強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第百九話「アークマージな潜入生活二日目」

 

「あふっ」

 

 出かけたあくびを噛み殺すと、ゆっくりと目蓋を開いた。

 

(うーん、眠れないのはきついなぁ)

 

 そろそろ日が変わった頃だろうか。洞窟の中だと時間の経過は解りづらいが、見張りをしている覆面パンツさん達もカテゴリ的には人間。不眠不休ではいられず、その交代と体内時計が時間経過の参考手段になっている。

 

(地図はだいぶ埋まったけど……見張りを何とかしないと地図の完成は無理かな)

 

 重要なところを重点的に警備するのは解る。その警備もレムオルの呪文で透明になればあっさり通り抜けられはするのだが、消費精神力が大きい割に効果時間の短いのがネックになって多用できないというのが現状で。

 

(あやしいかげにしても正体ランダムだもんなぁ)

 

 何度か見かけはしたのだが、獣の様な唸り声を上げたり、腐敗臭を漂わせていたりと明らかにハズレと解る魔物ばかりだったのだ。

 

(「ピキーッ」って鳴いた時は思わず蹴り飛ばしそうになったっけ)

 

 条件反射というのは、怖いモノだと思う。

 

(ま、それはそれとして……相手に悟られないようにしながら観察だけで正体暴けって言うのが難易度高いわ)

 

 人語を話せるかで探している敵かどうかをある程度絞れはするが、その先が難しい。

 

(独り言でも呟けば判断材料になると思うけど)

 

 このままだと地図の方が先に完成してしまいそうな気もする。

 

(冒険になるけどモシャスしてから人語しゃべってる適当な奴に接触してみるべきかもな。クシナタさん達が戻ってきてしまったら、何の為に一人残ったのか解らないし)

 

 幸いにも精神力の方は接触が避けようのなかった雑魚モンスターを奇襲した時マホトラの呪文で拝借したのでそれなりに余裕はある。

 

(とりあえず、最初にアークマージと接触した場所に戻ろう)

 

 そろそろモシャスの効果も切れる頃だ。

 

(しかし、我ながらナイスアイデアだよな。魔物は近寄ってこないし)

 

 いざというとき死体を処分出来るよう探していた宝箱に扮する魔物は、誰かが調べようとするまで動かない。洞窟の魔物やカンダタ一味は中身が調べた者に襲いかかる魔物と知っているから近寄ってこない。

 

(ひょっとしたらモシャスの必要も無かったかも知れないけど、狭そうだもんなぁ)

 

 そう、俺が呪文でそっくりに変身したのはこの洞窟に配置されていたひとくいばこだ。オリジナルは奇襲であっさり倒して箱もバラしてお尻の下に敷いている。倒したひとくいばこの中で休憩しようかとも思ったのだが、万が一調べられたら不味いと念を入れた結果が現状である。

 

(と言うか、宝箱の底を抜いてかぶって進むというのもいいかもしれないな。そんなゲームあった気がするけど)

 

 もしくは壁そっくりの裏地のマントを用意するとか、ダンジョンごとに用意しないといけなくてめんどくさそうではあるが。

 

(さて……)

 

 そろそろかな、と思った瞬間だった。俺の身体が箱から紫のローブ姿を着た姿へと変わったのは。

 

(アークマージな潜入生活二日目、開始としますか)

 

 インパスの呪文で確認したところ、ひとくいばこはもう一個あったので、アークマージを倒した場所を通った後は、そちらの箱へ餌をやりに行く予定でいる。

 

(モシャスのお手本用に保存しておいたけど、そろそろ臭い出すだろうからなぁ)

 

 アンデッド系の魔物が正体のあやしいかげがいるからか、死臭が漂っているのは不自然でも無いのだが、他者との接触を出来る限り避けている俺にとって、臭いの元になっている状況は宜しくない。

 

(えーと、扉を開けてまずは直進だったな。ついでに一旦外に出るか)

 

 対処が済んでないのにクシナタさん達が来ると不味いので、合図的なモノを残してくるのだ。

 

(雨じゃないといいけど、中がこの湿度なら大丈夫だよな)

 

 せっかく用意して雨で流れたりしたら、笑えない。

 

(たしか、ポケットの中に……って、ローブ着てると出しにくいな)

 

 合図に使うのは、何処にでも有りそうな石ころを三種類。ただし、この辺りでは見かけない色合いをチョイスしてある。五色米という忍者の連絡手段を参考に、米では動物に食べられてしまうので小石としてみた。

 

(カンダタ一味が同じ事をしてたらあれだけど)

 

 昨日合図を出しに来た時、それらしいモノはなかった。

 

(そもそも、あれだけ人員いるならそんなまどろっこしい真似せずに伝令出すだろうし)

 

 お陰で見張りをスルーするのが大変な時もあった。

 

(ゲームの時と比べて人口が増えてるのは、悪人も一緒かぁ)

 

 世界人口という分母が増えてるのだから是非もない。

 

「……はぁ、すぅ」

 

 階段へ辿り着き、登って外に出ると俺は大きく息を吐き、新鮮な空気を胸一杯に吸い込む。

 

「んっ、くぅぅっ、やはり外はいいな」

 

 大きく伸びをしただけで、下降していたテンションも止まり、視界に映るのは目に優しい翠とこちらに向かって走ってくる鎧甲冑。

 

(うん、何だか心が安ら……って、鎧甲冑?!)

 

 何というか、もの凄くバハラタで見たカラーリングだったり、何故か兜が無かったりするのは、俺の気のせいだろうか。

 

(いや、こういう再開は想定していなかった訳ではないけど)

 

 間が悪いというか、何というか。

 

(うーむ、そう言えばカンダタ一味とアークマージ達の関係も気になるんだよなぁ)

 

 幸いというか何というか、今の俺は紫のローブと覆面でスレッジとはまるで別人というかモンスターの格好になっている。

 

(いっそのことこの格好で接触してみるか)

 

 ちょっとした賭けではあるが、あの甲冑男がこっちまで来ているとなると、見張りにつけたクシナタ隊の盗賊なお姉さんが側にいるはずだ。

 

(失敗したら物理で何とかして盗賊のお姉さんに預かってて貰えば、ひとまずはなんとかなるだろうし)

 

 アークマージと接触出来ていない今、情報ゲットのチャンスでもある。

 

(さぁてと、どんな話が聞けるかな)

 

 もたらされるであろう情報への期待に、地下にいた時のモヤモヤは殆ど吹き飛んでいた。

 





次回、第百十話「甲冑男との再会」

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