「ふぅむ、メタルスライムか。あれはわらわの僕ではなく僕と共生関係にある野生の魔物なのじゃが」
「えっ」
メタルスライムを倒すことが修行になると話すとおろちは短く唸ってから話し始めた。
「あの魔物に攻撃呪文が効かないことぐらいは知っておろう?」
ボクにとってはその時点で驚きだったのだけれど、メタルスライムは魔王の影響も殆ど受けていないと聞いて更に驚いた。
「ひょっとして、出会えばメラの呪文を放ったりしてくるから魔王様の影響で凶暴化しているとでも思ったかえ? あれは、硬い身体に反して生命力が弱いが故に怯えて過剰に攻撃しておるのじゃ」
おろちが言うには、魔王に影響されている魔物ならあれほど逃げることはないのだとか。
「そっか、ロディお師匠様の言ってた連れ歩ける可能性があるって、そう言うことだったんだ」
ひょっとしたらそのメタルスライムであれば、修行のついでにてなづけることも出来るかも知れない。
「ロディ? それがあの男の名か?」
「あ、ううん。少し前に知り合って色々教えて貰った別の人だよ。それより、あなたのことは何て呼べば良いのかな? おろちさん、とか?」
まさか聞かれてるとは思わなくて、話題を変えた後だった。
「『さん』はいらぬ。わらわはあの男につくことにしたが、そう言う意味ではお前の方が先輩じゃろう? だいたい、お前があの男のつがいであったら、その者にさんづけで呼ばせていたと知られた日には――」
「えっ、つ、つがい?」
とんでもないことって言うか、嬉しいって言うか、ええと、とにかくそんなことを言われたのは。「つがい」って言うのは、あれだよね、人間で言うところの夫婦、みたいな。
「違うのかえ?」
「やっ、違わないって言いたいけど、ボクまだお師匠様とは、その、そんな風になってなくて。えっと、なりたくはあるんだけど、ええと、あうぅ」
「ほうほう」
あれ、何でボク魔物を前にこんな弁解してるの。
「まぁ、よいわ。わらわも好きな男の居る身じゃからな、気持ちも些少はわかる。そも、強い雄の子を産みたいというのはおそらく生物共通のものじゃろうからなぁ」
「こっ、子供とか。そ、そんなのまだ早いよ!」
「むぅ、そう言うものかえ? まぁ、わらわと人間では寿命も違うからのぅ。じゃが、それ程乳や尻が大きく育って居るところを見るに人間の女子としてはもう子を産める歳なのじゃろう?」
思わず叫ぶと、おろちはボクの胸とかお尻をジロジロ見てきて。
「ちょっ、何処見て」
「警戒せんでもよい、手は出さぬ。それこそあの男に殺されかねぬからのぅ」
「うぅ……」
嫌らしい笑顔で答えるのを見たボクは悟る。からかわれてると。同時にこうも思った、このままじゃいけないと。
「じゃ、じゃあおろちちゃんはどうなの? さっき、一目惚れした相手が居るって言ってたけど」
「なっ」
起死回生の一手、話題を返してここで主導権を握る。
「ぼ、ボクのことだけ話題にするのって不公平だと思うし」
「い、いや、それはそうかもしれんのじゃが……というか、おろちちゃんって何じゃ?」
「えっ?」
勢いで押し切れるかな、と思ったけどそこにも追求してくるなんて、やっぱりおろちは手強い。
「理由がどうあれ、修行に付き合ってくれる訳だから呼び捨ても悪い気がして……そもそも、可愛いよね、おろちちゃんって呼び方?」
心の中では、おろちと呼び捨てにしてるけど、どうもしっくり来ない気がしたのだ。敵ならともかく、協力者というなら。
「待て、気遣いは感謝するが、まさかわらわを僕の前でもその呼び方で呼ぶ訳ではあるまいな?」
「えっ」
「えっ」
驚いたボクの顔に驚きの表情をおろちちゃんが返して、部屋を一瞬沈黙が支配し。
「ねぇ、おろちちゃん。愛称とかそう言うモノは、呼ぶ為のモノだってボクは思う」
「お断りします、止めて下さい、何でもするのでそれだけは止めて下さい」
諭すように語りかけたら、特有の語尾なしの敬語で懇願された。ちょっと、ショックだった。
「うぅ、そんなにダメかな?」
親しみやすそうで良い感じだと思ったんだけどな。
「ぶ、部下の僕の前でなければそれで構わぬ。じゃが、流石に僕の前でそれは勘弁してたもれ」
「じゃあ、オロちゃんで」
「一文字抜けただけではないかえ!」
「んー、だったら『おろっちゃん』?」
「殆ど変わっておらぬ?! そも、何で『ちゃん』付けに固執するのじゃ!」
色々考えてみたのに、どれも気に入らないらしい。
「……仕方ないかな」
呼び方がどうので時間を無駄にしては居られない。
「流石あの男のつがいじゃ、ただの会話だけでわらわをこうも疲弊させるとは……」
何だかほんの僅かな間にげっそりやつれてしまったおろちちゃんは、ブツブツ呟くと輪郭をぼやけさせ。
「フシャァァァァァァッ」
次の瞬間、五つの頭を持つドラゴンに変わっていた。
『今からわらわが赤い渦を作り出す。そこにわらわが入って消えたら後を追って飛び込むのじゃ』
「あ、うん」
ボクが頷いたのが早いか、それともおろちちゃんが言葉通り赤い旅の扉みたいなモノを作り出したのが早かったか。
「グルォゥ」
一声鳴いたおろちちゃんの姿は渦の中に消え。
「よしっ」
ボクもすぐ後に続いた。
「っ」
飛び込んだ後の感覚は旅の扉で移動している時に似ていて、その感覚が途切れるなり襲ってきたのは、猛烈な暑さ。
「ここが、みんなの修行した……洞窟?」
目を見開いて、飛び込んできた光景に暑さの理由を悟る。溶岩だ。煮え立つ溶岩で囲まれた島にボクはいたのだ。
『そうじゃ、あのジーンという男達が修行をしておったのは、この上の階じゃがな』
「え、上?」
心に直接語りかけてくるような声に振り返ると、そこにはおろちちゃんが居て。
「フシュアアァァァ」
一声鳴いたおろちちゃんは一糸纏わぬ女の人の姿に戻ったのだった。
「さて、では上に向かうかえ」
「え、ええっと……それはいいけど、服は?」
「この洞窟では燃えやすいモノはホンの僅かな気のゆるみで燃えてしまうのでな、本性に戻った時に向こうで脱いできた」
おろちちゃん曰く、この洞窟は一階に登る階段が狭く、人の姿になったのは階段を通る為であって、上階に着けばドラゴンの姿に戻るので問題ないとのことだったが、そういう問題じゃないとボクは思う。
「うーん」
ひょっとしたらドラゴンだから人間の女の子みたいな恥じらいを持ち合わせていないのかも知れないけど、見ている方が気になるというか。
「気にするでない。人間の女子に裸を見られたところであまりムラムラせぬし、興奮もせぬからのぅ」
「え、えっと……」
魔物ってみんなこんな感じなんだろうか。ボクは少しおろちちゃんのことが解らなくなりだしていた。
すみませぬ、「おろちちゃん」と呼ばれる経緯の部分書いてたら、修行開始までたどり着けなかった。
次回、番外編13「ついにここまで来たけれど4(勇者視線)」
もうちょっとシャルロット主役なので許して下さい。