「がっ」
言葉を発しようとした口から漏れたのは呻き声だった。視界も横に流れ傾き、やがて世界は左が上の世界となり、側頭部には強烈な痛み。
「隊長っ?」
「どの顔下げて戻ってきたのでありまするか」
ツバキちゃんが声を上げる中、自分が思い切り殴られたことに気づいた俺にクシナタさんは瞳に涙を溜めながら吐き捨てて。
「カナメが……スー様を……止められなかったことを……気に病ん……で……う、うぅ」
「な」
泣き崩れるクシナタさんに、いや途切れ途切れ口にした言葉から推測してしまった結果に、一人の馬鹿は絶句し己の愚かさを思い知らされ、打ちのめされた。
「隊長……今、カナメちゃんは?」
「女王様の好意でお借りした城の一室に居……安置してありまする」
カナメさんはしっかりしている人だと思っていた。だからこそ、責任を感じてしまったのだろう。
「くっ」
馬鹿だ、大馬鹿だ俺は。何でラリホーで眠らせるんじゃなくて、ちゃんと説明しなかった。カナメさんなら、レベル上げで引っかき回すだけでバラモスには挑まないし、同行者もいるって言えば納得してくれただろうに。いや、納得してくれなくても納得してくれるまで説得するべきだったんだ。
「安置とは……蘇生はしなかったのですかっ?」
「生き返らせて、また同じことをしない保証がありませぬ。だから、スー様を」
「そう、それで……」
一言も発せず、会話に加われないままにツバキちゃんとクシナタさん、それにスミレさんの三人で話が進んで行く。まだ起きあがることさえ出来ていない。
「あ、あの……」
「あ、ごめんなさいっ。隊長、この方は砂漠で――」
突然の展開で置いてきぼりにされたエリザさんが躊躇いがちに声を上げて、それに気づいたツバキちゃんがクシナタさんにエリザさんを紹介する。ついてきて早々、こんな場面に遭遇させてしまったことも申し訳ない。
「そんなことが。スー様を信じてついてきて頂いたのに申し訳ありませぬ」
クシナタさんはそう言ってエリザさんに頭を下げるが、違う。まず、詫びるべきなのは俺の方で。
「すまなかった」
身体を起こすよりも優先して声を絞り出した。
「スー様」
「俺が浅はかだった」
カナメさんにもクシナタさんにもエリザさんにも、こんな謝罪では足りないことはわかっている、だけど。
「……まずはカナメの所に、案内致しまする」
ただ、淡々と告げるクシナタさんの言葉からは感情というモノが読み取れず。
「すまない」
そうさせてしまっている俺としてはただ、謝罪の言葉を口にし、身を起こしてついて行くことしか出来なかった。
「スー様?!」
「す、スー様……」
途中で出会うクシナタ隊メンバーの反応は様々で、驚きの声を上げる者がいれば、呆然とこちらを見る者も居て。
「あ……っ」
「スー様……」
こちらに気づき顔を伏せた者や何か言いたげな者も居た。再会に、本来なら戻ってきた時点で口にしようと思っていた「ただいま」の言葉を言えなくなったのは、俺のせい。
「こちらでありまする」
やはり感情のこもらぬ声で、クシナタさんは先導し、二階に上がる階段の前で右に逸れる。
「こちらに」
階段を取り巻く回廊を行きながら示したのは、伸びた廊下の一つだった。左右に配された扉の数と間隔から多分侍女や兵士など城に務める者用の個室あたりだと思う。
「この先にカナメちゃんがいるの?」
「知っているとは思いますが、地下は先日魔物が入り込んでおりました。故に魔物の接近を聞いて城を逃げ出し、空き部屋になった使用人部屋をお借りしておりまする」
「っ」
逃げるという単語に心が痛む。自分以外のことだとわかっていても。
「スー様、精神力は残っておりまするか?」
「あ、あぁ。ザオリクだな……問題ない。いや――」
急に声をかけられて自分に要求されているモノを察し頷いた俺は、顔を上げるとクシナタさんに深々と頭を下げた。
「ありがとう。この役目を俺にさせてくれて」
何だかんだ言っても、クシナタさんは優しい。償いの機会をくれたのだ。勿論、ただ一度の蘇生呪文でチャラになるなどと言う甘い考えはしていない。
「カナメさんに謝る為にも蘇生は絶対に成功させてみせる」
「……こちらの部屋でありまする」
素の口調で告げ、示された部屋のドアを開ける。
「っ」
戸を開けて、息を呑んだ。薄暗い部屋の中、お香らしきモノの匂いが立ち籠める中に横たわる女性のシルエット。背中から差し込む光に浮かび上がったカナメさんの目元にはクマがあり、顔もやつれて見えた。
主人公を待ち受けていたのは、想像していたよりも遙かに重い罰だった。
次回、第百七十六話「唱えた呪文は」
咎人は償いとかの人との再会を求め、呪文を紡ぐ。