強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百十八話「バトンタッチ」

「グォォォ」

 

「フシャァァァァ」

 

 誘引については成功したのだと思う。

 

「待」

 

「グオォォォン」

 

 シルエットの低さに反したドスドスとかズリズリなんていかにも重量級ですよ的な音をさせつつ追いかけてくるあやしいかげの方向の合間にさっき聞いた声が時折するからだ。

 

(いやぁ、思った以上に大量だぁ。はっはっは……)

 

 何というか、俺としては、笑うしかない。連続であやしいかげが吐きかけてくる火炎の出所が複数箇所あった時点で正体はだいたい察した。

 

(一番化けてて欲しくない奴きたぁぁぁぁっ)

 

 正確にはまだ確定ではないがものの、とりあえず複数の首をもつドラゴンっぽいの魔物と言うところまでは確定だと思う。

 

「イオナズンっ!」

 

 その系統の魔物には効かなかったような気もしつつ俺は呪文を放つ。

 

(これで少しくらいはっ)

 

 一緒になって追っかけてきてる魔物を間引かないと、万が一もあり得るからだ。

 

「おい、何だ? 何があっ、うおっ」

 

 足跡を聞きつけたのか脇から出てきた覆面マントの脇を俺は無言で駆け抜ける。

 

「危ねぇな、気をつ」

 

 背中越しに投げられた罵声が途中で切れたのは、きっと後ろの団体さんに気がついたのだろう。

 

「な、何だお前等、一体な、ちょっちょっと待て、あ、ぎゃぁぁぁぁっ」

 

(……南無)

 

 カンダタ一味を積極的に襲う気はなくても、超重量級の魔物が爆走してるのだ。巻き込まれたらただで済むはずがない。

 

「ええい、この忙しい時にっ。お前はホイミスライムでも呼んでこいっ」

 

 誤解を解く為の点数稼ぎか実は割と人が良いのか、俺を追う魔物の向こうからそんな声が聞こえた気もするが、はっきり言って今の俺にそんなことを気にしてる余裕はない。

 

(今は前を……)

 

 前方の注意を疎かにすれば行く手を遮られ、「○○は逃げ出した! しかし回り込まれてしまった」状態に鳴りかねない。

 

「ふにゃあぁ」

 

「ヴヴヴヴ」

 

「そこか、イオナズン!」

 

 前方に意識を集中し、魔物の鳴き声がすればためらいなく呪文を叩き込む。

 

(そろそろ精神力がやばいか……)

 

 呪文は届かずとも視界に入ってる状況で精神力を吸収する呪文を使っては偽物だとばれてしまう。

 

(なら、ここから先は……この拳で)

 

 そう。これが、肉体派アークマージ・ヴァロ爆誕の瞬間であった。

 

(って、何妙なナレーション入れてるんだよ、俺)

 

 ともあれ、熱心な追っかけと貸してる推測多頭ドラゴンとアークマージは是が非でも洞窟から釣り出さないといけない。

 

(俺の存在を、強者の存在を感じ取って出てきたって言うなら、俺が洞窟を去れば追ってくるか、引っ込むはず)

 

 ゲーム的に言うなら一ターンに二回行動出来る今、追いかけてきた連中をまくこと自体は難しくもない。

 

(問題はデカブツの方だけど)

 

 アークマージは奇襲すればあっさり屠れる。裏切り者が出たことは知れ渡っているから、追いかけてきた連中を生かして返す必要はない。

 

(と言うか、どう考えてもボスクラスのモンスターをこんなとこで野放しにする訳にもいかないしなぁ)

 

 大物の方は耐久力はあるが攻撃は直接攻撃か火炎のブレスのみ。補助呪文を重ね掛けすれば少々時間はかかるが単独撃破だって可能だ。

 

(裏切ったアークマージの評価がとんでもないことになりそうだけど)

 

 イオナズンで魔物達を蹂躙しまくったあげくに同格の魔物を撃破、更に格上の魔物まで単独で撃破する。

 

(まぁ、身の不遇から反旗を翻した理由としては納得出来るか)

 

 もし、本当にそれ程の実力を秘めていたなら人間の犯罪者のアジトに置いておくなど人材の無駄遣いも甚だしい。

 

(チートな部下をつまんない場所に配置して不満を抱かせ、野に降らせたとなるとなぁ)

 

 下手すれば大魔王の沽券と言うか配下達からの評価にまで関わってくるんじゃないだろうか、これ。

 

(いや、こっちの都合良く考えすぎかな。……何にしてもまずは後ろの熱狂的なファンにお出かけ頂かないと)

 

 俺がクシナタさん達では手に負えない魔物を洞窟の外に引っ張り出すことは手紙で伝えてある。

 

(クシナタさん達とジーン達を信じて、俺は自分のやれることをやるだけ、かな)

 

 洞窟を出て、クシナタ隊に救出任務というバトンを渡す。

 

「でやぁっ」

 

「がっ」

 

 出くわした杖をもつ黄緑の魔物目掛け、腰を深く落として真っ直ぐ突き出した拳を叩き込むと、傾いでくる体躯を飛び越えながら踵で後方に蹴り込む。

 

「グガアアッ」

 

 魔物の吹っ飛んでいった後方でデカブツの咆吼があがるが、重量級の足音は鈍らない。

 

(うーむ、効果無しかぁ。まぁ、嫌がらせ程度にしか考えてなかったけど)

 

 何とスリル満点の鬼ごっこであることか。

 

(金属の擦れる音、さまようよろい、か?)

 

 次の部屋に突入する直前、物音を聞きつけた俺は拳を握り込み。

 

「っ、あんたは」

 

「っ」

 

 兜をかぶってない甲冑男の姿に慌ててパンチを止めた。

 

(ここに来て、このオッサンとか)

 

 バッドタイミングこの上ない。

 

(下手なところに行かれるとジーン達のことがバレるしなぁ)

 

 連れて逃げるには足手まといだが、邪魔だからと言う理由だけで殺人は躊躇われた。

 

「逃げろ、潰されるぞ」

 

 だから、俺の口から出たのは忠告で。

 

「は? っ、ひぃぃぃっ」

 

 声をかけた分、不幸な覆面マントより反応は早かった。

 

「な、に、が、ど、どう、なっ」

 

「しゃべる暇があったら走れ。追いつかれて踏みつぶされるぞ」

 

 どうしてこうなったのかは、わからない。

 

「もうすぐ出口だ、意地を見せろ」

 

「ひゃ、ひゃいっ」

 

 ただ、俺と甲冑男は何とか階段のある通路まで辿り着き。

 

「おおおおおっ」

 

 勢いを駆って階段を上りきったのだった。

 

 




次回、番外編9「任務、託されて<前編>(クシナタ視点)」

いよいよ、洞窟に突入。



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