強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百六十一話「幽霊とスレッジ」

「私の眠りを覚ましたのはお前か?」

 

「いかにも」

 

 何もなかったところから浮かび上がってきた白骨に、俺は内心の動揺をここまでの勢いで押し潰しつつ頷いた。

 

「実は今この国は魔物に攻められて居るところでの、魔物の本隊が到着するのはまだ先じゃが小物が何匹か入り込んだので排除がてらそこの『ほしふるうでわ』を頂戴しに来たのじゃよ」

 

 むろん、説明はそれで終わりでなく、魔物を倒したりした報酬であること、現女王の許可を得ていることも合わせて明かしておく。

 

「なるほどな、私が眠っている間にその様なことになっていたのか。ならば、私も少々協力しよう」

 

「協力?」

 

 ただ、こちらの説明を聞き終えた幽霊の対応は想定外のモノで、思わず聞き返すせば説明してくれるつもりらしい。

 

「そうだ。お前はこの国の者ではなさそうだが、ならば砂漠を旅して来たな?」

 

 骸骨はオウム返しに問うた言葉を肯定し、確信した様子で確認してきて。

 

「い、いや。この国の者の案内でキメラの翼を使って飛んできたんじゃが」

 

「……なんと」

 

 正直に答えたのは、空気が読めなかっただろうか。

 

「あ、じゃ、じゃがそれに何の意味が?」

 

「一つ確認しておきたかったのだ、未だ砂漠をミイラが彷徨っているかをな」

 

 幽霊が絶句してしまったので慌てて質問すると、復活した幽霊さんは語り始めた。

 

「そもそもミイラ達はピラミッドの番人、元々は砂漠をうろついてなど居なかったのだ」

 

 だが、自分達の守っていたピラミッドの財宝を盗む者が現れ、その泥棒達を追って砂漠に出て行ってしまったミイラ達が居たのだと幽霊さんは言う。

 

「あの者達には盗人と旅人の区別などつかぬ。故にいつからか砂漠を彷徨い遭遇する人間を無差別に襲うようになってしまった」

 

 だが、流石に人型でない魔物と盗人の区別はついたらしく、襲うのは出くわした人間のみとのこと。

 

「今のままでは、ミイラ達は旅人にとっての災厄でしかない。そしてミイラ達の本来の主でない私には人間を襲うのを止めさせることも出来ん。ただ、ただな。私も王家の血を引く者、追加で命令をすることならできるのだ『魔物を襲え』とな」

 

「おおっ、では」

 

 ここまで言われれば、幽霊さんの言う協力がどういうモノかわかる。

 

「地上をゆく魔物共に関してはこれより昼夜問わず砂漠を彷徨うミイラ達が襲いかかるだろう。それなりに数は減じさせられるし、進軍の速度も落とせるだろうな」

 

「それはありがたい」

 

 城内の魔物掃討しかしていない現状、魔物の大群は健在だ。全く対策が出来ていなかったところにこの支援は大きい。

 

「ただし、人を襲うなとは命じられぬ。故に出くわせばミイラ達はお前達にも牙を剥くであろう。また、空を飛ぶ群れに関してはおそらくミイラ達には何も出来ぬ」

 

「いや、充分ですじゃ」

 

 現在バラモスの地上部隊が何処まで近づいてきているかは解らないが、少なくとも地上と空の連係はし辛くなるだろう。

 

「ありがとうございます」

 

「礼はいい。他国の者にこの国を任せ眠り続ける訳にも行かん、当然のことだ。腕輪も私にはもう用のないもの、当代の王の許可もあるというならば尚のこと持って行くがいい」

 

「では、ありがたく頂いて行きます」

 

 最後にこの国を頼むと告げて、幽霊は消えていった。

 

「この国、か」

 

「スレ様ぁ、やっと追いつい……あれ、幽霊は?」

 

