強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百五十話「ハンターズ・ハイ」

「グオォォオォオン」

 

 敵、燃エル、俺ノ勝チ。

 

「一見すると私達の居る意味を疑いたくなる光景ですな」

 

「……お前は良い、呪文をかける役目がある」

 

「この見た目も怪しい人と同じ意見なのはちょっと複雑ですけれど同感ですわ。護衛の筈が片っ端からスレッジ様に倒されて、今のところ出番なしですのよ?」

 

 何匹焼イタ、解ラナイ。ケド関係ナイ。皆燃エル。俺、強イ。モット、燃ヤ――。

 

「ム」

 

 コノ感覚モー久シブリナ気ガしテシまう程前のレベル上げから時間は経っていないと思うのだが、ともあれ身体に生じた前兆には覚えがあった。変身が解け始めたのだ。

 

(ノッて来たところだったんだけどなぁ)

 

 謎の高揚感は名付けるなら、ランナーズ・ハイにちなんでハンターズ・ハイとでも言ったところか。

 

「と、だいたいこんな感じじゃな」

 

「何というか……とんでもない呪文ですわね」

 

「そ、そう……ですね」

 

 人に戻って肩をすくめた俺に魔法使いのお姉さんがコメントし、バニーさんが同意する。

 

「あった、ゴールドや……て、熱っ」

 

「おっと、大丈夫ですかな? ホイミ」

 

「たはは、おおきに」

 

 相変わらずお金の回収に追われていたサハリのオッサンはようがんまじんの残骸に突っ込もうとした手を引っ込め、僧侶のオッサンから回復呪文をかけられて失敗を誤魔化すように笑う。

 

「けれど、こんなにサクサク魔物が倒せるなら盗賊さんも連れてくるべきでしたわね」

 

「け、けどあの人が何処に行ってるか知ってるのかい?」

 

「あー、違いますわよ。登録所で新人を登録して連れて来ればよかったってことですわよ」

 

 まぁ、見た目で変化は見分けにくいがゲームで言うところのレベルは面白いように上がっているようなのだ。そう思っても無理はない。

 

(魔法使いのお姉さんもヒャダルコは使えるようになったって自己申告してた気がするし)

 

 竜に変身してる最中だったので絶対の自信はないが、バニーさんが灰色生き物の群れを二度ほど呼びだしてくれたのだ。たぶんジーンもモンスターで言うところの一ランク高い色違いと互角程度の強さには成長するのは遠くないと思う。

 

「まぁ、過ぎたことを嘆いても仕方ないってもんさ」

 

「同感じゃの、第一人数が増えるとこの修行の効率も下がる」

 

 女戦士の言葉へ頷きつつ見回す俺の視界に入る者達は、合計六名。俺を入れると七人でクシナタ隊の時よりは少人数だが、ゲーム時代のパーティーと比べれば人数は倍近い。

 

(経験値の入り方がゲームに準ずるなら、手に入る経験値はだいたい二分の一程度だもんなぁ)

 

 人が増えればその分、レベルの上がりも遅くなる。優先してレベルを上げるべきは、このジパングにてこれから一人で暮らして行ける強さを身につける必要があるジーン。時点が遊び人のままでは魔物を呼び出すことぐらいしか役目のないバニーさんだろうか。

 

「ともあれ、今のお前さん達なら一人前と見なされるだけの実力は身に付いたことじゃろうて」

 

「納得は出来ませんけれど、否定も出来ませんわね」

 

「故にワシの役目はほぼ終わりじゃ」

 

 複雑そうな表情をした魔法使いのお姉さんをちらりと横目で見て、そう告げると唱え始める呪文は洞窟を脱出する為のモノ。

 

「「え」」

 

「な」

 

「リレミト」

 

 幾人かが驚きの声を上げた時、完成した呪文は俺達を外へと運んでいた。

 

「そ、外? ……リレミトですのね」

 

 状況の把握は流石に同じ呪文の使える魔法使いのお姉さんが一番早く。

 

「す、スレッジ様……す、すみません、役目はほぼ終わりとはどういうことですか?」

 

 ただ、真っ先に真意を問いただしてきたのは別の人物、バニーさんだった。

 

「お前さん達はもっと修行を続けたかったかもしれんがワシにも都合があっての」

 

 軍人口調をした魔法使いのお姉さんからもたらされた情報を知らせなくてはいけない人物が居ると告げる。

 

「バラモスによるイシスへの降伏勧告、女王がはねつければバラモスは実力行使に出るやもしれんじゃろ」

 

 これへの牽制の意味もあってサイモンが動いたが、二正面作戦をやってのけるぐらいの戦力をバラモスは有していると俺は見ていた。

 

(サイモンへの刺客とイシスへ向けた侵攻軍の双方に一人で対処するのはどう考えても難しい)

 

 ならば、俺にとれる対応策は限られてくる。

 

(バハラタに飛んでクシナタさん達と合流するか……)

 

 もしくはアッサラームまでルーラしてイシスまで強行軍、まずはイシスへ飛べるようにするか。

 

(クシナタさん達へイシスに向かって貰って俺は別行動するという手もあるんだけど、ゲームにない展開だけに最悪の場合イシスへどれ程の強さの魔物が押し寄せてくるかが未知数何だよなぁ)

 

 どっちにしてもこれ以上シャルロット抜きの勇者一行のレベル上げなんて悠長なことはしていられない。自信を持ってイシス側を任せられる程の強さまでバニーさん達を育てるよりも侵攻の方がおそらくは早いと思うのだ。

 

(戦闘力だけならまだクシナタ隊の方が高いし、人数も多い)

 

 いっそのことドラゴラムで俺が蹴散らしてバニーさん達かクシナタさん達の成長の糧になって貰うという手も考えはしたが、わざわざ目立たないように隠していた面々を表舞台に引っ張り出しては本末転倒である。

 

(せめてラーミアを孵化させられればショートカットも可能なんだけど)

 

 無い物ねだりだった。

 

「何にせよ、ワシも動かねばならん。むろん、あの男もじゃな」

 

 具体的な名前は出さずとも誰かは察すると踏んで俺は言い放つと、ジーンやバニーさん達に背を向けルーラの詠唱を開始した。

 

「……る数多の風の精霊よ、翼持たぬ我の羽根となりて我を彼の地へ導かん」

 

「……行かれますのね」

 

 詠唱中だからこそ、魔法使いのお姉さんの問いには答えない。むしろ、追及されることを避ける為にわざわざ口に出して詠唱をしているのだ。

 

「あ、あの……ご武運を」

 

「……世話になった。死ぬなよ」

 

 この姿では出会って間もない女戦士と商人のオッサンはバニーさんとジーンへ譲ったのか、声をかけることなく呪文は完成する。

 

「ルーラッ」

 

 もう随分なれた身体を引っ張られる感覚。地面は遠ざかり、先程まで一緒にいたみんなの姿もどんどん小さくなる。

 

「まったく、予定が狂わされっぱなしじゃの」

 

 嘆息は風に流れて後方に消える。結局、放置してしまった水着と下着がほんの少しだけ気になったが、そんなことに拘っている場合ではない。

 

「この代償高くつくぞ、バラモスよ」

 

 おおよそのではあるものの魔王が居城の方へちらりと目をやって俺は吐き捨てた。

 




地図で見るとバラモス城へテドンの次に近いのがイシスなんですよね。

次回、番外編12「運命(おろち視点)」

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