「どうか私達も連れて行って下さい」
「連れて行って下さいっ」
「ふむ、そう言われてもな……」
こうなる気は何処かでしていたのだ。バハラタに降り立ち、もう自由だとアッサラームへ売られてしまっていた女性を解放した時、立ち去らずに残った女性が数人居て、どうしたのかと問えば意を決した表情で切り出した最初の一言が連れて行ってくれ発言である。
(ここに来てまさかのクシナタ隊新入隊員っ?! って、驚く程でもないか)
家族の元に返れるなら良い。だが、掠われた女性が天涯孤独であったら。
「何でもします、私達を自由にする為に使ったお金の分だけでも恩返しをさせて下さい」
「お願いしますっ」
もしくは、ただ助けられたことに負い目を感じていたら。
(純粋な好意なだけに断りづらいなぁ)
ついでに言うならこの場には第三者が居る。
「ここまで言っているのだ。どうだね、連れて行ってやっては?」
無責任に応援しないで貰いたいと言いたいところだが、俺がもし事情を殆ど知らぬ第三者だったら同じ様なことを言ったかもしれない。
(お姉さんが数人増えるぐらいはもう今更って気もするけど、隊に加えるとなるとレベルの差がなぁ)
かといってシャルロット達勇者一行の追加メンバーとして扱う訳にも行かない。
(シャルロットは寝込んでるし、ろくな修行になってないだろうからあの腐った女僧侶とかの追加加入組に追いつくぐらいなら簡単だけど……)
シャルロットからすれば風邪で寝込んでいたら師匠が見知らぬ女の子を連れてきてパーティーに入れると言い出した格好になる。
(どう かんがえて も ての こんだ じばく じゃない ですかー やだー)
しかもついてくると主張されてる方の内二人は、劇場で出会ったメロンさんもとい踊り子さん達なのだ。
(世界って俺に恨みでもあるんですか?)
ただでさえクシナタ隊のお姉さんに振り回されっぱなしだと言うのに。
「お願いしますっ」
(くっ)
何度も頭を下げて頼んでいるというのにここで拒否したらこちらが悪者になってしまう気がする。
「仕方あるまい……」
「あ、ありがとうございます」
結局折れたのは、俺だった。
「……苦労しているな」
「結局の所これも身から出た錆だ……クシナタ」
労ってくれたさつじんきのジーンにそう応じると、俺は複雑な表情をした「隊長さん」の名前を呼ぶ。
「新入りはお前に任せる。隊長としての手腕に期待させて貰っても良いか?」
「はい、承りまする」
直後に交わしたこのやりとりは、クシナタさんへ丸投げしたように見えるかも知れないが、こちらとしてもこれ以上墓穴は掘りたくないが故の、言わば苦渋の決断だ。
(ダーマで転職したやり直し組と並行作業で育てて行けばレベル差は問題ないだろうし)
新入りさん達の恩人は俺ではなくて俺達だ。
「クシナタはお前達を助けた隊の長だ。悪いようにはしないだろう。俺はこれからジーンをジパングへ送り届けねばならん」
「ジパングでするか?」
「あぁ、あそこなら交易関連と女王に関わらなければ静かに暮らせるだろう? お前達とは別行動になるが」
お店が一軒もないへんぴな場所だが、だからこそジーンにはちょうど良い。
「その後どうするかはシャルロットの体調次第だ。もう良いようならジパングからアリアハンへ向かう」
そして駄目な時はこのバハラタに戻ってきてそこからダーマを目指すつもりだ。
(イシスも気になるけど、ジーンとの約束を果たさないままってのは具合悪いもんな)
順番からすれば、イシスはその後だ。おそらくシャルロット達と合流してからになる。
「「スー様」」
「そんな顔をするな。永遠の別れと言う訳でもない。それに仕方なかろう」
生け贄として命を落としたことになっているクシナタ隊のお姉さん達がジパングに足を踏み入れては騒ぎになるのが目に見えている。
「正直に言うとジパングに行くのは気が進まん」
今のおろちは俺にとって天敵とも言っていい相手だ。ましてや肩から提げた鞄の中身なんてせくしーぎゃるのおろちと接触した瞬間化学反応を起こす危険物の固まりだ。これでどうして嬉々としてジパングに行けようか。
(とは言え、人一人住まわせてくれって言うなら絶対許可がいるし)
オーブを貰い受ける必要もあるので、おろちとの再会はほぼ確定だ。
(うん、鞄の中身には絶対気づかれないようにしよう)
そんな胸中の呟きさえフラグか何かであるような気がするのは、俺がひねくれているのか単に疲れてるだけなのか。
「スー様、お気をつけてオッサンとぱふぱふ」
「まだその語尾は続いていたのか……」
改めて聞くと、そのお姉さんの語尾はとんでもなく酷いモノだと思う。言葉の中でとはいえ慎重にオッサンとパフパフさせられた俺が言うのだから間違いはない。
「クシナタ、罰も程々にな」
新入りさんに諸注意など早くも説明を始めているクシナタさんお方を向きながら、俺は顔の引きつりを押さえられただろうか。
「待たせたな、ジーン」
「……もう良いのか?」
「ああ。出立のタイミングを逸してしまいそうでな」
ジーンに苦笑で応じながら手にしたのはキメラの翼。
(クシナタ隊のお姉さん達だけならルーラも使えたんだけど)
人の目がある以上、道具に頼るのもやむを得ない。
「君にはせわになったね」
「そうでもない、働いたのは、譲って貰った品との差額分だけだ。もしアッサラームに戻りたいようならキメラの翼を使うか、隊の魔法使いを捜してルーラを頼むと良い」
最後に声をかけてきた同行者の金持ちっぽいオッサンと言葉を交わすと、俺は再びキメラの翼を空高く放り投げるのだった。
次回、第百四十一話「はみ出ちゃだめぇっ」
まぁ、おろちの所に行ったらそうなるわな、うん。