 後ろから着いてきているはずのお姉さんが現れたのは、俺が最後の言葉を反芻した直後。これは、完全に置いてきぼりにしてしまったか。

 

「つい先程まで話し込んでおったよ?」

 

「えー、またまたー。背中が見えた時、スレ様しか居ませんでしたよ? 話にあった骸骨なんて何処にも」

 

「そうですよ、いくら地下だからってスレ様のたいまつで明るいですし、骸骨なんて居たら気づきます」

 

「ひょ?」

 

 からかわないで下さいよと言外に訴えるお姉さんに俺が呆然とする。先程俺が見た骸骨は幻覚だったとでも言うのか。

 

「ま、まぁ『ほしふるうでわ』はホレこの通りじゃしな」

 

「あ、それが話にあった……」

 

「わぁ、綺麗」

 

 気を取り直して、譲り受けたそれを見せればお姉さん達の感心は腕輪にあっさり逸れ。

 

「何にせよ、魔物が居らんならもうここには用もないじゃろ。死者の眠りをこれ以上妨げる訳にもいかん。地上に戻るぞ?」

 

「「はーい」」

 

「……まったく」

 

 声をハモらせて回れ右をしたお姉さん達の背中を押した俺は、徐に立ち止まると宝箱の方に振り返って一礼し、お姉さん達の後に続いたのだった。

 

「ん、何故止まって居るんじゃの?」

 

「あ、スレ様」

 

 そして、帰り道は行きに蹴散らした分楽々かと言うとそうでもない。

 

「スレ様ぁ、ちょっとこれなんですけど」

 

 通路で出来ていた渋滞に遭遇した俺が訊ねれば、脇に退いた僧侶のお姉さんが指し示したのは、かえんむかでの骸。

 

「卵とか持っててここで孵ったら大変だし、運びだそうって話をしたんですけど、重くて」

 

「むぅ」

 

 同行したお姉さん達は僧侶と魔法使い、力仕事が向かないのは明らかだ。

 

「しょーがないのぅ」

 

 ノリノリで駆除しまくった後に待っていたのは、死骸の処分という力仕事でした。しかも、遠慮なく蹴ったり分銅ぶつけたので、死体はかなりグロいことになっている。

 

「こう、自重無しに暴れたのは、失敗じゃったな」

 

 顔をしかめつつも鎖に絡めて巨大芋虫だかむかでだかの死骸を引き摺る作業を始めてから、数時間後。

 

「ふぅ……ともあれ、これで魔物については片づいたかの」

 

 結果から言うと精神肉体両面から割とへろへろになりつつ、死体を片付け終えるのにかかった時間の方が長かったと思う。

 

「そうですねー」

 

「ですね、けどその腕輪は誰が着けるんですか、スレ様?」

 

 疲労感と二人連れな俺の言葉に相づちを打ちつつも、話題をほしふるうでわのことに持って行くのは、やっぱりお姉さん達が若い女性だからかも知れない。

 

「うむ、素早さを倍にするなら純粋に増加量の多いカナメと言うのも手なのじゃがの……」

 

 これをつければクシナタさんの俺を真似たという一ターンに二回行動もどきが完成するだろうかなどと、ふと思い、俺は言葉を濁した。

 

「あ、カナメさんじゃないとしたら隊長ですか」

 

 魔法使いのお姉さんに絶妙のタイミングで聞かれてしまったのは、考えたことが顔に出ていたからか、ただの偶然か。

 

「はて、どうじゃろうな? ふぉっふぉっふぉっふぉ」

 

 もっとも、俺としてはどちらでも良かった。今考えているもう一つさえ見透かされていなければ。

 

 




思わぬ助力を得たかに思えた主人公。

ただ、幽霊の姿をみたのは主人公のみ。幽霊との会話話は現実だったのか、それとも。

次回、第百六十二話「さようなら、クシナタさん」


……ええっ?!


 別れ、それは時に突然やって来る。


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