「敵を欺くにはまず味方から、鉄板じゃの」
「方針は否定しませんが、ちょっと狭いですね」
影武者さんの指示書からするとここまでは予定通りらしいのだが、僧侶のお姉さんの言うことには全力で同意したいと思う。
「おそらくこんな人数を詰め込むのは想定外だったのじゃろうが」
そも、原作でイシスに牢屋があったかを俺は覚えていない。犯罪者の居ない国家など存在するとは思えないので、矛盾を解決する為に増設された施設なのではないかと見ているが、この牢獄天国のようなぢごくであった。
「んぅ、ちょ。ちょっと押さないで下さいっ。す、スレ様、すいません」
「い、いや、謝るのはワシの方というか」
牢が狭いせいで頻繁に触れるお姉さん達の身体。わざとやってるとは思わないが胸やらお尻やらが当たったり押しつけられたりするのだ。
「こういう場合、普通男女で分けると思うんじゃがの」
「ううっ、お尻ペンペンは嫌ぁぁぁぁ」
俺が嘆息する牢内に響く、お仕置きを恐れるお姉さんの声がシュールというか、カオスめいた空気を作り出すが、指示書によると夜まではこの牢で過ごさないといけないらしい。
「迷惑をかけるの」
無礼は働いたものの支援物資を運んできた恩人でもあるので、反省の為一晩牢に入って貰うが次の日には解放というのが、俺達の表向きな扱いである。実際には夜中に影武者さんから事情を知らされてる牢番の兵士が戸を開けて外に出してくれるのだが、暫くこの狭い中で一緒に缶詰だ。
「え、ええと。私はスレ様と一緒で嬉しいですよ?」
「そうですね、私もです」
何てお姉さん達はフォローしてくれるが、居たたまれないというか、何というか。もってくれ、俺の理性。
(くっ、何て悪辣なトラップをっ。おのれバラモスめっ)
さっさと過ぎ去って欲しい時間ほど長く感じることを再確認させられながら、俺は孤独な戦いを続けた。精神力を回復させる為横になって寝ることも考えたが、寝ぼけてお姉さん達ととんでもない間違いを犯してしまう可能性を考慮すると寝ることも出来ず、ただ目を瞑るだけにとどめた。
(水色生き物だ。背中や頬に当たるぷにっとした感触は、水色生き物なんだ。悪い水色生き物じゃない、いい水色生き物なんだ。程良い弾力があって、密着してるからか暖かいけど、きっと目を開けるとあの涼しげなブルーの色が目に飛び込んでくるはずで――)
首筋にかかる温かな吐息はお姉さん達のモノじゃない。
「んあっ」
「ちょ、ちょっと、だから押さないでくださいませ」
呻くような声とか上擦った声も幻聴だ。
「嫌、お尻ペンペンは嫌……」
そうだな、お尻ペンペンは嫌だな。
「むぅ」
無だ、無の境地に辿り着くのだ。賢者を経験しているこの身体なら、不可能ではない筈。
(ん、この感覚は……)
いや、出来るかどうかなどという段階はもうとっくに過ぎていたのだと思う。目は閉じているはずなのに、俺は何かを感じ始めていたのだ。
「けけけ、もうどうあがいても手遅れだというのに無駄な努力をしたあげく、牢にぶち込まれるとは相当なアホだな」
「やかましいっ」
「がふっ」
故に、その怒りは正当だったと思う。リュックから袖の内側に忍ばせていた鎖分銅を耳障りな声の方へと射出し、分銅が何かを打ち砕いた感触と人の瞑想の邪魔をしてくれた何かの断末魔を知覚し、ほぅと吐息を漏らす。これで瞑想を再開出来ると思ったのだ。
「え」
「何、それ」
「す、スレ様?」
だが、実際には違っていた。水色生き物達が後ろでざわめきだし。
「スレ様、スレ様ぁ」
「んんっ、何じゃ?」
揺さぶられ、結局瞑想を断念せざるを得なくなった俺は唸りつつ、目を開け振り返った。
「ぬおっ」
目に飛び込んできたのは水色生き物、ではない。オレンジ色だったのだ。何というか僧侶のお姉さんのインナーとそれを内側から膨張させる恐るべき凶器である。
「す、スライムベス……じゃと?」
「い、いえ、そんな魔物ではありません。確かに魔物は魔物ですけど、あれはアッサラームで見た――」
「ひょ、アッサラームで?」
我に返って視線を上に移動させた俺は、一点を凝視するお姉さんの視線を辿った。
「……あれは、ひょっとして」
確かにアッサラームで見た魔物だった。と言うか、俺が倒した魔物でもある。
「ベビーサタン、と言うことは女王に呪いをかけて居た魔物かの?」
「やっぱりアホでしたね」
まさかとは思うが、女王に無礼を働いて牢にぶち込まれた人間を見る為だけにわざわざ自分からノコノコ現れたのだろうか。
「いやいや、いくら何でもアホとか言う次元を超越しとるじゃろ?」
