サ ラ「本当についてませんわね。船を手に入れていざ南下という段階で嵐に巻き込まれるとか」
アラン 「しかも、同じ嵐に巻き込まれてボロボロになった船だと思い救助に赴いた船が幽霊船というオチまでついてますからな」
ミリー 「あ、あの‥‥また魔物が」
サイモン「くっ、陣形を整えよ! 私が先陣を切る」
‥‥うん。
どこ寄り道してるんですか、アンタ達はぁーッ!
「これで終わりっ」
「ピィィッ」
はたき落としたメタルスライムが地面に跳ねて倒れ込む。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
手強かった。それ程素早いという訳じゃないし、メラの呪文もまほうのたてで受け止めれば威力を殺せたけれど、数は多いし鞭の一撃も殆どダメージが通ってない様に見えたから、かなりの持久戦になったのだ。
「薬草、使わなきゃ」
メタルスライムの体当たりがあたったところは、痣になってるかもしれない。
「けど、その前に……」
視線を感じて、ボクは振り返る。
「……ピキー」
「あっ」
目を回してあちこちに倒れ伏していたメタルスライムのうちの一匹、起きあがってじっとこちらに視線をやってる子とボクの目があったのだ。
「……ピ」
「どうしたの?」
何か言いたげにこちらを見てくるメタルスライム。ただ、ボクはスライムの言葉は知らなくて、だから問いかけた。ロディお師匠様から、聞いては居た。戦った敵であるはずの相手に起きあがった魔物が敵意以外の向けてこちらを見てきたなら、それはこちらに興味を持った証拠だと。
(ここから、この子がボクについてきてくれるかは、ボクの対応次第)
視線を外さないまま薬草とかと一緒にしてあった道具袋に手を入れて、指の感覚だけでそれを探す。
(これじゃない、これはたぶんキメラの翼。ええっと、袋に入れてあったはずだけど)
欲しいのは、干し肉。メタルスライムが何を食べるのかは解らないけれど、魔物はだいたい肉を好むとボクは教わった。草食のいっかくうさぎなんかも、差し出されれば肉は食べるらしい。もっとも、主食ではなく嗜好品という意味合いだとロディお師匠様は仰っていたけど。
「あった。えっと……キミ、良かったらこれ食べる?」
「ピキー?」
ようやく見つけ出し、一切れ差し出して見せるとメタルスライムは「いいの」と聞くかのように身体を傾げた。ちょっと可愛いかも知れない。
「あ、うん。キミ、なかなか強かったし……健闘賞というか、その強さを讃えて、ね?」
実際、ボクに体当たりを喰らわせたのは、見間違いでなければこの子だと思う。他のメタルスライムと比べて飛び抜けて強いという訳ではなかったけれども。
「アリガトウ」
そう、食べる前にお礼だって言える子なのだ。そう、お礼だって。
「えっ」
『何を驚いておるかえ?』
「だって、この子喋って……」
『それがどうしたのじゃ?』
どこか呆れたようすのおろちちゃんによると、人型でない魔物の中にも人の言葉を喋れる魔物がそれなりに存在するのだそうだ。
『あいにく、わらわの僕で人の言葉が話せるのはきめんどうしくらいじゃがな。それにそのメタルスライムも喋れるとは言っても、おそらく簡単な挨拶が出来る程度じゃろう』
「そうなんだ……」
言われてみれば、お礼の言葉もカタコトというかぎこちなさがあったような気もする。
『お前が教えれば喋れる様になるかもしれぬがな』
「へぇ。けど、この子ボクについてきてくれるかな?」
もう暫くはここで修行することになると思うけど、いつまでもここにいる訳にはいかない。となると、言葉を教える時間があるかどうか。
「ピキッ」
「あ」
考えるだけ無駄だったみたいだ。前に傾ぐようにしてボクの問いかけに肯定を返したメタルスライムは網タイツに包まれた足に擦り寄ると身体を擦りつけて。
『どうやら懐かれたようじゃのぅ』
「あはは、そうみたい。よろしくね? えーと」
「メタリン」
おろちちゃんに苦笑を返したボクにメタルスライムは名乗る。これがボクとメタリンの出会いだった。
『では、次の模擬戦といくかえ?』
「えっ?」
「ピキッ?」
だけど、メタリン達との戦いは始まりに過ぎなかったんだ。その後何匹のメタルスライムと戦ったかは覚えてない。
「うぅ……もう、ダメぇ……」
「ピキー!」
「ピィッ」
「ピキッ」
その場で尻もちをつく訳にはゆかず、気力を振り絞って地下二階に戻ってきたボクは石で出来た祭壇に突っ伏した。精神力は温存してたはずなのに、流石に疲れたのか、身体と瞼が重い。
『これ、そんなところで寝るでな……むぅ、仕方のない女子じゃのぅ』
