「そちらの騒いでいたお嬢さんはお気づきだったようですけれどね」
「な」
続けて投じられた発言は一つ前のモノと比べれば威力は乏しかったが、充分驚きに値する。
「お尻ペンペンは嫌、嫌ぁぁぁぁ」
「うーむ」
ただ、振り返った視界に入ったのは、クシナタさんのお仕置きに怯えてガタガタ震えるお姉さんでしかなく。
「……話を続けましょうか」
「そ、そうじゃの」
一瞬漂った気まずい空気の中、女王でないと自ら口にした女性の言葉に俺は頷いた。
「女王様ではないと先程言いましたが、私はただの影武者なんですの」
「影武者? では本物の女王様は」
女王でないなら何なのだ、と考えれば一番納得の行く答えではあったが、口にした疑問は当然次に行き着く疑問だと思う。
「その話をする前に、こちらも確認しておきたいことがあります」
ただ、女王の影武者さんはこちらの口をついて出た疑問に即答することなく、そう前置きして俺達へと訊ねた。いや、俺以外にと言うべきか。
「アッサラームの町で広がりつつあった呪いを解いた『解呪の英雄』の、そちらの皆様は英雄のお仲間の方々ですね?」
「何のことでしょうか?」
「あ、えっと……」
「スレ様、どうしましょう?」
解呪の英雄とは初めて聞くが、多分「語尾がぱふぱふ」事件の解決者という意味なのだろう。
「やむを得まいの」
影武者さんはカマを欠けてきただけかも知れないが、うっかり反応してしまったお姉さんが居る以上、とぼけるのは多分無理だと思う。せっかく言質をとられまいとしてくれたお姉さんが居たのに、申し訳ない。
(というか、俺に判断を仰いだの誰だよ)
あの時は勇者のお師匠様モードだったので英雄と同一人物視されるとは思わないが、俺が助言出来るレベルの関係者であると暴露してしまったようなモノだ。
「それを何処でお知りになったのかの?」
「東へ行ってみたいと旅に出ていた大臣のお兄様がつい先日までバハラタにいらっしゃったのですが、イシスの窮地を聞いて駆けつけてくださいまして……その時にですわ」
その人物に心当たりはあった。アッサラームでベビーサタンが屋根にいた屋敷の主人で、バハラタまで送っていった人物でもあるのだから。
(短い間とは言え、一緒に行動したもんなぁ)
これは俺が迂闊だったのだろう。うろ覚えの原作知識を掘り返してみると、ゲームでもイシスの大臣はそれっぽいことを言っていたのを思い出せたのだ。
「それで、あなた方なら信用出来ると思いまして、お願いもあったからこうしてお呼びしましたの」
「願い、ですか?」
「ええ」
隊のお姉さんの一人が漏らした問いへ影武者さん首肯を返した。
「先程の本物の女王様は何処にと言うご質問の答えにも繋がるのですが……」
続けるまでに間があったのは、躊躇ったのだろう。
「女王様は、ご自分のお部屋に。ただ、バラモスの僕に呪いをかけられてしまったのです」
「ええっ」
「呪……い?」
躊躇の理由は、明かされた内容を鑑みれば是非もない。そして、同時にここまでの経緯からもの凄くろくでもない展開が待ちかまえている予感をヒシヒシヒシと五割り増しぐらいに感じた。
「はい。語尾に『降伏しマース』がついてしまう呪いですわ。ああ、何とお労しい」
「……スレ様、バラモスってアホなんでしょうか?」
「いや、アッサラームの件を考えると、部下の独断じゃろ、これは」
詳細を知った時、俺達は一様に遠い目をしていたと思う。
「ことあるごとに降伏を口にされては周囲の士気にも関わります。それにバラモスの部下が降伏勧告の返答を迫ってきた時、呪いが解けていなかったら……」
確かに、深刻だとは思う。だが、同時に飛んでもなく馬鹿馬鹿しい。
「皆様はアッサラームで同様の呪いをお解きになったと聞いておりますわ。ですから――」
「むぅ、皆まで言われなさいますな」
馬鹿馬鹿しいとは言え、放置しておけるかというと別問題だ。
「あ、ありがとうございます。それで、おそらくですが女王様に呪いをかけたバラモスの僕はまだこの城内に潜伏していると思いますの」
「成る程、その僕を私達で倒せば良いのですね」
「ええ、お願い出来ますか?」
「無論ですじゃ」
隊のお姉さんの言葉に縋るような視線を向けた影武者さんへ俺は力強く頷き。
「ありがとうございます。では、この後のことなのですが、詳細はこちらに」
「指示書ということじゃな?」
「ええ」
影武者さんは玉座から近くまで降りてきて丸めた紙を差し出すと、受け取った俺の言葉を肯定し、再び玉座に戻って大きく息を吸い込む。
「皆の者出合いなされいっ」
「女王様、いかがなされました」
影武者さんのあげた声を聞きつけて兵士達が飛び込んでくる。人払いされたとは言え、ここは謁見の間。すぐ駆けつけられる場所に弊誌は詰めていたのだろう。
「私に対して無礼をはたらきました。衛兵っ、この者達を牢に」
「はっ、女王様の前で無礼をはたらくとは何と畏れ多い」
「さぁ、こっちだ! 抵抗するなよ!」
影武者さんが呼びだした衛兵に武器を突きつけられた俺達は、イシスの牢屋に投獄されたのだった。
重臣「女王様、降伏するとはなにごとですか?」
女王「そんなつもりはありません。降伏しマース」
重臣「女王様っ!」
だいたいこんな救いのない会話が暫く続いて、ようやく呪いであることが伝わったという、女王様の呪われた初日。
次回、第百五十八話「ドキドキ、夜のお城探索っ」