強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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番外編10「自宅の窓から(勇者視点)」

「あれってなんだったんだろ……」

 

 ボクはベッドに身を委ね、天井を見上げてポツリと呟いた。

 

(あの時と同じひと、だよね?)

 

 夢の中で出会ったのは――声だけだから出会ったでいいのかわからないけど、とにかく声の主は誕生日の夜に夢の中で色々と質問を投げかけてきたひとと同じひとだったと思う。

 

(すべてをつかさどるもの、だったし)

 

 名乗りは同じ、声も同じ。

 

(けど、何だったんだろ)

 

 風邪で気が弱っていたからか、愚痴のようなモノを言ってしまった。

 

「お師匠様達が頑張っていらっしゃるのに勇者のボクがこの有様だなんて」

 

 とか。

 

「せめて、何らかの方法で力になれたらいいのに」

 

 とか。

 

「……ジパング、かぁ」

 

 確か、お師匠様はジパングでやまたのおろちという魔物を懲らしめた後しまつをすると仰っていた気がする。だから、きっと今頃はジパングに居るのだろう。

 

「どんなところ何だろ」

 

 上半身だけ起こして窓の外を見ても、ここからじゃ見えるのはルイーダさんの酒場と青い空ぐらいだ。

 

(やまたのおろちって魔物もまだ居るんだよね)

 

 その魔物が化けた女王がお師匠様と仲良くしてる夢を何故か見て魘されたりもした。

 

(お師匠様、強くて格好いいし……好きになっちゃうのは不思議じゃないとは思うけど)

 

 我ながら突拍子もない夢だったと思う。

 

(ひょっとして無意識に不安を感じてるのかな、ボク)

 

 側に居ないから、誰かに盗られてしまうのではないかという不安。

 

(スレッジさんと一緒に居たお姉さん達を助けたのも、たぶんスレッジさんだけじゃないだろうし)

 

 記憶の中で鼻を伸ばしたスレッジさんを囲んでいた女の人達は、一人とか二人じゃなかった。

 

(ボクより綺麗な人も、……む、胸が大きな人も居たし)

 

 雨で濡れて服が透けて居たのに、口では嫌と言っていても女の人達がスレッジさんに向けていた視線には好意が宿っていたように思う。だったら、同じ助けてくれたお師匠様にも好意を持っていておかしくない。

 

(スレッジさん、ひょっとしてそれでボクが不安にならないようにわざとあんな態度を?)

 

 もともとスケベなお爺さんに見せかけることでミリーを庇おうとしたりする優しい人だった。実は裏があったのだとしても不思議はない。

 

(お師匠様とあの女の人達はどうなのかは解らないけど)

 

 たぶんボクが危惧しそうなことは無いのだと思う。

 

(お師匠様は真摯なひとだし……)

 

 第一、弟子が師匠を信じなくてどうするというのか。

 

(ましてや、今のボクは――)

 

 病で寝込んでいて、勇者の勤めすら果たせていない。

 

「はぁ……」

 

 最低だと思う、為すべき事も果たせないのに遠くでジパングの人の為に働いているお師匠様のことを僅かなりとも疑ってしまうなんて。

 

「早く風邪を治さないと」

 

 そして、お師匠様の所に行きたい。

 

(ボクじゃまだ足手まといかもしれないけど)

 

 彷徨わせた視線は、再び窓に止まる。

 

「……お師匠様」

 

 寝てる間にボクの様子を聞きに来た人がいるとお母さんから聞いた。何でもお師匠様に頼まれたそうで、お師匠様は遠くにいながらボクを心配してくれているのだ。

 

(……しっかりしなくちゃ)

 

 まだ熱があるのか時々ぼーっとするものの、調子は少しずつ良くなってきてる。

 

(ミリーやサラ、アレンさん達にだって心配させちゃってるし、)

 

 早く良くなってお返しをしよう、そう思った時だった。

 

「勇者様」

 

 ノックの音が扉の向こうからしたのは。ここは二階だというのに階段を上がる音に気づかなかった。

 

「あ、どうぞ」

 

「果物を買ってきましたわ」

 

 考え事をしてたからかな、なんて思いながら答えると、籠に入ったリンゴを抱えたサラが入ってきて。

 

