強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百五十四話「イシスの現状」

 

「すまんの、遅くなった」

 

「いえ」

 

 準備を終えアッサラームの入り口に戻ってきたのは俺が一番最後だった。

 

「向こうは魔物の侵攻前、このタイミングでモノを売りに行く命知らずは居っても少数派じゃろうからな、現地が物資不足の可能性を考えて色々買い込んだのじゃよ」

 はち切れそうな背負い鞄に視線が集中し口ほどにモノを言いそうだったので、疑問が口から出るより先にそう答えておく。ちなみに鞄もこの町で買ったものだ。

 

「けど、スレ様それで戦えるんですか?」

 

 そんな疑問がクシナタ隊のお姉さんから即座に飛び出してくるほど大きな荷物になってしまった訳だが、もちろん戦えるはずがない。

 

「この荷物のいくらかはイシスに置いてくるものじゃからな」

 

 俺が全力で暴れ回った時正体を隠す為の変装用衣装とかも着替えと一緒に購入して混ぜてあるし、予備武器としてチェーンクロスという分銅付きの鎖が二つ、寝ている武器屋の主人を起こして購入し側面のポケットに突っ込んであったりと仕込みはしてあるがわざわざ明かす理由もない。

 

「お前さんの家族が食糧不足で飢えている可能性もあるじゃろ? ルーラなら携帯の食料はさほど必要ないと言うのも今回の様なケースに限れば間違いじゃ。疎開する旅路の食料もイシスでは購入出来ん可能性があるからの」

 

「っ、すみません。戻って保存食買ってきます」

 

「あ、私も」

 

「む」

 

 とは言え、表の理由に納得して買い物に戻って行くお姉さん達が出るのはちょっと予想外だった。

 

「ちょっと待て」

 

「え?」

 

「買い込むのは良いが、それは呪文の使い手のみじゃ。ルーラで飛んだ先で魔物と出くわす可能性もあるじゃろ」

 

 俺は動けなくても呪文で固定砲台が出来るが、攻撃呪文が使えない盗賊や商人のお姉さんはそうもいかない。

 

「それに買い込む者もワシの真似はオススメ出来んぞ? 着地で潰れてしまう可能性があるからの」

 

 ゲームで言うところの力のステータス値が200を越えてる俺ならともかく、呪文使いである後衛職は基本的に非力なのだ、ここにいない賢者を除いて。

 

「それに、呪文が使えると言っても向こうが一刻を争う自体になっている可能性も0ではなかろうて。怪我を治せる僧侶、緊急時の脱出手段としてルーラの使える魔法使い。幾人かは素早く動ける状態であることが好ましかろう」

 

 そう言って、俺は隊のお姉さん達の中でも比較的小柄な数人の荷物を逆に減らした。

 

「まぁ、だいたいこんな所じゃな」

 

 後は先走って町に戻っていったお姉さん達が戻ってくるのを待つだけである。

 

「さてと、ワシは少し昼寝をさせて貰うとするかの。町に戻っていった皆が帰ってきたら起こしてくれ」

 

「はい、承知いたしました」

 

 宿屋に泊まる訳では無いにしても少しぐらいなら疲労も回復するだろうし、向こうの状況によっては暫く眠れないなんてこともあり得る。

 

(人目がなければ自分にラリホー使うんだけどな)

 

 流石に元ぱふぱふ語尾のオッサンを前にして魔法使いの格好の俺が僧侶の呪文を唱える訳にはいかず。

 

「……スレ様、スレ様」

 

「起きないとイタズラするよ、スレさ……あ、隊長冗談です。冗談だからお尻ペンペンはやめ――」

 

「ううっ……もう、時間かの?」

 

「はい」

 

 それでも目を閉じると少しは寝られたらしい。何処かで呼ぶ声に呻きつつ目を開けると、ぼやけた視界にお姉さんの姿があって、俺はそうかと短く呟いて身体を起こした。約一名、無茶をしたお姉さんが居たような気もしたが、きっと気のせいだったのだろう。

 

「ならば、行くとしようかの。キメラの翼を」

 

「は、はい、宜しくお願いします皆さん」

 

 促せば何処か緊張した態でオッサンは進み出て、こちらに勢いよく頭を下げてから周囲を見回した。

 

「じゅ、準備は宜しいので?」

 

「ううっ、お尻が、お尻が……」

 

「うむ」

 

 物陰からお尻を押さえて一人のお姉さんが出てきたのを確認してから、頷く。

 

「では、イシスへっ」 

 

 オッサンの手を離れたキメラの翼が手を離れた瞬間、俺達の身体は空へと持ち上げられた。

 

「さてと」

 

 上空だからこそ遠くまで見渡せる。となると、まず見るべきはイシスもしくはバラモスの城とイシスの間であり。

 

「スレ様」

 

「スレ様、あれを」

 

「ねぇ、あの黒いのって」

 

