強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百十七話「手の込んだ誘引」

「グル?」

 

「イオナズンっ」

 

 獣らしき唸り声を上げたあやしいかげは、次の瞬間爆発の中に消える。

 

「なん」

 

「はあっ」

 

 爆音を聞きつけて飛び出してきた黄緑色の魔物の胴に拳を叩き付け、そこにある顔を粉砕し。

 

「でやあっ!」

 

 崩れ落ちる骸を通路に蹴り戻す。

 

「うおっ?!」

 

 丁度後続の魔物がこちらに向かって来ようとしていたのだろう。衝突して声を上げたあやしいかげが死んだ魔物の身体を押しのけようとしている間に俺は距離を詰め。

 

「なっ、お前はヴァロ! まさ」

 

「っ」

 

 様付けではなく呼び捨てにしたそれに繰り出そうとしていた拳を止める。

 

(同格か格上辺りか)

 

 手強い魔物には出払って貰わなければこの後突入するクシナタさん達が困る。

 

「イオナズンっ」

 

「ギャァァァァァッ」

 

 だから直接攻撃はせず、完成させた呪文で消し飛ばしたのは振り返らずに腕だけ突き出した自分の後方。断末魔が聞こえたと言うことは、戦闘の音を聞きつけてこちらにやって来ようとしていた魔物が居たと言うことだろう。

 

「何と言うことを……お前は自分が何をしたのか理解しているのか?」

 

(勿論、と言いたいところだけど……下手に会話して偽物とバレたら拙いもんな)

 

 怒気を滲ませつつあやしいかげの発した問いに俺は敢えて答えず、無言で歩き出す。

 

「っ、待て!」

 

 呼び止めようとするのも立場からすれば当然と言えた。止まってやるつもりなどもうとう無いが。

 

(さてと)

 

 ここからは鬼ごっこの始まりだ。

 

「逃げるなら容赦せんぞ、イオナズン!」

 

(って、いきなりですか)

 

 魔物を何体も屠って明らかな敵対行動をしたからだろう、続いてあやしいかげが怒りを滲ませた声には攻撃呪文がセットでついてきて。

 

(うおおっ、ちょっ、洒落になんないんですけどっ)

 

 数秒前まで居た場所が爆発に飲み込まれる。

 

「ちぃっ、運の良い」

 

(いや、運というか素早さがカンストしてるから何だけどね?)

 

 舌打ちする推定アークマージに俺は声を出すことなく胸中で答える。ゲームで言うなら逃亡が成功して戦闘が終了したとでも言うところか。戦闘範囲を脱した為、呪文がギリギリで届かなかったのだ。

 

(自分でやっててアレだけど、反則だなぁ、これ)

 

 素早いから先手をとれる、そして呪文を唱えながら逃げる何て真似も出来る為、敵対者からすればタチが悪すぎる。

 

「イオナズンっ」

 

「っ、ぎゃぁぁぁ」

 

 逃げながら、行く手を塞ぐ魔物がいれば爆殺し。

 

「今の悲鳴はな」

 

「ヴヴヴヴヴ」

 

「イオナズンっ」

 

 断末魔や爆発音を聞きつけた魔物がやって来ては、呪文によって生じた爆発の中に消える。

 

(効かないなら効かないで物理攻撃があるし)

 

 よっぽどの強敵が出てこなければ単身で対処は十分可能だった、しかも。

 

「っ、てめぇら良くも裏切りやがったな!」

 

「何のこ」

 

「おらぁ、死ねぇぇぇっ!」

 

 逃亡劇のさなか、顔に火傷を負った覆面マントの男が乱入し怒声を浴びせたかと思えば、推定アークマージに斧で殴りかかったのだ。

 

「っ、これは何の真似だ?」

 

「ああん? てめぇがあの虫に俺を襲わせたンだろうが!」

 

 実力差から大したダメージにはならなかったものの、味方だと思っていた相手から突然の襲撃にアークマージと思われるあやしいかげの注意は俺から逸れ。

 

「ヴヴヴヴヴ」

 

「お頭が居ないこの隙にってことか、おい? あぁ?」

 

 激昂したままのさつじんきは気づいていない。従うべき相手に危害を加えられた虫の魔物が、自分を敵と認識して取り囲み始めたことに。

 

「ええぃ邪魔だ、ど……待てお前達、このおと」

 

 あやしいかげの方が先にハンターフライ達の動向に気づいたが、もう遅かった。

 

「てめぇ、どっちを見」

 

「「ヴヴヴヴヴ」」

 

 羽根を激しく動かした魔物達は呪文を放つ直前だったのだ。

 

「ぎゃぁぁぁっ、熱ちぃぃ」

 

 一斉にハンターフライ達から熱を放射された覆面マント男は、床をのたうち回り。

 

「おい、どうし」

 

 悲鳴を聞きつけてやって来た甲冑男が、おそらく想定外の事態に立ちすくむ。

 

(うわぁい)

 

 まさか、カンダタ子分まで出てくるとは思っていなかった。

 

(兜があるってことは別の子分かぁ)

 

 推定アークマージからすればろくでもない展開だろう。手下のモンスターが味方であるはずのカンダタ一味を襲っているところを一味の幹部に見られてしまったのだから。

 

「貴様、これは一体全体どういうことだ!」

 

 当然ながら、甲冑男はあやしいかげに食ってかかった。

 

(うーむ、混乱に拍車はかかりそうだけど)

 

 こちらを追って来て貰わないと、クシナタさん達の安全が確保出来ない。かといってここで双方を攻撃しては小細工をした意味がない。

 

(うん、逃げよう)

 

 俺は足音を殺さず踵を返した。この状況下で俺が去ろうとすれば、あのあやしいかげは事態を収拾するか俺を追うかの二者択一を迫られる。

 

(……どっちを選ぶかな)

 

 もし、俺を放置したなら、辻イオナズンの犠牲が増え続ける訳で、事態の収拾を図ろうにも側にいる魔物とカンダタ一味は既に交戦状況にある。

 

(俺だったら裏切り者の追跡を選ぶけどね)

 

 ついでに己が手で先走った虫の魔物を始末し、裏切りは誤解だと告げてこちらを追うだろう。

 

(そもそも同士討ちが始まってるのも一カ所に限った話じゃないし)

 

 あれを収拾するのは、一苦労だと思う。

 

(だからこそ知恵が回れば、思う筈。このパニックは裏切ったアークマージが安全に逃げ切る為のものだと)

 

 事態の収拾を優先して逃げ切られたら裏切り者の思う壺、と言う訳である。

 

(そう思わせてこっちを追いかけてきて貰うのが狙いなんだけどね)

 

 めんどくさい真似をしているという自覚はある。

 

(けど、それ故に普通なら考えもしないはず)

 

 わざわざ自分を追わせる為だなどと言うことは。

 

 




次回、第百十八話「バトンタッチ」

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