「んぅ?」
急に身体が引っ張られたと思ったらほっぺに何かが触れた。目を開けると顔のすぐ脇に人に戻ったおろちちゃんの頭があって。
「あ、おろ」
「しゃべらずともよい。ただ、わらわの背中から落ちるでないぞ?」
裸のおろちちゃんに背負われたボクはもう一度赤い渦をくぐった。
「生憎まだ宿屋は出来ておらぬのでのぅ、今宵はわらわの部屋に泊まってゆくが良かろう」
「あり……がと」
頭ももう半分くらい働いてなかったかもしれない。
「ピキー?」
「ん、メタリン冷たくて気持ちいい」
洞窟では熱を帯びて熱かったけど、ひんやりとした感触が枕にちょうど良い。
「けど、服が汗でぐしょぐしょ……んー、いいや脱いじゃえ」
おろちちゃんは女の子だし、裸でも問題ないよね。ボクの意識は服を脱ぎ散らかしてから再び横になったところで途切れ。
「……きよ、起きるのじゃ」
「んー?」
自分へ向けられた声と共に身体を揺らされて目を覚ますと、服を着たおろちちゃんがボクを見下ろしていた。
「ようやく起きたか。ちょうど良いわ。まずはこれを着るのじゃ」
「着る? なぁに、これ? 水着みたいだけど」
「それはな、あの男がこの国の刀鍛冶に預けていったも」
「お師匠様が?!」
寝ぼけ眼で差し出されたモノを受け取ったボクだったけど、眠気は一気に吹き飛んだ。
「い、いや……勝手にあの男の持ち物を持ってきては拙かろう? それは刀鍛冶に命じて作らせた模造品じゃ」
「模造品……ってことは、本物もその刀鍛冶さんの所に行けばあるんだよね?」
「う、うむ。何でも防具に加工してくれと頼まれた品らしいのじゃ」
あれ、そう言えばスレッジさんが水着を防具にしてしまった人のこととか、話していたような気もする。
「加工ってことは実物はもう無いの?」
「それがまだなのじゃ。加工するにあたって着る人間を連れてきて採寸する必要があってのぅ、あの男は着せる相手を連れておらなかったのでな、水着を預けたっきりだったそうじゃ」
「そっか」
きっとボクが風邪で寝込んでてパーティーのみんなが動けなかったから、連れてこられなかったんだと思う。
「お師匠様が誰に着せる為のものって明言されてないなら勝手にボクが貰って行く訳にもいかないよね。おろちちゃん、この模造品貰ってもいい?」
「そ、それはわらわが……いや、何でもない。お前が着るのかえ?」
「うん。お師匠様に見て貰いたいから……」
何でだろう、これを着てお師匠様の視線を浴びることを想像したら、凄く興奮する。
「うぅん、けどなぁ」
お師匠様がどんな反応をするか、ちょっと怖い気もした。
「あ、そうだ! ジーンさんみたいに覆面を被って水着姿を先に見せて、反応が良かったら覆面をとればいいんだ」
「ほう、変装じゃな」
「あー、言われてみるとそうかも」
その後、おろちちゃんの協力で刀鍛冶の人に覆面マントまで作ってもらったボクは、おろちちゃんの部屋まで再び戻ってきて今後どうするかを話し合うこととなった。
「コスチュームも完成したし、お師匠様に会いに行きたいけど……やっぱりイシスかなぁ」
ボクがルーラでいけるのはポルトガかバハラタまで、イシスにゆくにはどれだけ時間がかかることか。
「お師匠様が居れば多分イシスは大丈夫……けどイシスが落ちなかったらバラモスは他の手を練ろうとするよね?」
「う、うむ。……って、何故わらわがこんな相談にのっておるのかのぅ」
何だかんだ言いつつも話に付き合ってくれるのだから、おろちちゃんは意外と人が良いのかも知れない。そんな風になったのもお師匠様と出会った影響だったりするのかも知れないけれど。
「って、そうじゃなくて……バラモスの行動にいちいち対処してたら後手後手に回っちゃう……と言うことは」
ひょっとして、お師匠様直接バラモス城に乗り込んで決着をつけてしまわれるんじゃ。
「おろちちゃん、キメラの翼があったらバラモスの城に行ける?」
「な、何じゃ突然? ま、まぁ、行けんこともないが」
「じゃあ、お願い。ボクをバラモス城まで連れてって」
ボクの思い過ごしなら良い。ルーラで戻って来れば良いのだから。ただ、思い過ごしじゃなかったら、ここで行かないと絶対後悔する。
「ちょっ、待、待」
「待たないっ」
この件に関して、ボクは退く気はなかった。
「うぐぐ、どうなっても知らぬぞえ?」
おろちちゃんが折れてバラモス城ことになったのは、この一日後。今の実力ではまだ無理だと言われてもう一日模擬戦に費やした後だった。
ちょっと駆け足しましたが、シャルロット側はだいたいこんな感じでした。
次回、第百八十二話「灰色生き物」
ようやく本編に戻れるぅぅぅ