 幾人かのお姉さんが声を上げ、呼びかけてきたお姉さんが見ているモノは俺が見ているのとおそらく同じだろう。広がる砂漠の南高く聳える山の上を移動する黒いもやの様な代物。

 

「飛行出来る魔物の群れじゃな。しかもあちらから来たということはイシス周辺の魔物とは比べものにならぬ、の」

 

「それだけじゃないですっ、東の砂漠にも!」

 

「ふむ、あちらは砂漠の魔物ばかりじゃな」

 

 ほぼ雑魚ばかりの地上部隊と、まだかなり距離はあるがおそらく強敵ばかりであろう飛行出来るモンスターからなる第二陣。

 

「これは何ともあからさまじゃの」

 

 両者はかなり離れており、このまま何もなければ東の陸上部隊の方が先にイシスへ到達するだろう。

 

「地上部隊は様子見の捨て駒で、南からの部隊が本隊といったところかの。とりあえず捨て駒の方はお前さん達でどうにかなりそうじゃが」

 

 本体は微妙だ。

 

「何にしても、詳しく作戦を練るのはまだ早そうじゃの」

 

「そうでございまするな」

 

 魔物の配置は解ったが、イシスの現状はまだ確認出来てないのだから。

 

「戦える人、沢山居ると良いんですけど」

 

「居たとしても南の魔物は強いからの」

 

 本隊の中でも弱いモノならクシナタさん達でも倒せる可能性はある。こんなこともあろうかと思い、まほうのたてを買い与えたのだ。

 

「とりあえず、本格的に対策を考えるのは降りてからじゃろうな」

 

「ですわね、あちらの方をご家族の所まで送り届けなくてはなりませんし」

 

 話し合う間も周囲の景色は流れ、やがて高度も下がり始めて俺達はイシスに降り立った。

 

「ぬっ、お前達は……援軍か?」

 

 降り立つなり声をかけてきた戦士らしき男の第一声がそれだったのは、先程の光景を鑑みれば無理もないと思う。

 

「微妙なところじゃな。ただ、物資が不足しているのではとこうして救援物資をいくらか運んでは来たがの」

 

「いや、物資だけでもありがたい。あの降伏勧告以来この国に来る商人がめっきり減ってな」

 

 予想通りと言うべきか、この世界の商人は不甲斐ないと言うべきか。確かに危険ではあるが、この状況下なら些少ふっかけても商品は売れてしまうだろう。

 

「人の足下を見るのは感心できんが、キメラの翼を使えばボロ儲けとて十分可能じゃと思うがの」

 

「ああ、そう言う考えの商人も居るには居た。ただな、ふっかけたせいでいきり立った群衆に襲われてな」

 

「あー」

 

「そのせいで、金目当ての商人まで減ってしまった訳だ」

 

 結果としてこのイシスは慢性的に物資不足になってしまったらしい。

 

「だから忠告しておくが、支援物資については城に持っていった方が良い。強突張りな商人と邪推されて最悪町の人間に襲われる可能性だってあるからな」

 

「助けに来たつもりがそれでは、アレじゃの」

 

「ああ。善意でやってきて襲われて怪我をしたって奴も実際居るんだ」

 

 そして助けてくれる人が減って物資が不足する悪循環。微妙に自業自得な面もあるが、人間の醜さとか愚かさを再認識させられた気もする。

 

「ならば、仕方ないの。ワシら大荷物組は城を目指す」

 

「では、残った私達が」

 

「うむ、そこの依頼人と家族の護衛じゃな。すまんの、流石にここまで人の心が荒んでおるとは予想外じゃった」

 

 認識が甘すぎたのは、紛れもない事実。俺はオッサンに頭を下げた。

 

(そして、ここまで荒んでいると言うことは、勇者サイモン一行もまだ未到着、か)

 

「いえいえ。私もこれは予想外でしたし」

 

 オッサンが気にすることはないと言ってくれる中で、俺はこのイシスを目指している筈のもう一組に思いを馳せる。

 

(何処かで襲われたか、それとも想定外のショートカットでこちらが早く着きすぎただけか)

 

 いくら上空から眺めていたとは言え、あの広い砂漠を横断する数人の人影を見つけるのは、至難の業だ。魔物ほどの数が群れてるならまだしも。

 

「ともあれ、この様子じゃと町中で襲われる可能性もある」 

 

 ただ、今はサイモン達を案ずるよりすべきことがある訳で。

 

「皆まで言わないでいいですわ、スレ様」

 

「そうそう。こちらの方とて一刻も早くご家族とお会いしたいでしょう」

 

「うむ、宜しく頼むの」

 

 身軽なお姉さん二人の言葉に頷きを返し。

 

「気をつけてね、何があるか解らないし」

 

「そちらこそ」

 

 オッサンとその護衛を受け持つお姉さん達と俺達は、別れた。

 

 




何というか割とヒャッハーなことになっていたような気がそこはかとなくしそうなイシスの城下町。

城を訪ねる主人公一行を待ち受けているモノとは?

次回、第百五十五話「女王」


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