強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百二十一話「当たり判定詐欺の正体」

 

「グルルル……ガアッ?!」

 

 獣の鳴き声に無言のまま繰り出した跳び蹴りが命中し、倒れ込んだ影法師は白がかった灰色の毛皮を持つ大きな熊の骸へと変わった。

 

(ダースリカントだったっけ?)

 

 ゲームではすばやさのたねをよく盗ませてくれたので、その魔物の名前は覚えていた。

 

(思いっきりアレフガルドの魔物だなぁ)

 

 バイキルトで攻撃力が倍加しているとは言え素手の一撃で倒した俺が言うとあれだが、この魔物もそこそこ強い。

 

(クシナタさん達が遭遇してたら拙かったな。やっぱり狩りにきて正解か)

 

 アークマージを倒してから今足下で転がってる熊まで既に二十数体程あやしいかげは倒したが、このダースリカントの様な強敵も混じってるモノの、比率は雑魚の方が多い.

 

(だいたいは一撃だけど、正体が分からないってのがなぁ)

 

 うぼーだのうあーだの呻きつつ腐敗臭を漂わせていたあやしいかげなど割とヒントは出してくれていたのだが、複数体出た時には間違って素手で殴ってしまうと言う事故だって起きかねない。

 

(うーむ)

 

 一応精神力の方は、目撃者の出ない状況下でマホトラの呪文を使ってから倒したりでいくらかは補充したのだ。ただ、派手な攻撃呪文を使おうものなら、せっかく分散させた戦力が集結してくる恐れがある。

 

(中身が解らない以上、安易に呪文使って耐性持ちの魔物なので効きませんでしたとかなった上に逃げられても困るし)

 

 派手な音がしないで複数の敵を倒す呪文もあるにはあるが、成功すれば相手の息の根を止める呪文なので相手の正体を見定められない状況で使うのは精神力の無駄になるかもしれない。

 

(そもそも一番殴りたくないアンデッドな魔物って即死呪文効きそうにないイメージがあるんだよなぁ)

 

 こうなってくると人型動物に関係なく動く腐乱死体な魔物が正体のあやしいかげがもう打ち止めであることを祈りつつ狩るだけだ。

 

「……ここか! っ、こ」

 

「ふんッ」

 

 ダースリカントを蹴り倒した時の物音でも聞かれたのか。木々の合間から姿を見せ地面に横たわる骸を見て動きを止めた新手に俺は拳を叩き込んで沈黙させる。

 

(ええと、こいつは何だったかな)

 

 浅黒い肌で仮面と腰蓑をつけた人型の魔物はもはやピクリとも動かない。

 

(この杖は……俺には扱えそうにないな。本職じゃないから断言出来ないけど、売れる気もしないし)

 

 落ちていた杖を一瞥し、拾い上げてマジマジと観察してみたが、角の生えた動物の頭蓋骨を先端につけたソレの詳細など商人でない俺にとってはさっぱりだった。

 

(せいぜい投げるぐらいしか使い道なさそうかな……と)

 

「ギャンッ」

 

 軽く弄んだ後木々の間に見えた影に投げつければ悲鳴が上がり。

 

(とりあえずは、こんなモンだったかな? 橋の方まで見に行ってみて、あやしいかげと遭遇しなければあのデカブツを追おう)

 

 決意してから二十を数えたタイミングだっただろうか。

 

「ピキーッ」

 

「シュゥゥゥゥゥゥッ!」

 

 聞き覚えのある鳴き声と共に飛び出してきた影法師に気がつけば条件反射で蹴りを叩き込んでいて。

 

「ふぅ……そんな前じゃないのに、懐かしいな」

 

 ひしゃげて水色に戻りながらかっ飛んで行くあやしいかげの蹴り心地は、あの日シャルロット達の前で幻のゴールネットを揺らした時と変わらぬまま。

 

(って、あれが最後とは限らないし、遊んでる場合じゃないか)

 

 頭を振ると謎の懐かしさと別れを告げて、歩き出す。

 

「……そして はし まで に じゅったい ほど たおしましたよ」

 

 所要時間は戦闘含めて十五分程だろうか。誰に向けての説明なのかは不明な辺り、本気で疲労が溜まってきたのだと思う。

 

(いかん、身体が重いし……眠い)

 

 ゲームと違って疲れたりするところには安心するべきか。

 

(ま、何にしてももう報告される恐れもないだろうし……)

 

 ここからは本気で行く。

 

 

 俺は――。

 

 アークマージのローブを脱いだ。

 ミスリルヘルムを装備した。

 みかがみのたてを装備した。

 まじゅうのつめを装備した。

 

 ちなみに、やみのころもはローブの内側に着込んでいたのでわざわざ羽織る必要がない。

 

「ホイミ」

 

 殆ど一方的な狩りだったが、念のために回復呪文をかけ。

 

「……行くか」

 

 気配を消してから、走り出す。

 

(あんまり遠くに行ってないといいな)

 

 気力にも限界があるし、あのあやしい影が俺を見つけられず、ダーマやバハラタに辿り着くなんて展開もご免被りたい。

 

(あの巨体でこれだけ木の茂る場所を進むんだからそう遠くには行ってないと思)

 

