方は何だか身体が覚えてるとかそんな感じなのだけれど、女エビルマージが捕縛された時ドラゴラムしてたのだから無意識であろうと人を縛ることなど不可能。消去法をすれば、聞くまでもない。

 

「あー、流石にこれはあんまりじゃから縛り方を変えるぞ、エロジジイ。解っておると思うが、抵抗はせぬのようにの、エロジジイ」

 

「んぅ」

 

「ではカナメの嬢ちゃん、疲れてるところ悪いがお前さん縛ってくれるかの、エロジジイ?」

 

 猿ぐつわしたままだが、承知したと言うことで良いのだろう。首を縦に振るのを見て、俺はカナメさんに依頼すると、自身にはマホカンタとバイキルトの呪文をかける。抵抗するか逃げようとした場合に備えたのだ。

 

「いいの……どうやら、心配はなさそうね」

 

 一時とはいえ縄を解いても良いのか、と言う意味合いの視線を向けてきたカナメさんは、呪文を唱えた俺を見てこちらの覚悟に気づいたようだ。

 

「当然じゃて、エロジジイ。縛られた女子供に手をあげるなど外道の所業じゃが、仲間に危害を加えようと言うのを見過ごせば、その外道以下じゃエロジジイ」

 

 むろん、心理的な抵抗はある。だからこそ変な考えを持たず、大人しく縛られてくれることを祈るが、最悪のケースでお姉さん達を守れなかった無能にはなりたくない。

 

「ええ。じゃあ、見張りはお願いするわエロジジイ様」

 

 頷いたカナメさんが近寄って行く姿ではなく、エビルマージの方を見つめる。何時、不審な真似をしたとしても即座に対応出来るように。

 

「さてと、結び目は……え?」

 

「んぅぅ」

 

「っ」

 

 だからこそ、エビルマージが不意に動いた時こちらも身構えたのだが。

 

「待って、す、エロジジイ様」

 

「な」

 

 意外にもカナメさんが俺を制した。

 

「ええと、ちょっと言いづらいことなんだけど……悪いわね、流石にこれを説明しないのは」

 

「ひょ?」

 

 後半はエビルマージに向けて軽く頭を下げて見せたカナメさんへあっけにとられた俺を待っていたのは。

 

「彼女、お手洗いに行きたいみたい」

 

「んぅぅ」

 

「あー」

 

 何とも気まずい空気だった。

 

「……エロジジイ様」

 

「う、うむ、エロジジイ」

 

 困ったことになったと思う。目の前のエビルマージを捕虜にしたレベル上げで実はいくらかの発泡型潰れた灰色生き物をこんがり焼いたので、クシナタ隊のお姉さんでも捕虜一人に不覚はとらないと思うのだが、今いるのはバラモスの城なのだ。カナメさん付き添いでトイレに行かせて、途中で魔物の群れと遭遇しましたなんてことになったら笑えない。

 

「ワシ一人じゃったら単独でも大丈夫なんじゃがなぁ、エロジジイ」

 

 性別的には大いな問題があった。かと言って、その辺の影でしてこいとか、そんなデリカシーに欠けた発言も出来ず。

 

(いっそのことモシャスで女性になるか……って、それじゃ何の解決にもなってないし。うあーっ!)

 

 どうしろというのか。あれか、縛ったままでシャルロットの所にお姉さん一人付けてルーラで送るべきなのか。

 

(いや、現実問題ルーラの移動時間に耐えられる筈がないわな)

 

 そも、せっぱ詰まってるからカナメさんにすがりついたのだろうし。

 

「ところで最寄りのトイレはどこにあるのかの、エロジジイ?」

 

 良案が浮かばなかった俺は、とりあえず、そう訊ねた。ダンジョンとしてのバラモス城は発泡型潰れた灰色生き物ことはぐれメタル狩りで結構足を運んでいたので途中までは覚えてるのだが、ゲームのバラモス城にトイレがあった記憶などない。もちろん常識的に考えれば無ければ困るので、この世界のバラモス城には完備されてるのだろうが、原作知識はまるでアテにならない訳だ。

 

「んぅぅう」

 

「って、だぁぁっ、そうじゃったさるぐつわしておったんじゃった、エロジジイ」

 

 これでは口頭で説明など不可能である。

 

「やむを得ぬわ、エロジジイ。お前さんは顎をしゃくるなりして方向を示すのじゃ、エロジジイ。こうなればトイレまでの敵を一掃してすすむしかあるまい、エロジジイ。なぁに、中まで入って行かねば問題なかろう、エロジジイ」

 

 捕虜をトイレに行かせる為に全力で血路を開く。自分でも何をやってるのかと思うが、仕方ない。

 

「え、エロジジイ様」

 

「言うてくれるな、エロジジイ」

 

 仕方ないことなどだ。

 

「くくく、ワシの行く手を塞ぐなら尽く滅ぶと心得よ、エロジジイ」

 

 間に合わなかったりしたら、エビルマージ背負うことになったカナメさんの服がとんでもないことになってしまう。

 

「すまんの、お前さんのお仲間が居ようと蹴散らして行くことになる、エロジジイ」

 

「エロジジイ様、あたしちゃんでもそんなこと言われたらどう返せばいいか解らない」

 

 いや、解るよ。解るけどさ「捕虜をトイレに行かせたいから通してくれ」って言って魔物達がすんなり通してくれるとは思えないよね。

 

「何にしても時間はないじゃろ、エロジジイ。安心するのじゃ、エロジジイ。一応、気づかれ辛いよう忍び足ですすむのでの、エロジジイ」

 

 ほんの気休めだが、無いよりはマシだろう。

 

「では行くぞ、エロジジイ」

 

 心の中のモヤモヤを押し殺して俺は走り出していた。

 

 




あまり関係ない話ですが、このエビルマージ、中身は褐色肌で尖り耳のダークエルフっぽい女の子という設定で想定してます。(酷いネタバレ)

ともあれ、お城ともなれば生活に必要なモノは無いと困る訳で。

バリヤ床とかもIHクッキングヒーターみたく鍋を加熱して料理に使ってるのかもしれません。

次回、第百八十七話「ダンジョンって嫌い! おトイレ遠いんだもん!(閲覧注意)」

ラーミアはまだ居ないので、伝説の鳥でトイレにはいけません。

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