強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百二十話「かりのじかん」

(はぁ……)

 

 橋の向こうに辿り着く前に気配を殺してしまうと、追いかけてくる魔物達がこちらを見失う可能性がある。

 

「ヴォォォォン」

 

 だが、何もしないまま歩けば周辺に棲息する魔物と普通にエンカウントする訳で、現に数歩進んだ茂みの向こうから聞こえる濁った咆吼は、まず間違いなく動物のアンデッドな魔物だろう。

 

(臭いするからそうじゃないかとは思ったけど、よりによって……)

 

 アークマージのふりをしている今の俺は武器が使えない。攻撃手段は素手オンリーなのだが、相手は腐った動物の死体である。

 

(うああああっ、殴りたくNEEEEEE!)

 

 ならば投石と行きたいところだが、そうそう都合良く足下に石もなく。

 

(もういっそのこと突っ切るかな。追い抜いて推定アークマージと挟み込む形になれば、俺に向けた呪文に巻き込まれてくれるかも知れないし)

 

 もちろん、唱えた攻撃呪文が味方を巻き込まないゲーム仕様でしたなんて展開も考えられる。

 

(いや、待てよ)

 

 イオナズンで吹き飛んでこっちに残骸が散弾の様に飛んできたら。

 

(うん、嫌な展開ばかり思いつくなぁ)

 

 こうなっては他に手段もない。

 

(ごめん)

 

 俺は心の中で詫びると近くの木目掛けて蹴りかかった。バイキルトのかかった俺の蹴りに耐えきれる訳もなく、もの凄い勢いで倒れ込む。先程咆吼の上がった辺りへと。

 

(とりあえず、これで厄介な敵は何とかなったけど)

 

 あの魔物はこの辺りに棲息している個体の一つに過ぎないのだ。

 

(遭遇する度に木を折るのもあれだし、魔物の武器を奪うにしても俺に扱えるかって問題が浮上するんだよな)

 

 そこから暫くは攻撃呪文が恋しかった。

 

「ヴヴヴヴヴヴッ」

 

(っ、この!)

 

 木々の間から飛び出してきた昆虫の魔物は、刺される前に尾を掴んで地面に引き落として踏み。

 

(シュゥゥゥゥッ!)

 

「グルォア?!」

 

 のたのた歩いていた顔のあるキノコは、踵落としを決めてから、沈黙したところで追いかけてくるあやしいかげ目掛けて全力で蹴り込んだ。

 

(どうせ、大したダメージにはなってないよなぁ)

 

 それなりにでかく重量もあるが所詮はキノコだ、身体の柔らかさで衝撃を吸収するタイプのようで防御力はそれなりにありそうだったが、質量兵器にした場合の攻撃力としては活かせそうにない。

 

(食べて腹でもこわしてくれれば……いや、それだと追ってくる足が鈍って帰ってめんどくさくなるか)

 

 そんなどうでも良い考察をしながら野生の魔物をあしらいつつ俺は逃げ続け。

 

(あれは……ようやくここまで戻ってきたのかぁ)

 

 川にかかる橋へ辿り着くまでに倒した魔物の数は両手の指の数などとっくに超えていたと思う。

 

(長かった……)

 

 何故か驚く程軽い緑色の服やら、木の実やらが荷物に増えてしまうミステリーも起こっていたが、些細なことだ。

 

(この橋を渡って反対側に逃げるところまで見せておけば、重点的にあちらを探すはず)

 

 いよいよ反撃の解禁である。

 

(まずはあのデカブツをやり過ごして、推定アークマージを仕留めよう)

 

 広範囲を爆破する攻撃呪文イオナズンは厄介だし、自然にも優しくなさそうだ。

 

(バイキルトがかかってれば素手でも倒せるよな)

 

 最初の一体はテンパって爪で両断してしまったが、同じアークマージが倒したとするなら爆殺か殴殺、もしくは凍死させるのが望ましい。

 

(精神力切れてる設定だし、吹雪なんて口から吐けないもんなぁ)

 

 一見すると人型だが、ブレス攻撃出来る時点で人外だと思う。別のナンバリングでは転職することでその手の攻撃が覚えられたような気もするけれど、あれは例外だ。

 

「グルオォォォ!」

 

 橋の上では視界を遮るモノが何もない。俺の姿を捉えたあやしいかげが咆吼をあげつつ橋にさしかかり、重量から足下が揺れ。

 

(っ、あと少し……)

 

 少し蹌踉めきつつも向こう岸はどんどん近くなる。

 

(あと少)

 

「「ヴヴヴヴヴ」」

 

 ついでに、橋のたもとあたりの上空をうろついていらっしゃるでかい蜂と蠍を足して二で割ったような魔物達もも。

 

(ま た お 前 かぁぁぁぁぁ!)

 

「「ヴ」」

 

 最後の一歩を踏み切ると同時にジャンプし、両手で一匹ずつ尻尾を掴んで地面に叩き付ける。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 ようやく終わりだと思ったところで苛立たせてくれる魔物だった。

 

(さてと、もう少し直進してから忍び歩きで気配を断つか)

 

 視界の先には再び木々の多い茂る森林がある。俺は脇目もふらず木々の合間を縫うようにして直進し。

 

(あれにしよう)

 

 太めの木に目を留めると、回り込んで隠れ、息を殺しながらしゃがみ込む。

 

「グルオオオッ」

 

(とりあえず、追っては来てるな)

 

 近寄ってくる声に確信しながら、草の影をしゃがんだまま歩いて隣の木の根本に移動し、同じ要領で脇に逸れて行く。

 

(踏みつぶされるのは嫌だしなぁ)

 

 咆吼と一緒にバキバキと音がして正体が巨体故に木々がなぎ倒される。脇に移動していなければ、見つからなくてもあの手の折れた木の下敷きか、身体にでっかい足跡を付けて地面に突っ伏すことになっていただろう。

 

(とりあえず、第一段階クリア、と)

 

 木々をなぎ倒して進むような巨体なら一旦見失っても、破壊の跡をたどれば見つけるのは容易だ。

 

「くそっ、何処に逃げた……」

 

 そして、最初に倒すべきと定めた標的はあの正体デカブツを戦力として頼りにするつもりか、森林破壊をしつつすすむあやしいかげの後を追いかけていたらしい。

 

(向こうから来てくれるってのは想定外だけど)

 

「確かにこっちへ逃げてきたはずだが……」

 

 嬉しい誤算だった。推定アークマージのあやしい影は周囲を見回しつつも俺に気づくことなく先に進もうとし。

 

「おのれ、しかしヴァロめ一体どうやってあん゛」

 

「独り言中、悪いな」

 

 忍び寄って振り下ろした俺のチョップはあやしいかげの頭部を胴体にめり込ませていた。

 

(ふぅ、とりあえずは一体か)

 

 影法師の偽装が解け、今身につけているのと同じ紫のローブに包まれた本性を現しつつ、死体は横たわる。

 

(推測もどうやらアタリみたいだけど)

 

 一体倒してはい終了とはいかない。

 

(待ってれば後続も来るだろうし、あんまり散らばられたら討ち漏らしの心配もなぁ)

 

 このまま行くと荷物が持ちきれなくなりそうなのも心配だが、そっちの優先順位は割と低い。

 

(一番厄介そうなのはやり過ごしたし……とにかく、残りを叩こう)

 

 転がる骸から視線を橋があった方にやると、俺は気配を消したまま歩き始めた。

 




二人目のアークマージさん、SYU・N・SA・TUです?

次回、第百二十一話「当たり判定詐欺の正体」

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