「勇者様、お加減はどうですの?」

 

「あ、うん。薬とか飲んでこうして寝てるし、良くなっては来てると思うよ。それより、ごめんね……」

 

 お見舞いに来てくれたサラへ、ちょっと後ろめたい気持ちになったボクは謝った。

 

「ボクが寝込まなければ、冒険とか修行とか何か出来たかも知れないのに」

 

「気にすることはありませんわ、風邪をひくことなんて誰にでもありますもの。それにお休みを頂けたと思えば、ちょうど良い羽休めですし。勇者様やあの盗賊さんとのこれまでを振り返れば」

 

 笑顔で頭を振られて「そっか」とボクは呟く。

 

「言われてみると、相当濃い日々だったかも」

 

 ボクがバラモスを倒す為旅に出てまだ一ヶ月どころか半月も経っていないのに、レーベ、ポルトガ、サマンオサ、バハラタと旅をしてボク達はほとんどおまけだったとは言え、バラモスの部下の中では幹部にあたる魔物まで倒しているのだ。

 

「と言うか、サマンオサの戦いは色々とデタラメでしたわね」

 

「あ、うん。凄かったよね、バギクロス……ボクもあんな呪文使えたらなぁ」

 

 マシュ・ガイアーさんとボストロールって魔物の戦いは本当に凄かった。

 

「ボクもいつかはあんな風に……」

 

「覆面マントに下着だけの格好は止めて頂きたいと申しておきますわ」

 

「ええっ、格好いいと思うんだけどなぁ。あの女戦士さんだってあんなに肌の見える鎧着てたし」

 

 あれに覆面をしたのと大して変わらないとボクは思うけど。

 

「それとこれとは話が別ですわ」

 

「むぅ」

 

 あのかっこ良さをサラはどうして解ってくれないんだろう。

 

「だいたい、そんな寒そうな格好をしてまた風邪をひくようなことになったらどうしますの?」

 

「うっ」

 

 そう言われると、反論のしようがない。

 

「そもそも、装備とはかっこよさではなく、機能で決めるモノですわ。斬撃などなら受け止めれば良いでしょうけれど、魔物が吐く炎の息や範囲呪文などに面で襲われる可能性もありますのよ?」

 

「そ、それは……」

 

 サラの言うことは正論だ。魔物との戦いはいつ命を失ってもおかしくない殺し合いなのだから、全面的にサラが正しい。

 

「装備するモノは性能で決めるべきかぁ」

 

「ええ。それでも覆面マントに下着で戦いたいと仰るなら、下手な鎧よりも高い性能を持つ下着を探してくるべきですわ」

 

「下手な鎧より……」

 

 無理難題な気がして、反芻しつつ見ると、サラは肩をすくめて言った。

 

「そんなモノ存在しないとおもいますけれど」

 

「普通に考えればそうだよね、布の面積が少なくなればその分身体を守れる広さが狭くなる訳だし……うーん」

 

 唸りつつボクは考える、打開策はないかと。

 

「あ!」

 

 突如閃いたのは、本当に偶然だった。

 

「じゃあさ、もの凄く強い魔物の皮とか鱗とかを加工して下着にしたらどうかな?」

 

 だけど、名案だと思ったのだ。

 

「……そのもの凄く強い魔物はどうやって倒しますの、誰が?」

 

「あっ」

 

 致命的な欠点をサラに指摘されるまで。

 

「だいたい、そんな都合良く素材になりそうな魔物と出くわせる筈がありませんわ。そう言う魔物って言うのは、あのサマオンサの魔物の様に重要な場所を任されてるか、それこそ魔王の護衛をしているものじゃありませんの?」

 

「ううっ」

 

 どうしてこんな穴だらけの案を名案だなんて思ってしまったんだろう、ボク。

 

「まだ本調子じゃないのかなぁ」

 

「きっとそうですわ。さ、横になって」

 

「はぁい」

 

 促すサラの声に従って再びベッドに横たわると、少しでも眠る為に目を閉じた。

 

 




どう見てもフラグです、ありがとうございました。

次回、第百二十七話「合流」

シャルロットの復帰まであと何話かかるかなぁ。

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