一言で言うなら「何故出てきたし」辺りか。ともあれ、半ば呆れつつもはやピクリともしない魔物の死体を見つめてた時だった。
「なんだ、もう終わったのか? まあ、牢の中の人間などを殺……うげっ」
「どうし、な」
アホ二号以降が出現したのは。
「「スレ様」」
「解っておる、アバカムっ」
お姉さん達の声へ即座に反応しつつ、呪文で牢の鍵を開けながら二号の漏らした言葉でノコノコ現れた理由を俺は察した。
(外から現れた不確定要素を始末しておこうってとこかな)
おそらく、こんな狭い牢にぎゅうぎゅう詰めではろくな抵抗も出来ないと踏んだのだろう。ならば、自分達の行動を邪魔されないよう、こちらが抵抗出来ないところを利用して今の内に殺してしまおうと、だいたいそんな所か。
「げえっ、何故鍵がっ」
「く、ええいこうなれば」
魔物達にとって想定外だったのは、俺がアバカムの呪文を使え、いつでも牢から出られたことと。リーチの長い武器を服の中に仕込んでいたことだ。
(呪文で殺すことも出来たことは挙げないでおこう、せめてもの情けに)
実際、新たに現れた魔物達もやろうと思えば呪文で一掃出来たのだが、それでは収まりのつかない人達が居た。
「窮屈な思いをさせてくれたお礼、存分にさせて頂きます!」
「良くもスレ様から遠い位置にしてくれたわね!」
「な、何のことがふっ」
「げべっ」
「ぎゃあっ」
どす黒いオーラを漂わせながら牢を飛び出していったお姉さん達が、アホな魔物達に襲いかかり、鎖の先についた鉄球が薙ぎ払う。
「今です、畳みかけますよ」
「はいっ」
「ええ」
クシナタ隊は大半が後衛職であり、実際牢に入っていたお姉さんの殆どは魔法使いか僧侶なのだが、一撃目は物理攻撃。
「うーむ、フバーハ、スクルト」
「あ、スレ様ありがとうございますっ」
とは言うものの、軽く支援呪文をかけておけば、負けもないだろう。
「うむ、油断せず、逃がさぬようにの?」
「はいっ」
「お任せ下さい」
はっきり言って、その後は殆ど一方的な蹂躙だったと思う。
「まさかこんなにも早く解決して下さるなんて、何とお礼を申し上げたら良いか。……ですが、魔物が複数城内に潜入していたというのが気になりますわ」
「同感じゃ、他にも居る可能性は否定出来んですしの」
女王の呪いが解けたことで何かあったことを察した影武者さんへ再び謁見の間に呼ばれた俺は、本物の女王様の言葉に同意する。
「ん゛ーん゛ーっ」
ちなみに、前回やらかしたお姉さんは猿ぐつわを噛ませて部屋の隅っこに転がされるといういささかアレな処置がされているが、信用って大事なのだなとつくづく思う。
「ですから、生き残りの魔物が居ないかどうかの調査を皆様には引き続きお願いしたいのです」
「なるほどの」
女王の申し出は断る理由もなく、そもそもこちらは魔王の軍勢に脅かされるイシスを何とかすべく足を運んだ身だ。
「さてと、先に呪いは解いてしまったが結局の所やることは変わらんかの」
申し出を引き受け、軽く打ち合わせをしてから謁見の間を後にした俺はお姉さん達の方に向き直ると、じゃらりと両腕の鎖を鳴らした。
「生き残りが居るとして、本格的に動くならまず夜じゃろう」
俺達に倒されたことで、魔物が複数潜入していることは城の人々に知らされている。
「仲間がヘマをやらかしたと逃げ出す気なら自体が発覚した時点で逃げるか夜陰に乗じて逃げるかじゃろうからの」
ゲームで魔王の使い間を確認出来たのも夜だったのだ。原作知識を盲信して足をすくわれる気はないが、わざわざ見つかる危険を冒してまで魔物達が昼に活動する理由など思いつかない。
「部屋を用意してくれると言うことじゃから、夕方まではそこで何組かに別れて休憩じゃ。入り口で別れた嬢ちゃん達とも連絡を取らないといかんし、やることは色々あるがの」
ドキドキ夜のお城探索はその後だ。
「ふむ」
茜色の空が何もかもを同じ色で染める中、お姉さん達をあてがわれた部屋に残して外に出た俺は、南の空を見る。
「大群であることを鑑みると、今日明日の襲撃はないじゃろうな」
城の探索は二時間後ぐらいだろうか。
「まったく、本当にやることが多いわい」
この騒動が終わったら、俺は――。
「とは言え、今すべきことは別じゃったの」
密かに苦笑して、部屋へと戻り。そして、探索は始まる。
探索パートまでいけないとか、ぐぎぎぎ。
ベビーサタン達はアホというか相手が悪すぎました。
牢の外から延々と冷たい息で攻撃してなぶり殺しする目算だった様ですが、まぁ、相手があれですし。
次回、第百五十九話「夜の城と俺の――」
主人公、君が思うは――。