 思うけど、と心の中で呟くよりもそれは早かった。

 

「この音は……」

 

 丁度最初にあやしいかげ達をやり過ごそうとした時に聞いた、木々のなぎ倒される音。

 

「しかし……」

 

「グルォアァァ!」

 

 本当にアタリ判定詐欺だと思う。木々の間を悠々と通り抜けられそうな影法師に見えるたのに、瞳に映るのは、複数の木が同時に傾ぎ倒れて行く光景。

 

(うん、ツッコんだら負けかな)

 

 今のところゲームでしか確認してないが、水も無いのにクラゲやら半漁人が砂漠のピラミッドに現れたりするぐらいだ。この程度でとやかく言っても仕方ない。

 

「……バイキルト、フバーハ、スカラ、スカラ……ついでにマホカンタっと」

 

 気づかれないうちに自分へ思いつく限りの補助呪文をかけ、俺は音の方へと進行方向を変える。ちなみに呪文を反射するマホカンタの呪文は、付近に棲息する魔物が乱入して呪文をかけてきた時用の備えだ。

 

(さてと、その正体……見せて貰いますか)

 

 見た目と正体が違うので、冗談抜きでアタリ判定詐欺が心配だが、完全武装の上スカラの呪文を二重がけして防御力を高めているのだ。

 

「ゆくぞ」

 

 呟いて地面を蹴るなり、俺は木々を倒しながら進む影法師の側面に回り込んだ。

 

(正面じゃ、距離感掴めなくて倒れてくる木に巻き込まれるのが関の山だからなぁ)

 

 もちろん、側面からでもどのあたりからが身体なのかは解らないが、それなりに対処方法はある。

 

(図体が大きいことだけは解ってるんだ、なら――)

 

 武器を振り回して突っ込めばいい。

 

(そして影に向かって突き進めばっ)

 

「ッ、グギャァァァァァッ」

 

 僅かな手応えと共に何もなさそうに見えた空間から血が噴き出した。

 

(こうなる、ってね)

 

 手応えがあまり感じなかったのは、爪の切れ味とこの身体の腕力そしてバイキルトの呪文のお陰だろう。

 

「おまけだっ」

 

 先程の手応えと噴き出す血を手がかりに見当をつけた場所を更に爪で斬り払う。

 

「グギャウッ」

 

(しっかし、今更だけどホントにチートだよな。攻撃力もあれだけど、今の一撃の手応えからすると、きっと守備力の方も)

 

 不意をついたからこそここまでは一方的だが、おそらく噛み付かれたところで大したダメージは受けないと思う。

 

「グルォォォッ」

 

「っ」

 

 咆吼と共に頭上を何かが通過し、盾で防御姿勢を取ったところへ何かがぶつかってきたが、大した衝撃はなく。

 

(やっぱりか、だったらインファイトに徹した方がいいな)

 

 俺は更に前へ踏み込む。

 

(こんな所で火炎を吐かれるぐらいなら、十回や二十回噛み付かれたって)

 

 問題ない、森林火災になるよりはマシだと思った俺の太ももにポタッと垂れてきたモノがある。

 

「っ、何だこれっ?」

 

 最初は返り血かと思ったが、無色で雨にしては粘性がありそうな上、したたり落ちる場所は限定的。

 

(……ひょっとして、よだれ?)

 

 頭を挟まれるような衝撃を感じつつ、俺は自分の導き出した答えに硬直する。

 

(そりゃあ、噛み付いてきたなら唾液も出るよなぁ。あははははは……)

 

 数秒程現実逃避をしてから、とりあえず、腕を横に振るった。

 

「グギャァァァァ」

 

 手応えと共に悲鳴が上がり、噴き出した血が周囲にまだら模様を描き出す。

 

「さっさと殺そう。殺して風呂に入ろう」

 

 口に出したのは、もはや決定事項。

 

(首を斬り飛ばせば、よだれも出ないか)

 

 全部斬り飛ばしたら、四肢の生え方からいってホモォとか鳴く謎の生き物みたいな感じになりそうだが、流石に首を全部刎ねられれば、このきたないかげも死ぬだろう。

 

(首の生えてるのはだいたいあの辺で……)

 

 やまたのおろちと戦った経験が生きてくる。

 

(一撃で無理でも二連撃を叩き込めば)

 

「グルォッ」

 

 目の前のあやしいかげが不意に後ずさろうとした様な気もしたが、周囲は木々に囲まれ、正体が巨体であることも相まって逃げ場はなく。

 

「では、刈るか……」

 

 こうして俺は一時的に首狩り族と化し。

 

「ギャァァァ」

 

 斬り飛ばされた首は影法師の一部から紫色の鱗と群青の鶏冠を持つ竜のモノに変わって地面へ落ちる。

 

(うわーい、よりにもよって想定した奴の中で一番強い奴じゃないですかーやだーっ)

 

 転がった首を見て顔が引きつるが、こうなってくると余計野放しに出来ない。

 

「俺の前に現れたことを悔いるのだな」

 

 顔をシリアスモードに戻して色々吹っ切った俺は再びあやしい影に斬りかかるのだった。

 




はてさて、キングヒドラのソロ撃破なるのでしょうか?

次回、第百二十二話「とりあえず、帰って寝よう」


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