「さて、そろそろ宿に戻るかのぅ」
甲冑男を突き出して一人になった俺は、ポツリと呟くとのんびりとした足取りで歩き出す。
(一味の一人を突き出した後だもんな)
こちらの存在に気づいてあの男の仲間が密かに監視するという可能性は否めない。
(そう言う意味でこっちの格好だったというのは良かったと思うべきかもなぁ)
俺が宿に向かっている理由なんて何のことはない、着替える為である。
(警戒されてたとしても魔法使いのスレッジに対しての筈)
だったら、宿屋でシャルロットのお師匠様と交代してしまえばいいという寸法である。ちなみに、クシナタさん達に告げておいた待ち合わせ場所も宿屋なので、同行する皆にもここで着替えて貰う予定だったりする。
(同行しないみんなが自由時間を楽しんでれば目くらましにだってなるはず)
シャルロットの師匠たる盗賊の俺はたまたまバハラタを訪れていて、この後ダーマへ向かうと言う名目で町を出るつもりだ。
「しっかし、この年じゃと観光も疲れるわい。もう少し若ければちょっと羽目を外したぐらいではここまで疲れん筈だったのじゃがなぁ」
宿に戻るには早い時間だが、一応でっち上げの理由も考えてある。
「とは言え長生きはするもんじゃわい。この後はあの二人と……ウヒョヒョヒョ」
猥談に見せかけた内密の話も、宿に引っ込む理由作りの一つ。
(クシナタさん達にまで風評被害が及びそうだけど、まぁそこは後で俺がスレッジの姿でボコボコにされれば問題ない……かな)
エロ爺が一人で良からぬ事を企んでちょっかいをかけようとした二人にお仕置きされると言う図式にしておけば、泥をかぶるのはきっと俺だけで済む。
(うん、スレッジ爺さんの扱いが酷いことになってる自覚はあるけどね)
エロ爺の何と便利なことか。漫画とかでエロいお爺さんキャラがちょくちょく出てくる理由をここに見たような気がした。
(けどなぁ、何というか……)
演じつつもエロ爺の演技が板に付いてきたような気がするところは、何とも悲しくて。
「さて、と……たしか、宿屋は……おぉ、あった、あそこじゃあそこ……ムフフ、待っておれよワシのパラダイスっ」
何でこんな事をしなきゃならないんだという気もしたが、表向きはただはしゃぎながら宿に駆け込む老人を演じる。
(演技だって知らなきゃクシナタ隊のお姉さん達だってドン引きだろうなぁ)
心の中では何とも言えない気持ちになりながら、俺は宿のカウンターへ近寄った。
「ヒョヒョヒョ、ちょっと良いかの? 宿泊したいんじゃが、三人部屋は空いておるかの?」
やるのなら、徹底的に。
(流石にここまでやれば、俺がこの足でアジトに突っ込むなんて思わないだろう)
社会的に死にかねない危険を冒してまでのカモフラージュだ、見破られたら、たぶん泣く。
「スレ様、クシナタでする」
「おおっ、早かったのぅ。鍵は開いておるぞ。ささ、来るがええ」
他のお姉さん達に連絡してきたのだろう、俺のチェックインに少し遅れてやって来たクシナタさんへドア越しに俺は答え。
「スレ様、その、これは……」
「ほっほっほ、決まっておるじゃろう。さっきの続きじゃよ」
少し困惑しつつ入ってきたクシナタさんの前で、内緒話をする時のようにくちに手を添える。
(もし盗み聞きしてたとしてもあの猥談の演技も見てたなら)
続きの意味も違ってくる。
「……と言う訳でのぅ、念には念を入れようとした訳じゃ」
二人に妙な噂が立たないように最終的には俺が衆人の目の中で仕置きされる予定であることまで語り、改めて協力を申し込む。
「その際、結局何も出来なかったことをワシが見苦しくわめき立てれば、貞操の面で疑われることも有るまい」
社会的にはスレッジ終了のお知らせだが、掠われた娘さん達に比べたらどうと言うこともない。
(まして素顔じゃなくて仮の姿の一つだしなぁ)
スレッジのことを好意的な目で見ようとしてくれたシャルロットやスレッジが自分を悪者にすることで他者を守ろうとしたことを知っているバニーさんのことを考えると少しだけ、躊躇う気持ちが生まれたが、あちらはあとで説明すれば解って貰えると思う。
(今は準備を整えて、掠われた人を助けることだけ考えよう)
着替える為という理由を省いて外に漏れそうな声で「服を脱ぐのじゃ」と言ったり「ならばワシから脱ぐとするかのぅ」とか言いながら魔法使いの爺さんを演じる為に着ていたフード付きの上着を脱ぎ捨てたりしながらだと緊張感に欠けるかも知れないが、演技の方は上出来だったのだと思う。
「スレ様、隊長! 混ぜて下さ……自重して下さい。楽しむのはいいですが、外に声が漏」
「ぬ?」
「え?」
次にやってきたお姉さんは勘違いしていたのか、明らかに顔を赤くしていたのだから。
(うーん、ちょっと気が高ぶりすぎてるのかなぁ)
何だか酷い幻聴が聞こえた気がして俺は額に手を当てた。
(あの女戦士みたいな人がそうそう何人も居るとは思いがたいし)
と言うか、幻聴じゃないと俺が悪者になってもフォロー出来ないので、きっと幻聴だろう。
「うーむ、ちょっとやりすぎたかもしれんのぅ」
そう反省した態を繕いつつも、ここでネタ晴らししたら、付き合ってくれたクシナタさんに申し訳ないし、偽装をしていた意味がない。
「……という訳なんじゃが」
「――っ」
耳元でこっそり理由を説明したら、勘違いしていたお姉さんは枕に顔を埋めて足をばたつかせ、身もだえし。
「スレ様、何て破廉」
「ぬ?」
そこに現れる三人目。
「さて、行くか」
「「はい」」
目的を果たすまでネタ晴らしする訳にもいかず、変装を済ませた二人目と三人目のお姉さんは、宿を出る時も顔は真っ赤だった。
(くそっ、カンダタとその一味め。お姉さん達に何という辱めを)
いつもの盗賊スタイルに戻った俺は、拳を握りしめると断罪への決意も露わに宿を後にしたのだった。
実はクシナタ隊にはセクシーギャルが一人以上混じってます。(ネタバレ)
人数と職業は秘密ですが。
次回、第百四話「魔獣の爪を血に染めて」
鳴るか、処刑用BGM?